【書評】チェーンメール (石崎洋司)


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「チェーンメール」という言葉をご存知だろうか。鎖のように連鎖的に、不特定多数への配布を求めるメールである。

昔でいう「不幸の手紙」とか、今で言う「拡散希望」というものだと考えてもらえるとわかりやすいと思う。時はゼロ年代前半、絶賛不景気の日本には「携帯電話」という文化が普及しはじめていた。

それは独自に進化を遂げ、「ガラパゴス携帯」などと呼ばれるようになる。「アプリ」などという便利なコンテンツはなく「電話」「メール」「ネット」などの実にシンプルな機能のみ。「カメラ」や「音楽プレーヤー」もあるけれど、今のスマートフォンのように高画質でもなければ、高音質でもない。とてもジャンクなものである。

それでも中高生たちはその小さな端末に夢中になり、ガラパゴス携帯の名前に相応しく独自の文化ができていた。歌詞画像、メル画、そしてチェーンメール。

 

これから紹介するこの本は、今から10年以上前に発行された児童書である。わたしはこの本を、「ゼロ年代という時代と文化の風俗資料」であると同時に「いつの時代にも存在する普遍的な孤独感」を書いた本だと思う。前置きが長くなったが、これからこの「チェーン・メール」を通して、わたしの気持ちを拡散していきたいと思う。

まず最初に軽くこの「チェーン・メール」という本のあらすじを紹介したいと思い、パラパラと読み返してみたのだが、思ったことがある。「『児童向け』と書いているだけであって、大人でも面白く心を揺さぶられる」ということだ。

この本の作者の石崎洋司さんは、本好きの小学生のバイブルである青い鳥文庫などで活躍される作家さんで、主に小学生の女の子などを対象にした作品を書いているのだが、この「チェーン・メール」はちょっと、いやかなり異色の作品である。(事実、本書のターゲットである中高生だけではなく大人の方からも反響があったらしい)

 

あらすじを簡単に説明すると、私立名門女子中学校に通うさわ子のもとに一通のメールが届く。

さわ子はメールの送り主であるゆかりが運営する「メールストーリー」というリレー形式で物語を運営するサイトに参加することに。また同時期にまゆみと舞という二人の少女のもとにも「メールストーリー」に参加を呼びかけるさわ子のメールが届く。

メールストーリー。それは、ごくごく普通の女の子が、気味の悪い男に惚れられてストーカーとして付きまとわれる様子を、主人公の女の子と主人公のボーイフレンド、ストーカーを追う女刑事、そしてストーカーの男の四人の視点から描かれる虚構の世界。やがて虚構は少女たちの現実までを脅かすようになる……。という感じだろうか。

ここまで書いてみても児童書という感じがしない。凄いぞチェーン・メール。(ちなみにこの本のレーベルからはかのあさのあつこ先生のNo.6という名作も出版され、一般書籍で文庫化されている)

 

ではここからお待ちかねの「『チェーンメール』という本とわたし」について語っていこうと思う。

成人したわたしがなぜ児童書であるこの本をメンヘラ文庫として紹介したいと思ったのか。それはわたしの「女の子物語が好きなわたし」と「物語の主人公になりたいわたし」と「物語を紡ぎたいわたし」の原点であると思ったからだ。

そしてその原点は、世の中にいるメンヘラの中にも存在すると思ったからだ。この本に出会った当時のわたし(非メンヘラ)は、ひとりぼっちだった。小さな田舎の小学校の、小さなコミュニティの中で、わたしという存在は宇宙人のように、明らかに浮いていたのだ。

そして宇宙人であるわたしの処世術、それが本を読むことだった。本を読むことでひとりぼっちに耐えられる。本を読むことで何も無いわたしから「本を読むわたし」になれた気がした。本は、ひとりぼっちのわたしを肯定してくれた。ひとりぼっちに、たくさんの景色を見せてくれた。

というわけで小学校四年生のわたしは、青い鳥文庫で挿絵がかわいいやつを片っ端から読み続けていた。そんな中で青い鳥文庫でもなく、挿絵もないこの本を手に取ったのは、単に表紙が好みだったからだ。ジャケ買いというやつである。

そして読む。携帯電話。渋谷。リレー形式の物語。そして、友達。友達が欲しいなとわたしはこころから思った。

ずっと普通になりたかった。交換日記とか、プロフィール帳とか、ひとりぼっちだったわたしにはそんなアイテムは何一つなかった。誰でもいい。嘘でもいい。ただ、友達が欲しかった。お互いの家を行き来したり、喧嘩してみたり。

そんな当たり前のことのやり方さえ、わたしは知らなかった。誰かとつながりたい。ネット環境もなく、友達のいないわたしにとってこの本が、世界のすべてだった。ひょっとしたら東京あたりに住む顔の見えない誰かがこの本を読んでいるのかもしれない。

そんなことを信じられずにわたしは中学生になる。そしてネットの環境も手に入り、ネットアイドルという存在を知ったわたしは、「だれかとつながりたい」からこの本のサブタイトルでもある「ずっとあなたとつながっていたい」に変わる。おめでとう!君も立派なメンヘラだね!(白目)

 

これ以上書くとどんどん本題からずれて行くのでそろそろまとめに入らせていただく。

この「チェーン・メール」という本は、わたし自身の原点であると同時にメンヘラのわたし自身の原点でもあると思う。

「だれかとつながりたい」。これは誰しもが持つ自然な感情だと思う。ただ、それを拗らせて、「ずっとあなたとつながっていたい」になったのがメンヘラと呼ばれる人種なだけであると思う。

この本は決して明るいラストではない。だけど、この本のラストが暗いものだとも思えない。誰だって自分の物語を書きたいし、その物語の主人公でありたいと思うのだとわたしは思う。だから、このわたしの書き散らかした文章のどこかに引っかかってラストが気になった方はぜひ、児童書だからと敬遠せずに読んでほしい。

欲しいものリスト公開しているメンへライターさんはぜひ欲しいものリストに入れて欲しい。なお最近この本そのものを本屋さんで見かけないので、買う際はAmazonで注文することをオススメする。どうしてこの本をこんなにオススメするのかって?

なぜなら、ずっとあなたとつながっていたいから。


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花坂 埖

花坂 埖

片田舎に住む実家暮らしの20歳。中学生の時に南条あやと出会い、広汎性発達障害と診断されたことにより、メンヘラをこじらせ現在に至る。只今絶賛自宅療養中。

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