徹底的な感染 / つがいの琉金 第4回




つがいの琉金 第4回 (第1回はこちら

※この作品はフィクションです


気がつくと、部屋に誰かいた。カノジョではない。男性がふたりいる。はっとして上半身を起こした。すごく頭と身体が重い。薬のせいなんだろうか? 横には梨香が死んだように眠っている。

「あ、起きた」

黒いシャツのやせた方が僕を見た。見た感じはすごく普通だ。

「今、掃除してっから」

確かに掃除していた。床に散らかっているゴミを袋につめている。僕は起きようとして、自分が全裸でベッドにいることに気がついた。このまま布団から出るとまずい。

「手伝えるなら手伝って。ダメなようなら帰った方がいいよ。救急車を呼ぶほどでもないっしょ」

黒シャツはこちらを見ずに、ぶっきらぼうに続けた。このふたりは何者だろう。梨香の知り合い? まさか親戚とか? それにしても全く驚いた様子も警戒する様子もない。普通でいられる状況じゃないと思うのだけど。

「あのさあ。いや、まあいいんだけど。中出しはまずかったと思うぞ」

奥の方でなにかしていたスウェット姿の太った男が僕の方に近づいてきた。怒りのこもった顔でにらまれた。こっちは少し怒っているようだし、暑苦しい感じがした。

「らりってる梨香に中出し決めるとか最低だよな」
「まあまあ、ああいう状況だったし、どうせ薬飲んでわけがわからない状態だったんだろ。梨香もいちおうOKしてたと思うしな。あまり責めてもしょうがない。こいつだって記憶ないだろ」

黒シャツは淡々と掃除を続けている。太った方も、ため息をつくと部屋の隅に戻った。どうやら黒シャツがゴミを集め、太った方が拭いているようだ。それにしても誰なんだ?

「すいません。あの、誰ですか?」

布団の中を手探りでパンツを探しながら訊ねてみた。

「誰って、えーと。オレはガサキでこっちはつよぴん。お前が寝てる間に梨香がまたキャスを開いて、部屋が血だらけだから誰か掃除に来いって言ったんだよ。来なきゃ、シーザーを殺して自分も死ぬって。まあ、やんないと思ったけど、かなりの量の薬を飲んでたし、心配になったから来てみた。で、まあひどい状態なんで掃除でもしてやろうかってわけ。梨香とはLINEでやりとりしてて、ここにも来たことあったから」
「え? ガサキさんとつよぴんさん? キャスではお世話になってます。僕、シーザーです」
「知ってるよ。自分らも昨日の放送聴いてたもん」

ガサキが笑った。確かにそのとおりだ。

「そういえば、そうですね」

パンツがあった。布団の中で足を通す。

「自分、学生なの?」
「あ、はい」
「そっか。帰った方がいいんじゃないかな。掃除手伝ってくれてもいいんだけど、薬をやったの初めてだろ。そんな状態じゃないと思うし。無理しないでいいよ」
「ガサキさんはやさしいな。なんで中出し野郎に親切にするわけ?」
「しょうがないだろ。こいつはまだこっち側じゃないんだから」

こっち側? 僕はふたりの会話を聞きながら、服を集めて着始めた。

「あ、こっち側ってのはなんていうか、メンヘラのドロップアウト組ってこと。つよぴんだって、ここに来て梨香とやったんだろ?」

一瞬、耳を疑った。梨香とやった? やったってセックスのこと? ツイキャスではそんなことはなにも言ってなかった。

「あ、それ言うんだ」

つよぴんの反応を見て確信した。間違いない。嫉妬とも怒りともなんとも言えない感情が湧いてくる。

「オレなんか、梨香の裸見ても立たねえ。薬のせいで勃起障害ってのもあるけど、こんな汚ねえ部屋で、頭のおかしい女に迫られても無理だよ」

ひどい言われ方だ。セックスした僕の立場がない。

「梨香は、明け方にツイキャスやって誰でもいいから掃除に来てくれって騒いで、またODして意識を失ったからしばらく起きないと思う。帰っていいよ」

どういうことなんだ? ガサキとつよぴんは、前から梨香の部屋によく来てたっていうのか?

「なんか、納得してない顔してるけど。誰でもいいから助けてほしいっていう状態になることってたまにあるんだよ。病気なんだよ。仕方がないじゃん。そんな時、たまたまオレやつよぴんが来たことがあるってだけ。その代わりにオレの泣き言を聞いてもらったりすることもある。友達みたいなもんだよな」

わからない。そういう関係ってあり得るんだろうか?

「わかんないかもな。わかんない方がいいよ」

僕はよくわからないまま、服を着て部屋を出た。梨香とあのふたりを部屋に残しておいてよいものか迷ったが、呼んだのは梨香だし、昨日放送を聴いて駆けつけた僕がどうのこうの言うのもおかしいような気がした。

マンションの入り口を出ると、向かいの道端に夏希がうずくまっていた。

「ここにいれば会えると思って」

すぐにはなんのことかわからなかった。僕が黙っていると、夏希は立ち上がり、スマホを取り出し画面を見せた。そこには、僕と夏希とのやりとりが残っていた。そうだ。夏希とトークしていた。完全に忘れていた。

──今、なにしてると思う?
──キャス聞いてるんだからわかる。梨香さんのとこにいるの? 早く帰った方がいいよ。今日の梨香さんはおかしいもん。
──だから一緒にいないとダメだろ。それに原稿もかかなかけら
──なに言ってんの? らりってるの?
──らりってる? なんの話? スパーク大賞に応募するんだて。
──変な薬を飲まされたんでしょ。帰って寝た方がいいってば。
──迎えに来て。
──本気で言ってんの? 迎えに行ったら一緒に帰る?
──わかんない。
──バカにしてんの?
──怒らないで、ごめん。ごめんってば。

わけがわからないし、全く記憶にない。梨香の言った通りだ。これが前向性健忘というものなんだ。

「悪い……全然覚えてないんだ。学校はどうしたんだよ」
「休んだ」
「なんで? お前、真面目に通ってたじゃん」
「わかんない」

夏希は頬を赤くして怒ったような顔をした。

「心配してくれたのか?」
「違うと思う。でも来なきゃいけない気がした。川名くんが無事だからもういい。帰る」
「やっぱり、心配してくれてんじゃないのか?」
「もういい」

夏希の両目から涙があふれ出した。わけがわからない。

「なんで泣いてんの? 僕のせい?」
「わからない。わからないって言ってるでしょ」

夏希はそう言うと、駅に向かって歩きだした。僕もその後をのろのろついていった。

 

その日の夜、梨香からLINEで部屋に来てほしいと連絡があった。少しだけ迷ったが、結局行くことにした。

部屋に入ると、床にコンビニで買ってきたらしい食べ物が散乱していた。今朝、ガサキたちが掃除したはずなのに、もう汚している。しょうがないなあと思いながら部屋に入る。

「ねえねえ。シーザーの小説読んでみた。ネットにあったヤツ」

すでに酔っ払っているらしい梨香の言葉にどきりとした。

「ほんと?」
「ああいう言葉は好きだな」

梨香はそう言うと、僕の小説の中のセリフをいくつかそらんじた。うれしいけど、恥ずかしい。

「……ありがとう」

僕が梨香の横に座ると、スマホがツイキャスの画面になっていることに気がついた。

「放送してるの?」

頭が真っ白になった。一瞬、身バレしたと思ったが、梨香が読んだのはシーザー名義でアップしたものだから大丈夫だった。

「うん。音声だけだから安心して。ねえ、みんなもシーザーの小説読めよ」

──シーザーってワナビだったのか
──朗読!

リスナーは勝手に盛り上がっている。やめてくれ。百人以上が聴いているんだ。一斉にけなされたら立ち直れない。

「朗読? どーしよーかなー。あ、でも、あたしスマホで読んだからきっとキャス切らないと読めないや」

ほっとした。

「でも、気に入ったセリフだけ、メモしたんだよ」

梨香はそういうと、子供のような笑みを浮かべて僕にメモ用紙を突きだした。コンビニで買ったばかりのものだ。僕のために買ってきてメモしたのかと思うと、胸が苦しくなった。

「なんか、うれしい。ありがとう」

小説をほめられるとなんかいくらでもあった。学校ではいつもそうだ。でも、この時は心の底からうれしくて声がうまくでなかった。梨香にも、それがわかったみたいで、「ほんとに大好き」と言いながら僕に抱きついてきた。

僕はそれからほとんど毎日梨香の部屋に遊びに行くようになった。梨香は時間に関係なく、僕にLINEを送り、呼び出す。可能な限り、行くようにしたのだけど、授業で行けないことだってある。そんな時、梨香はツイキャスを開き、口汚く僕を罵った。

今日来るという約束を破った(もちろん、そんな約束はしていない)。他の女と会ってるに違いない。手軽にやれそうだから中出しして逃げた最低の男。ほとんど言いがかりだ。

授業を受けながらこっそりイヤホンで放送を聞いた時は、あまりのひどさにショックを受けて、すぐに梨香の部屋に向かったほどだ。部屋に入ると梨香は喜び、それから僕に謝った。「もういいよ」と僕が言っても梨香は謝るのを止めず、髪の毛をかきむしり、号泣しはじめた。こうなると、僕にはなにもできない。

なぜ、梨香にここまでのめり込むのか自分でもわからなかった。放っておけないという気持ちはあるけど、それはきっとウソだ。だって、僕がいなければガサキやつよぴんが助けに行くだろうし、他にもそういうヤツはいるだろう。

そのことがわかっているのに、さんざんウソをつかれ、罵られ、面倒を押しつけられているのに離れられない。

日に日にカノジョはやせ衰え、汚くなっていった。汚いというのは身体のスタイルとかのことじゃなくて、風呂に入らないからだ。髪の毛もぼさぼさだし、ヤバイ。何度か無理矢理風呂場に連れて行って、シャワーを浴びせて洗った。身体を洗うこと自体は嫌いではないらしく、僕にされるがままになっていた。まるで介護をしているみたいだ。

ツイキャスをやらない時はODか自傷行為をし、その様子をツイッターでつぶやいたり、LINEで僕に知らせてくる。こんなかまってちゃんに付き合っていたら、時間がいくらあっても足りないとわかっていたけど、放っておけない気持ちになり、その都度僕は梨香の部屋まで行くハメになった。

一番つらかったのは、時々、梨香が文字が読めなくなって泣くことだ。ODをしすぎると字の読み書きができなくなる。見えているのに読めないって感覚はわからないけど、きっとすごくもどかしくてつらいんだろう。

「どうしよう。あたし、字が読めなくなっちゃった。シーザーの言葉が大好きなのにもう読めない」

そう言って泣かれると、身体がちぎれるくらい痛かった。比喩じゃない。僕は梨香に、「薬が抜ければすぐに治るから大丈夫」と言いながら強く抱きしめ、寝かしつけると自分の脚や腕を切った。そうしないと落ち着かなくなっていた。

学校をたびたび休んでしまったが、ほんとどの授業は出席しなくてもなんとかなるし、そもそも卒業する意味もない学校なのだ。

そして梨香と会えば酒とODに付き合う。時には一緒に自傷して、血まみれになる。記憶があいまいだけど、笑いながらおしっこを引っかけ合ったり、土下座する梨香を踏みつけたり蹴ったりしたこともあったと思う。梨香は謝るのが好きで、もっと好きなのは謝っても許してもらえずお仕置きされることだ。

土下座して許しを乞う梨香の首を絞めながら、「お前は最低のキチガイだ」と耳元でささやいて思い切り耳を噛んだ。首の絞め方は梨香から教わった。

「やり方を教えてあげるから、首絞めてよ」

梨香はそう言うと、僕の首筋を両手で何度かさするように確かめた。時々、くいっと軽く押す。強く脈打っている箇所を探しているんだろう。手が止まって、ぐっと押してくるのがわかった。

「頸動脈の場所がわかった?」

と言おうとした瞬間、意識がなくなった。視界が暗転し、ものすごい勢いで見たことのない風景が迫ってきて、それから通り過ぎていった。なんと表現すればいいのかわからない。世界がぶつかったような映像だった。

目を開けても、頭が働かなかった。しばらくどこにいて、なにをしていたのか思い出せない。

「わかった? いいでしょ?」

確かに他では体験できないものだ。それから僕は、習った通りに梨香の首を絞め、気絶させた。ほんの少し長く絞めれば死ぬ。それを絞める方も絞められる方もわかっているのが、脳みそが痺れるくらいほどにどきどきして興奮する。

首を絞めるのは僕らのお気に入りの遊びになった。

たまに他のリスナーさんがやってくることもあったし、僕が部屋に入ると梨香が複数のリスナーさんと乱交していることもあった。最初はひどくショックで、彼らを殺したいと思ったが、何度か繰り返すうちになれた。梨香が他の男とセックスしているのを見ることにも快感を覚えるようになった。カノジョを罵り、殴り、首を絞め、身体を切って犯した。

世の中には寝取られを好む人もいるから、僕の趣味の範囲が広がったということだ。決して特別異常なことじゃない。

一日のうち、梨香が正気な時間は限られている。夕方以降は酒か薬もしくは両方が入っているし、朝はそれが抜けずにどんよりしている。昼のごくわずかな時間だけ、ふつうに会話することができる。そのわずかな時間に、僕は梨香のことをいろいろ知った。

「ここにひとりで住んでるの?」
「うん。親を追い出した」
「追い出した?」
「あそこの金属バットで素振りしたら出て行って近所のマンションで暮らすようになった。おもしろいよね」

なにがおもしろいのかよくわからないし、そもそも素振りすると出て行く理屈も不明だ。正確には金属バットで梨香が暴れて、親を追い出したのだろう。

「仲は悪くないんだ。お金が足りなくなったら、金属バット持って親のところに行くとお小遣いをくれる。優しい親でしょ。あと病院にも一緒に行ってくれる」

ほんとに仲がいいのかすごく気になったが、訊かない方がよさそうだ。それにしても、梨香の親は今の状態をどう思っているのだろう。どうするつもりなんだろう。梨香本人に、これからのことを考える力がないのは明らかだ。頭が悪いとかってことじゃなくて、将来のことを考えると不安が爆発してODや自傷に走るから無理ってことだ。

でも、梨香が言うことはつじつまが合っていないし、平気でありもしないことを言ったりする。どこまで本当で、どこからが妄想あるいはウソなのかわからない。本人もわかっていないのかもしれない。

ガサキのツイキャスに遊びに行った時に聞いた話では、梨香には家族はおらず、風俗をしていて暮らしているということだった。でも、それだって聞く度に実は弟がいたとか、少しずつ話が変わっているそうだ。本当のところは誰にもわからない。

わかるのは僕らの想像できないような生活を送ってきて、今はひとりぼっちで暮らしているということだけだ。ネットで知り合った人以外に知り合いはいないらしい。

「あんたも病院に行きなよ。障害者手帳もらうと、交通費安くなるし、医療費も割引になるし、美術館や映画館は本人と付き添いひとりまで無料だよ。日本政府公認のキチガイになれる。プライドを捨てる以外のデメリットはないよ」

梨香に病院を勧められたことがある。

「僕、病気じゃないよ」

僕がそう言うと、梨香は笑い出した。

「メンタルクリニックって、病気を治すとこじゃないんだってば。あそこは来た人間に病名をつける場所。だからどんなヤツでも行けば必ず病名をもらえる。病気でない人間なんていない」
「そうなんだ?」
「そう。で、病名つけたら、ひたすら薬をくれる。治す気なんかないんだよ、あいつらには」

でも、やっぱり公認になるのは怖かった。狂気のライセンスは確かに便利そうだったけど、それを持つ覚悟が僕にはまだなかった。

そんな日々を送ってしばらくすると、僕にも琉金が見えるようになった。梨香に言えば立派な相互依存の沼に落ちたということだ。ある種の心の病というのは、一種の流行病(はやりやまい)なのかもしれない。僕は徹底的に感染した。

「僕たち、同じ琉金を見ているのかな?」
「そうなんじゃない? だいだい色でしょ?」
「だいだい色だ」

そうだ。琉金はだいだい色だった。不安で昏い白い壁を泳ぐ、つがいの琉金。


【連載小説 つがいの琉金】
第1回 死と狂気はあらゆるものを魅惑的にする
第2回 ノベルコース、ツイキャス、OD、梨香
第3回 結婚とケーキと冷たい熱帯魚
第4回 徹底的な感染
第5回 梨香(完)

【著者】
一田和樹

【プロフィール】
11月6日東京生まれ。バンクーバー在住。
「一田和樹」と「いちだ かづき」のふたつペンネームを持ち、「一田和樹」名義ではサイバーセキュリティミステリを、「いちだ かづき」名義ではファンタジー小説を中心に執筆。

公式WEBサイト
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