【書評】一田和樹 『サイバー戦争の犬たち』

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今回のメンヘラ文庫は、一田和樹『サイバー戦争の犬たち』(祥伝社文庫)だ。

一田和樹さんの名前は、熱心なメンヘラ.jp読者の皆様には馴染みのある名前だと思うが、今一度ここで一田さん、そして一田さんとメンヘラ.jpの関係について紹介したい。

一田和樹さんは、サイバーミステリを中心に小説の執筆活動をしている。2010年、『檻の中の少女』(原書房)で島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞。その後、現在に至るまで精力的に執筆活動を続けている。

注目すべきは、活動の場の広さだ。いわゆる大手メディアのみならず、文学フリマへの参加や、webメディアへの出稿・寄稿、小説家になろうやPixivなどの創作系SNSへの投稿など、ちょっとやそっとじゃ追いかけきれないほど幅広い媒体で作品を発表している。活動の場を自分で選ぶ行為も作品の一部なのだと思う。その一環として、メンヘラ.jpへ小説をご寄稿いただくことになった。

一田さん曰く、メンヘラ.jpとは「何かを検索している時にたまたま出会った」とのこと。その後、ネットを巻き込んで起きたとある事件をきっかけに、当メディアに『つがいの琉金』を寄稿いただく運びとなった。こちらの作品もぜひ読んでほしい。一田さんご自身に選んでいただいたので当然だが、メンヘラ.jp向きの内容である。

死と狂気はあらゆるものを魅惑的にする / 連載小説「つがいの琉金」 第1回

さて、2016年11月11日、祥伝社より一田和樹著『サイバー戦争の犬たち』が発売される。

一田さんのご厚意により、我々は発売前に『サイバー戦争の犬たち』を拝読する幸運に恵まれた。
サイバーミステリって何?という状態の私であったが、読んでみると、インターネットがないと死んじゃうweb依存の皆さんに是非読んでほしい内容の、激ヤバで面白い、興味深く非常にためになる小説だったので、「メンヘラ文庫」の企画の一環としてここで紹介する。当然ネタバレはしないので、ご安心を。

 

あらすじ

2016年。佐久間尚樹はIT系の派遣社員をする傍、マルウェア(コンピュータウイルスなどの総称)やソーシャルハッキングを使いこなす『ネットのなんでも屋ゼロ』として、ネット復讐サービスという秘密の裏稼業をしながら東京で暮らしている。

佐久間がいつものように依頼された復讐を淡々とこなした翌朝、『ジャスティス・ゼロ』を名乗る何者かが、米国のサイバー軍需会社・ベータ社の機密情報をインターネット上に掲載し、文字通り世界中を騒然とさせる。漏洩した情報はベータ社が開発、販売しているサイバー兵器のカタログ、技術資料、顧客一覧などが含まれており、取引先の政府機関がどのようなツールを使って国民や他国政府を監視しているか、よくわかる内容であった。

しかし、佐久間はジャスティス・ゼロの少々稚拙なやり方に妙な不自然さを覚える。嫌な予感に駆られ、スマホでジャスティス・ゼロのことを調べると、なんと、ジャスティス・ゼロが自分のアカウントを使っているではないか!こうなってしまえば、自分が何もしていなくても、世界は佐久間とジャスティス・ゼロを同一人物だと見なす。ジャスティス・ゼロに攻撃を受けたベータ社も、確実に佐久間を攻撃してくるに違いない。

いったいどこの誰が、なぜこんなことを?––考える間もなく、佐久間への「サイバー攻撃」がえげつないほど大々的に行われる。

 

インターネットこわい

『サイバー戦争の犬たち』を読む私の思考を一番支配していたのは「インターネットこわい」という気持ちだった。

インターネットはこわい。そんなことは、電話線にケーブルを突っ込んでPCに直接つないで通信をしていたあの頃からなんとなくわかっていたことだけれど、『サイバー戦争の犬たち』を読んでしまったら、「こわい」のレベルが確実に上がる。

IT革命という言葉はもはや死語で、今や誰もがケータイやスマートフォンを持っていて、インターネットに気軽に接続することができる。私たちはインターネットがないと生きていけない。
そして、ブログやmixi、Twitter、Facebook、LINEなどのSNSを利用している人の数は……考えたくもないほど多い。

例えばiPhoneを使っているなら、iCloudに音楽や写真やムービーを保存している人も少なくはない。指紋を使って様々な認証を日常的に行っている。また、dropboxなどのデータ共有サービスは、誰もが気軽に利用できる。たびたび私たちはインターネットで通販をする。その時は、支払いに使うクレジットカードの番号や、銀行の口座番号、住所、氏名、電話番号、果ては生年月日や職業を記入する。さらには、私たちの所得情報はマイナンバーによって、すべてデジタル化され、まとめられている。

これらの情報は、どこへ行くのだろう。あなたがiCloudに保存した恋人のヌード写真はどこへ行くのだろう。あなたがTwitterに上げた自撮りはどこへ行くのだろう。Facebookで共有したあなたの所在地はどこへ行くのだろう。Instagramにアップしたあなたの太ももはどこへ行くのだろう。LINEで一人だけに話したつもりのとっておきの秘密の話はどこへ行くのだろう。Skypeで突然見せつけた陰茎の写真はどこへ行くのだろう。

結論は、「どこへでも行ってしまうし、一度インターネットに放ったものを自分で全て回収することはできない」である。
世の中には、これらの情報を集めることに非常に長けている人たちがいる。『サイバー戦争の犬たち』の登場人物たちは、皆「腕きき」のハッカーであるが、現実の世界にも、腕ききのハッカーたちは当然存在する。

もしある日突然、あなたの氏名や住所や銀行の口座番号、職場、顔写真、卒業文集の中身、昔ケータイで作って放置していた自作のポエムなどが、インターネットを通じて文字通り世界中に晒されてしまったら。……インターネット、怖くないですか?

個人レベルでは、これはもう完全にネットリテラシーの問題だが、「自衛が大事」。これに尽きる。世界中の人に知られても問題ないことしか書かない。見せない。自分にできることは、これしかない。

 

「綾野ひとみ」という女

さて、主人公の佐久間の近くには、セフレのような関係の「綾野ひとみ」がいる。

綾野ひとみは、もうずっと精神を病んでいて、作中ではどこかで聞いたことのあるような名前の精神薬をがぼがぼ飲んでいる。本当にラムネみたいに次々口に放り込む。結構な頻度でラリっている。彼女のTwitterでは「死にたい」「殺してください」「ごめんなさい」が3大頻出ワードだ。佐久間とのセックスでは完全にMで、精神的・肉体的に支配されること、痛みを受けることに悦びを感じている。また、佐久間周辺の女の気配に異様に敏感で、ときおり強い独占欲を見せる。

一方で、綾野ひとみはとても冷静で切れ者だ。佐久間に対してはほとんどの場合敬語で話す。そして、ハッカーとして佐久間をサポートするとき、最高に冴えている。常に的確なアドバイスを与え、知識を与え、時に自ら大胆な攻撃を仕掛けて成功させてしまう。

……なんだこのいろんな意味で役満な女は。と思うに違いない。綾野ひとみという存在にいろんな意味で憧れる人もいるかもしれない。

綾野ひとみはこのサイバー戦争のキーパーソンである。犬なんかではない。戦場に出る彼女の、手際の鮮やかさ。遊んでいるようにも見えて、無駄のないことの美しさ。根っこからインターネットのアンダーグラウンドに浸かりきっている雰囲気。なんだか惚れ惚れしてしまう。
『サイバー戦争の犬たち』には強く優秀な女が数人出てくるが、綾野ひとみはひときわ異様な雰囲気を放っている。

 

もはや戦後ではない。世界中のサイバー空間で戦争は始まっている

「インターネットのいざこざでしょ?サイバー戦争だなんて随分大げさな」という印象を持つ人も少なくないだろう。サイバー兵器、サイバー軍需会社、サイバー攻撃……頭に「サイバー」と付くだけで、なぜか自分とは無関係の世界だと思ってしまう。いくら「戦争」って言ったってネットの話でしょ、どうせ私には関係ないでしょ、知らなくたってどうせ死にゃしない。そう思えるうちは幸福である。

『サイバー戦争の犬たち』はサイバーセキュリティを題材にした上質なフィクション小説であるが、作中にはしばしば実在する機関や企業の名前が出てくるし、実際に起きたサイバー攻撃やそれに伴う事件、インターネット史に関わる重大な出来事も登場する。

例えばあなたは、2016年10月1日から、インターネットが大きく変わったことをご存知だろうか。事の顛末はこちらの記事(リンク:10月1日、インターネットが大きく変わりました:Geekなぺーじ)に詳しい。
以下に、こちらの記事の冒頭を引用する。

世界中のほとんどの人々は気にしていませんが、米国時間の2016年10月1日(土曜日)、インターネットが大きく変わりました。これまで米国政府が保持していたインターネットの重要資源に対する監督権限を手放したのです。

そう、世界中のほとんどの人々は、こんなこと気にしていない。しかし、インターネットの重要資源に対する監督権限を米国政府が手放した……となると、ものすごいことが起きたことは伝わるだろう。私たちはインターネットがないと生きていけないのだから。

本書の巻末には、作中に登場する用語についての解説が設けられている。そのうちサイバーセキュリティに関係するものでは、非実在のもの(つまり小説の中にしかないもの)は14項目、実在するものは17項目。なんと、『サイバー戦争の犬たち』には実在するキーワードの方が多く登場する。しかも、非実在の用語の中にも、例えば”匿名ネットワーク オーア(Oor)”だとか、どこかで見覚えのある感じのものが多い(見覚えがない人はあんまり気にしないでください)。『サイバー戦争の犬たち』は小説よりも奇な事実をベースに、いま・ここにあり得る戦争の形を私達に提示しているのだ。

「インターネットこわい」と上にも書いたが、この本も十分こわい。例えば、この本を読めば、個人がどんな風に攻撃されたら一瞬で死んでしまうかよくわかるようになっている。死ぬというのは、社会的な死・精神的な死・肉体的な死……とにかくあらゆる死だ。また、企業やあらゆる組織においても、サイバーセキュリティを怠るならば、どのように攻撃され、どのように顧客の信用を失うか、社会的地位が失墜してしまうか、端的に描かれている。

ストーリーの中で、「攻撃者絶対有利の原則」という概念が繰り返し出てくる。簡単に言えば、サイバー戦争においては先に攻撃をしたものが有利であり、攻撃は最大の防御である、ということだ。サイバー戦争の只中に置かれた人たちには、文字通り息つく暇もない。常に最も効果的な攻撃を繰り出し、自分の身を守りながら相手を陥落させねばならない。

これは何も小説の中に限ったことではない。今も世界中でサイバーセキュリティの脆弱性は探索され、攻撃され、防御されている。インターネットを通じてあらゆる情報を奪ったり守ったりしている。インターネットはもはや一種の戦場になっている。私たちもインターネットを使っている以上、この戦時中を生きていかねばならなくなったのだ。『サイバー戦争の犬たち』はそんな現実を私たちに生々しく伝えてくれる。思わず、SNSのアカウントを全部消したくなってしまう。gmailを使うのをやめたくなる。LINEに何一つ情報を与えたくなくなる。

……こんなに言ってしまうと、すごく怖くて難しい本及び小説のように思ってしまうかもしれない。そんなことはない。本書の中で行われる戦闘のほとんどはサイバー空間で行なわれているから血はほとんど流れないし、専門用語にはちゃんと解説が書いてある。戦闘は基本的には情報戦であり、会話で話が進んでいくので、臨場感も話の筋の理解しやすさも申し分ない。正直言って私も「聞いたことない……」と思うような単語がビュンビュン飛び交っていたが、読んでいるうちにだんだん何をやっているのかわかってきて、楽しくて興奮して二晩くらいであっさり読み終えてしまった。

さらに、一度読み終わってから、もう一度読み直したくなる仕掛けもバッチリ施されている。

サイバーセキュリティのことを知りたいみなさん、『Serial experiments lain』とかが好きなみなさん、インターネットがないと死んじゃうみなさんに、ぜひ一度読んでほしい。

 

 




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会社員時代の自殺が未遂に終わり、いろんな意味で「サービスで生きてる」無職。生きてる以上、楽にやっていきたい。少しでも死にたい人のお役に立てればと思います。

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