気持ち悪い、かわいそうなアルファツイッタラーは愛されたか─SNS愛されたい症候群 最終回─

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さて、全5回に渡ってお付き合い頂いた「SNS愛されたい症候群」もいよいよ最終回。
皆さんはどんな気持ちで読んでいるのだろう。私のこと嫌いになったりしてるのかな。

vol.1では私がこの病を発症したきっかけ、vol.2ではサブ垢という症状について、vol.3ではアルファツイッタラーの分類とフォロワーを増やした方法、vol.4ではアルファになって何が起こったかについて書いてきた。

今回は読者の方から頂いた「もし誰にも相手にされないままならどうなっていたか?」という疑問、そして私の愛されたい症候群は治ったのか?幸せとはいったい何なのか?これらについて解説し、ひとつの区切りにしようと思う。

「もし誰にも相手にされないままならどうなっていたか?」

今まで散々「私はアルファツイッタラーです」と書き散らかしてきたが、今一度この主張は自慢でもなんでもなく「いかに私の自己愛が歪んでいるか」だとか「いかに私が可哀想な人間であるか」だとか、そういう意味で捉えてほしいと思う。

では、今でこそフォロワーも増えて仲の良い友人のような関係にも恵まれているが、もし私が誰にも相手にされていなかったらどうなっていたのか。

ネガティブな可能性を挙げるとすれば、寂しさのあまりもっと過激になっていたかもしれない。逆にポジティブな可能性を挙げるとすれば、インターネットから早々に手を引いて、現実世界においてその寂しさや承認欲求をポジティブなかたちで昇華させていたかもしれない。

もっと真面目に勉強をしていたかもしれないし、もっと熱心に部活に参加していたかもしれないということだ。そして後者のほうが圧倒的にまともな人間になれそうな気がする。正しい生き方とも言えるし、私には無理なのではないかと諦めた生き方とも言える。

 

今この人生を歩んでいる以上どちらが正しかったのか、どうなるべきだったのかはわからない。今の生き方にある程度満足しているからだ。インターネットをしていなければ触れることもなかったであろう文化や経験もたくさんある。

ただ、やっぱり私はふとした瞬間に「もしインターネットに触れずに生きてきたら」という自分を想像してしまうときがあるのだ。

もしインターネットに触れずに生きてきたら?積極的に人間関係をしていたら?真面目に勉強していたら?真剣に部活をしていたら?それは、私の周りにいる積極的に人間関係をした人間、真面目に勉強をした人間、真剣に部活をした人間が、私と同じ病に罹っているとは到底思えないからだ。

私も、もしインターネットに触れずに生きてきたら、こんな病気にはならなかったかもしれない。

そして「誰にも相手にされないまま」より「誰かに相手にされてしまったこと」のほうが悲劇だったのではないかと思ってしまうのだ。

 

そして結局、SNSで愛されたのか?

愛されたい症候群を発症してからおよそ5年、結論から言うと、私は愛されました。

そしてこれは愛されたい症候群にならずとも、普通の人間が普通のコミュニケーションをして普通に評価されることが出来れば、簡単に手に入る愛だったということがわかった。普通の人間が簡単に手に入れることができる愛を、私は5年かけて、しかも曲り道をしたり落とし穴に落ちたり、時には後悔したり反省したりしながらやっと手に入れたのだ。それは様々な関係の様々な人間からの愛で、私自身からの私に対する愛でもある。私は、愛された!愛されたのだ。

愛される過程、そして自分を愛していく過程で学ぶことはとても多かった。普通の人間はインターネットを使わなくても簡単に愛を手に入れることができて、学ぶこともできるのかと思うと自分の人間としてのレベルの低さに疑問と笑いがこみ上げてくる。私がどうして普通の人間のようにできないのかについては、任意の病院で解き明かす必要があるためここでは触れません。でもわからなくてもいいんだ、もう愛されたから。

 

Twitterの愛されたい症候群たちへ

たぶん、インターネットは秘密基地であるべきで、居場所は現実世界に置いてくるべきだ。

だが私たちはいつの間にかこっそり夜に家を抜け出して、秘密基地で過ごす楽しさを知ってしまった。本来であれば、やがて秘密基地のことなどすっかり忘れて(あるいは秘密基地を取り壊されて)それぞれの居場所に帰っていく。そして完全に忘れ去る。それが分別がある大人になるということで、まともな人間になるためのひとつのレールだと思う。

インターネットで愛されたいと思うことは悪いことではない。でもそれは誰に?どうして?

愛されたいという気持ちを通して自分が本当に得たいものは何なのか。それは現実世界では得られないものなのか。私が愛されたかった相手は私自身だった。そして本当に得たいものは自信だったのだ。

 

SNS愛されたい症候群になってしまった皆さんが、何年かけてもいい、本当に「愛された」と思える日が来ることを願って。

 

お付き合い頂きありがとうございました。

(それでもやっぱりアルファツイッタラーは気持ち悪いです。どうか目指さないでください)




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詐欺自撮りで成り上がってきた詐欺師。「限界になったら自殺しよう」という気持ちで毎日楽しく生きてます。やる気あります。何でもやらせてください。

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