虐待はメンヘラを生むって本当?虐待による負の連鎖とは

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こんばんは、せりです。
何故か今、編集長わかり手さんの口笛をツイキャスで聞きながらこれを書いています。時々入るブレスが面白い。現在AM4:25です。何やってるんですかね編集長。お疲れなんでしょうか。

それはさておき、引っ越そうと思っています。東京都民に私はなりたい。って訳で真面目に金欠です。なので乞食リストから色々送っていただけると生活が超潤います。そろそろ私はお肉を食べて本を読み、記事を沢山書くという、QOLの高い生活を送りたいものですね…いつも送って下さる皆様は有難うございます、本当に。

 

さて皆様、今回はタイトルからお分かりになるように虐待の話になります。

もしフラッシュバックなどの可能性がある方は閲覧お控えいただいた方がよいのかな…とか、たまには真面目なお話をしてみます。

といっても、今回私が話すのは主にネグレクトと過干渉についてです。

更にいえば自分がそれに気付いたのは20になってからですので、当時の自分の無意識下で行われていた事の話が主になります。そんなに重い話ではないのですが、ちょっとトラウマなどがある人はご注意ください。

 

◆虐待って、どこから?

さて、まずは「虐待って何ぞ…?」ってところから入りましょうか。なんとなくイメージづいていても、定義を確認することは大事ですね。

「家庭医学館」からの引用がこちらです。

親または養育者が、非偶発的(故意)に子どもに対して身体的暴力、または精神的苦痛を与え、その結果、子どもの心身にわたる健康や福祉が損なわれることを児童虐待といいます。

種類として、①躾(しつけ)や体罰の域を越えた身体的暴力を子どもに振るう身体的虐待、②養育を拒否したり放棄したりするネグレクト、③性的暴行を加える性的虐待、④身体的虐待、ネグレクト、性的虐待以外の方法で、子どもに心理的苦痛を与える心理的虐待、などがあります。

(引用:家庭医学館)

 

…まぁ要約をすると、保護者が保護されている側の子に対して、身体或いは心に対して傷を負わせる行為が虐待と呼ばれますね。ちゃんと言うなら、「児童の健全な育成を妨げる行為全て」といったところです。

厚生労働省によると、2015年には全国に設置された児童相談所の対応件数が103,260件にも及んだというデータが発表されています。増加した主な虐待の種類としては、心理的要素の強い虐待のようですね。

 

◆しつけと虐待、何が違うの?

よく問題視されているのが、しつけが虐待と化していることですかね。そのなかでも「しつけのつもりでやりすぎた…」っていう言い訳をよく聞きますが、しつけと虐待の境界線が曖昧になってしまっている親が増えているのかもしれません。

「じゃあ、しつけと虐待は何がどう違うの?」ってところですが、そもそも目的が違うんですよね。

しつけは「子どものための教育」であって、虐待は「暴力」ですので、そこは間違えないようにしたいものです。

そう考えたら、「私が受けてきたものは虐待ではなく、しつけであったのでは?」とか思ったりはしますが、実際私が納得しないままそれを受けて、「自分ってなんなの?今の私のままでは駄目なの?」って思っていましたね。しつけの延長線上で思春期の子供どもの自己を否定する事はしつけだったのだろうか?私に選択肢を与えていると言いながら、自分の現状以上の学力がないと受からない高校を推してきていたのは、しつけだったのだろうか?

…当時、まだ自分の事で精一杯で未熟だった私は、ただ自分の事しか考えられていなかったので、それをなおさら嫌に思ってしまったのかもしれません。コミュニケーションをしようとしなかった事を、コミュニケーションは生きる上で必要不可欠であるという事を教えてくれなかったのは虐待だったのではないか、とか思ったりします。

「コミュニケーションのとれないしつけは、ただの虐待」ですので、これからの人生で結婚して、子を成して…という人生設計を考えている方は、これをしっかりと頭に入れておいてください。

 

◆ネグレクトとはなにか

幼少期に受けていた虐待の1つですね、ネグレクト。ネグレクトとはなんなのか?どんなものをネグレクトというのか?ご説明します。

◇ネグレクトとは

身体面や教育面、情緒教育的な要素で幼児の成長に欠かせないものを故意或いは無意識でおこなわない、育児放棄或いは怠慢を幼児に行っている事をネグレクトと言います。

実はこのネグレクト、積極的と消極的の2種類があるということ、ご存知でしょうか?
わかりやすく簡単に説明すると、やればできるのにやらないのが「積極的ネグレクト」、経済的事情等でしたくても出来ないのが「消極的ネグレクト」という区別をしています。

◇どんなものをネグレクトというのか

では具体的な例を挙げてみましょう。

・必要以上に強く叱りつける、理由を言わない説教
積極的ネグレクト

・子どもを放置してどこかへ行く
積極的ネグレクト(保育園や幼稚園に通わせるのはこの限りではない)

・スキンシップを行わない
→仕事などで時間が無く、やむを得ず行えないなら消極的ネグレクト
時間があるにも関わらず行わないのは積極的ネグレクト

・お風呂に入れたり、歯磨きをしない
→経済的事情によるものなら消極的ネグレクト

・料理をほぼしない
→同上の理由でできないのなら消極的ネグレクト

簡単にわかりやすい例をあげると、このようなものがネグレクトとして挙がります。

◇実際どんなことをされたのか?

前提として、今回のネグレクトに関しては主に母、時折父という割合になっております。後述では叔母が出てきますが、そちらとは当事者が違います事、ご理解ください。尚、母に関しては、私の妹が障がいを持っている事からそちらに集中していた、ストレス過多であった、元々メンヘラ気質であったというお話もここではしておきましょう。

・ヒステリックに叱られる(叱られる理由を伝えられずに)
・叱られて大泣きするちびせりに嫌気が差したのか、外の自販機に飲み物を買いに行って30分近く帰らない事もあった
・基本的に父母共にコミュニケーション不足過ぎた
・唐突な「○○(本名)は私がいなくなったらどうする?」と聞かれた
・歯磨きというものが習慣として扱われていなかった
・清潔な環境で育たなかった(=掃除をするという習慣がほぼなかった)
・保育園に迎えに来てくれるのは祖母である事が非常に多かった

うーん…なんというか…あれですね。
書き出してみると、母は育児疲れをしていて、私に対してあまり気を向ける事が出来なかったのかな、という印象です。

とはいえ、それが免罪符になるのか?答えは否です。

今では私も成人して、ある程度心の余裕が出来たからそう思えるのであって、当時幼い私が「なんでおこられるのだろう?」「私がいらない子だから怒るのかな?」「ママを疲れさせないように、おとなしくしなきゃダメだ」「おこらせてしまったら、捨てられてしまう」「自分はだめなこだから、ママとパパを困らせてしまうんだ」という強迫概念に幼い頃に襲われていた事実は、いまだに心の奥底に残っています。

今になっては思い出話としてこの記事に書ける位には消化されてます。また、自分は不器用ながらにも愛されていたんだと思える事ができていますが、私の性格形成に対して歪んだ要素を与えてしまったことに一体本人は気付いているのだろうか、と考えたりします。無知は罪、とはよく言ったものです。

父に関しては恐らく、私に対しての愛情が非常に不器用であり、当時感情が未発達であった私には、よくわからない怖い存在として映っていたのは事実です。今でこそ、両親共にそれなりに仲が良いとは思いますが、実家を出て、色々と紆余曲折を超えたからこそ分かり合えるように、私も大人になったんだろうな、と考えています。

コミュニケーションがないと、互いに何を考えているのか分からないですね。幼少期を振り返ると、こういう要因があるかもしれません。自分のコミュニケーション能力に疑問や不安を持つ方は過去を振り返ってみるといいかもしれないです。

◇ネグレクトの何がよくないのか

逆に「いいところある?」って聞かれても困りますが、具体的にネグレクトの何がよくないのでしょうか。答えは非常に簡単なのです。

「自尊心が育たない」、これが一番大きな問題であるといえるのではないでしょうか。

自尊心とは、幼少期に親の愛情をしっかりと正常な形で受け、それを自覚することにより満たされる体験から生じるものです。これが幼少期に体験できなかったらどうなるでしょう。幼少期になってまで養われなかった自尊心は、そう簡単に多感である青年期に作りだせるものではありません。

本来、幼少期に一番誰に褒めてもらえるかといったら、親ですよね。その親には叱られてばかりで、なにをしても褒めてもらえない。叱られるだけだという環境下におかれると、自分が傷つかないように自分を守る行動に入ります。「自分がしたい、する行動は全て親を困らせてしまうから自分はダメな子である」と考え、気付かない間に自尊心が薄れてしまいます。

このような自尊心がない人は、どうしても些細な事でただでさえ少ない自尊心を失いやすい傾向にあります。「あの人にあんな事言ってしまった…嫌われたに違いない、所詮私なんて人と関わるべきではないんだ」…こんな感じに思ってしまった事はありませんか?

自尊心をしっかりとした形で養うためには、幼少期にしっかりと愛情を向けられ、それを受け取る事が大切のようです。

というわけで、ネグレクトはこのような影響をもたらします。ご自分の家庭環境が当てはまらなかったとしても、これは頭の片隅に入れておいていただけたらなぁ、と思います。

 

◆過干渉とはなにか

青年期に受けていたもの、もうひとつが過干渉です。これは実際、過保護との区別が難しいものですが、一体何が違うのか?どんなことを過干渉というのか?それをご説明しようと思います。

◇過干渉と過保護、一体何が違うのか?

これについては、意外と簡単な区別があるんです。過保護は「構いすぎ」であり、過干渉は「束縛しすぎ」という区別が出来ます。過保護とは、子どもが望んでいる事を過剰に与えすぎてしまう事を意味します。

例えば、走る練習をしようとしている子どもがいるとします。その子どもが走る道の先の小石を全て取り除いてから走る事を許可する…このような行為は過保護になります。一方、過干渉の場合ですと、走る事すら危険だから無理やりにでも止めさせる。このような違いがあります。

他の例ですと、荷物の準備をしている子がいるとします。「あれは持った?これは?後あれも持っていかないといけないわね…」と準備し終わった後に、いちいち全て確認してくるのが過保護、そもそも全て最初から最後までチェックリストを作り、準備が終わった後に鞄の中を全てチェックする、という行為は過干渉になります。

子どもに自由を与えて尚且つ更に付け足しをするのが過保護、そもそも自由を与えない事が過干渉といったところでしょうか。

◇実際に私が受けていたものは、なんなのか?

さて、私が受けていたものは本当に過干渉だったのか。振り返ってみようと思います。

前提として、これは私が母にされていた事ではないという事は述べておきましょう。では誰にされていたのか?叔母ですね。私、せりの家はなんかややこしいのですが、ざっくりと言えば離婚して父に引き取られ、父だけでは私を育てられないので、同居していた叔母と祖母にほぼ育てられていました。なので、今回の件は実親ではありませんが、参考にはなるのではないでしょうか。

・朝学校に行く前に既に服が外に出されていた(冬はカーペットで温まっていた)
・極端に友人と遊ぶ事を制限されていた(中学生時代の門限は17時位でした。家の位置の問題もあり、中学生時代に友人と遊んだ回数は約3回)
・連絡をしないとめっちゃ細かく連絡が来る(ちょっと返事をしないと「無視ですか?!?!」のようなメールが来る。ますます返す気がなくなるってば)
・自由に使えるお金を持っていなかった。そもそも友人と遊ぶという行為がなかったため、高校2年になって、勉強に使用する本や文房具を購入する為にお小遣いを欲しいというまでは貰った事がなかった。

…うん。アウト、どう考えてもアウトだわ…
寧ろこれを過干渉ではないという方は、一体なんだとお考えなのか教えてほしい位ですね、真面目に。煽りではなく本気で思います。

高校を卒業するまで、約7.8年位でしょうか。過去の自分よく耐えたなぁ、と思います本気で。今思うと異常の中で育った自分が正常な思考回路、精神状態を持っていると考える方が難しいのですよね。

過去の私を例えるのであれば、叔母による着せ替え人形であった、と形容すべきでしょう。全てが全て、叔母の思うが儘に、反抗したところで意味を成さない事等、経験則で理解していましたので、反抗もあまりなかったです。

◇過干渉、なにがいけないの?

とはいえ、それを甘受していたのは自分であり、自分もまた同罪なのでしょう。
自分は楽に暮らせる過干渉、一体なにが悪いのでしょうか?これは、「自己を見失ってしまう」という点に多く問題が見受けられます。

・親が自分のやる事全てに口出しをする事が続いてしまえば、自分の考えと異なる事であってもそれを自分の意思とすり替えてしまう。という錯覚を起こしてしまう。

・自分の考えを言っても受け入れてもらえない、と考え自分の考えを周囲に伝える事を放棄してしまう。逆に相手が意見を述べただけで、相手は自分の考えを否定し、相手の考えを押し付けようとしていると考えてしまう。これにより、所謂「指示待ち人間」の根幹を作ってしまい、周りに避けられてしまい悪循環へと飛び込む

・他人と同じ意見を述べなければ否定されてしまうと思い込んでしまう。また、これにより、周りと異なる考えを持つ自分を否定してしまう。

・最終的に自己を出さなければよい、自分が周りと異なる事自体が異端であると考え、自分の全てを取り繕い、自己というものを隠してしまう

このような問題点が挙げられます。この発想、どこかで見覚えがないですか?鬱状態の症状と類似してはいませんか?過干渉により、うつ病の根幹が作られてしまうという事が昨今の研究では明らかになりつつあります。このような危険性を孕んだ「過干渉」を良しとされる方は少ないのではないでしょうか。

 

◆何故虐待は起きてしまうのか?

さて、こんなによろしくない虐待、なぜ起きてしまうのでしょうか。

主に3つの要因が重なり虐待は起きてしまうと考えられています。

◇子どもの要因

「子どもは被害者なのに要因として扱われるの?」と考える方もいるかもしれないですね。ですが、昨今の老人ホーム等での暴力事件を想像してみてください。入所している方自体は悪意を持って行動しているわけではないのに、それに対しての不満が積み重なり、暴力…老人虐待という形として少し前にニュースになりましたね。

あれと同じで、本人に悪気の有無に関係なく、「対応しづらい子ども」は敬遠されがちです。例えば、先天性の障がいを持っている、感情の起伏が激しく育てづらい…等様々な要因が、他の要因と重なる事により虐待は起きうると考えられています。

◇親の要因

「若くして、望まない妊娠をしてしまった」とは、最近よく聞く話です。本来、望まない形であったという点において、様々な懸念材料が産まれますね。例えば、身体も心も自分がまだ未熟であるにも関わらず、親になってしまった…。これは、子どもに子どもを育てろと言っているようなものですね。

他にも、親自身が虐待を受けて育ったためにうまく育てられない、トラウマに値するものが存在したりもします。

あとはうつ病や病気を患いながら子どもを妊娠してしまい、精神状態が不安定なまま育児を開始してしまった…。このような話、最近ではよく聞きますね。

「子どもをしっかり育てられる自信がないなら、虐待してしまう位なら最初から産むな!」という意見もありますが、親だけを責めて虐待って解決しますか?しないんです。子どもを虐待してしまう親は大抵、何かしらの理由で孤立してしまい、助けが欲しくて仕方ないのに助けがなく、どうしようもなくなっているケースが非常に多いようです。親ばかりを責めてはいけないという事、おわかりいただけたらと思います。

◇周囲の環境

「虐待はする方が悪い!」と親が責められる虐待に関する案件は結構多いのですが、実際親だけが悪いのでしょうか?答えは否です。もちろん虐待はよくないですが、虐待してしまった親の「助けてほしい」という声に反応したにも関わらず、助けようとしなかった人に、親だけを責める資格はあるのでしょうか?

昔と違い、現在は近所での付き合いというものが減少しつつありますね。これによって、核家族(親と子だけでなされる家族)は助けを求め辛い傾向があるようです。実の親や義理の親に助けを求め辛くもなっていますね、現在は。また、どうしても生きるために不可欠な金銭的な問題も存在します。不安定な夫婦環境によるものもあるかもしれないですね。

「虐待はする方が悪い!」「自分には関係ないから…」と考えている方、少し視野を広くして、「非難だけ」「無関心」はやめませんか?それだけでは虐待は減りません。

 

◆虐待が産む負の連鎖、アダルトチルドレンとはなにか

さて、虐待の原因について先述しましたね。ここで、虐待が産む負の連鎖についてお話しようと思います。

タイトルでは、「虐待はメンヘラを生むって本当?」という言葉を使用していますが、実際はちょっと違うんですよね。

個人的には「虐待はアダルトチルドレン(AC)を生んでしまい、その子どもの人生を壊しかねない、今後において負の連鎖しか生まない」という言葉が正しいかなと思っています。実際に私の躁うつの根底にあるものはアダルトチルドレンなのではないか、と医者には言われています。

アダルトチルドレンとは何か、というお話になりますね。

ざっくりというと、ちゃんと機能をしていない家庭(所謂虐待をしてしまうような家庭等)で育ったがために、大人になっても心に負った傷を持ったままの状態の人の事を示します。このアダルトチルドレン、虐待によって引き起こされるケースが非常に高い傾向にあります。

 

そんなアダルトチルドレンは何が問題なのでしょうか?

例を挙げると、様々な依存症(タバコ、セックス、共依存、買い物等)を引き起こしたり、更に自分の子に虐待をしたり、自傷行為、自殺を試みる事も少なくないです。また、メンヘラにはなじみのある抑うつ状態、パニック障害、神経症、自律神経失調症状を引き起こす可能性も高いという傾向が医学的にも実証されてしまっているのですよね。私の場合、この中では、彼氏との共依存、煙草、自傷行為、抑うつ状態、自律神経失調症状が当てはまりますね。

こんな状態を引き起こしてしまったら、それこそメンヘラです。という訳でタイトルに戻りますね。「虐待はメンヘラを生むって本当?虐待による負の連鎖とは」に対する答えはこちらになります。

「虐待はメンヘラを生む要因の中でも高い確率を持つ状態になりやすく、虐待経験を持つ人は更に自分の子に対しての虐待、うつ病等、精神状態に問題を引き起こす可能性が高く、この連鎖が止まるには相当の努力(通院する、児童相談所へ行く等)が必要不可欠である」

 

◆まとめ

さて、珍しく長文になってしまいましたね、ごめんなさい。虐待ダメ絶対!という言葉の裏にはこういう事実があるんだよ、という実際のお話を知っていただけたらな、と思います。

本稿をまとめると、

「保護者が保護されている側の子に対して身体或いは心に対して傷を負わせる事、が虐待という」

「コミュニケーションのとれないしつけは只の虐待である」

「ネグレクトは自尊心の成長を損なう可能性が高い」

「過干渉は自己というものを捨てさせてしまう」

「虐待は親だけが原因だけではない」

「虐待によって、アダルトチルドレンといわれる状態になってしまった人はいる」

というところでしょうか。この記事を読んで自分の生い立ちを見直してみる、虐待に対する見方を変えること、様々な影響を読んでいただいた方に与えられたらと思います。
最後まで読んでくださった方、有難うございます。

あ、最後になりますがアマゾンの欲しいものリスト、絶賛送付募集しておりますのでよろしくお願い致します。




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せり

せり

眼鏡がおいしそうと言われた変態とメンヘラを引き寄せるメンヘラキャバ嬢

5 件のコメント

  1. うっぴー 返信

    欲しいものリストをクリックしたらせり氏ではなく自分の欲しいものリストが表示されました
    ご確認ください。

  2. 猫丸 返信

    面倒を見てもらえない子どもはご近所同士で世話をしたものですが
    その地域社会も今や遠い過去の存在ですし、おじい、おばあの居ない核家族化で
    子育てに関する大事な事が良くも悪くも受け継がれなくなってしまった現状は
    ある意味「家付、車付、ババア抜き」を望んだ社会の成れの果てなんでしょうね

  3. きゃ 返信

    初めまして。
    私は常々、自分の意思や希望が不明瞭で、自信が無いことからくる日々の生きづらさがあったのですが、この記事を読ませて頂いてショックを受けました。ショックというよりは驚いたと言えばいいのかもしれないです。
    親などの近しい人間から受けていた躾や教育、家族の方針のようなものがせりさんの記事とだいぶ一致する所があり、自分の自尊心の無さは親が起因するものだったのかもしれない、と思ったのです。今まで違和感があっても親を疑うなんて・・・と考えないようにしていましたがすごく腑に落ちたというか、合点がいったような感覚です。
    今自分のことを頭の中で勢いよく振り返っているような感じで、感情が追い付いておらずよく分からない文章になってしまってすみません。
    落ち着いたらアダルトチルドレンについて、自分でも少し調べてみようと思います。

  4. さいとう7 返信

    「欲しいものリスト」押すと、僕のウィッシュリストにリンクしているので、せりさんのウィッシュリストに修整おねがいしますw

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