「アカハラ」からどう身を守る?学生・院生のためのメンタルヘルス対策

コラム 仲見満月

1.大学の研究環境で学生のメンタル面が悪化する背景


1-1.日大生の連続「アカハラ自殺」を起点として~報道内容のあらまし~


メンヘラ.jpの読者の皆様、初めまして。仲見満月と申します。サッカーのワールドカップそっちのけで書き上げた論文で博士号を取得後、フリーターを経て、現在、研究機関に正式な籍のない「ノラ博士」です。ここ半年の日課はネット上を徘徊し、ポータルサイトやSNS、新聞各紙のWeb版なんかの大学や大学院の問題にツッコミを入れることです。

11月の初め、徘徊先のひとつ、Twitterを眺めていると、タイムラインに「連続「アカハラ自殺」日大学部長が黙殺・隠蔽」(FACTA ONLINE, 2016年11月号)[1]の文字並びが飛び込んできました。この記事は、まず日大の獣医学科の野上貞雄教授の研究室において、4年前に男子学部生が一人、昨年6月に男子大学院生が一人、自ら命を絶っていることを伝えています。学部生の遺族は、野上氏のいじめが自殺の原因とこの記事の掲載誌に証言し、大学側には次の犠牲者を出さないよう、対策をとるように伝えました。しかし、大学側は野上氏を処分せず、彼を「学部の総合研究所長に栄進」させました。学部生の自殺から3年後、今度は院生の自殺がありました。

記事によると、この学部関係者の話では、9月初め、学部の各教授の郵便受けに掲載誌9月号の日大獣医学科のアカハラ自殺に関する記事のコピーが投げ入れられ、野上氏によるアカハラが明るみになりました。報道が出た後、この学部では教授会が数回開かれたものの、「野上教室」で発生した「事件」に執行部は一切言及しなかったとのこと。その行動は、「事件」を認めると大学側の責任を追及されるから、執行部が黙殺を決めたことを示すことになりました。

さらに、掲載誌の伝えるところでは、院生の遺族が調査委員会の設置と教授会での議論を求めたものの、執行部は無視を続けました。学部関係者は、アカハラによる自殺を組織的に隠した疑いを示しています。掲載誌が「遺族が望む調査委を設けない理由」を問う取材に、「事件」の起きた学部の大矢裕治学部長は「取材拒否」の文書を返送したそうです。

このアカハラ自殺について、取材に応じた日大獣医学科OBは、他大学ならすぐ調査委員会を設け、再発防止に努めるはずなのに、遺族の要望する調査に応じず、報道後も院生の自殺がアカハラであった事実をなかったことにしようとする出身大学の人々の隠蔽姿勢に、嘆いていたと伝えられています。

『FACTA ONLINE』の日大生の連続「アカハラ自殺」に関する記事のあらましは、以上のようなものでした。

 

1-2.「アカハラ」の意味、および学生の自殺が黙殺・隠蔽された背景


まず、アカハラとは何を指すのでしょうか。一般的に、指導の立場にある教員がその権力を用いて、指導対象である大学院生(院生)、および学部生へのいじめ、研究を妨害するといったような、大学、大学院[2] という教育・研究機関における嫌がらせ行為を指して、アカデミックハラスメント、略してアカハラと呼びます [3]。大手のテレビ局や新聞では目立った報道をされることが少ないものの、インターネットで検索していると、筆者が読んだ限りでは、アカハラが背後にあったと思われる学生の自殺のニュースが、あまり有名でない雑誌のWeb記事、研究者生向けの自己啓発書等にポツポツと出ていることがありました。冒頭の日大ほか、国立大では旧帝大[4]、私立大では関東の有名な学校法人の名前を目にしたことがあります。つまり、国立大・私立大関係なく、アカハラの犠牲になる学生は存在するということです。

また、今回の日大のように、日本の大学には悪い意味で風通しのよくない閉鎖的な体質のところが存在すると言わざるを得ません。学生の自殺があったとしても、遺族の求めた調査や事実確認の求めに応じない大学が他にもあることは、否定できません。今回、残念なことに、このような黙殺の姿勢を日大がとったことにより、学生の自殺がより広くて大きな場所で報道されることの妨げとなったうえ、隠蔽されてしまったと考えられます。

 

1-3.アカハラが起きやすい大学の研究環境


(1).学生を労働者と認識している教員の存在

今でも存在するし、筆者のいた大学院や交流のある研究室にいらっしゃった先生方には、「学生は労働者であり、指導する側の教員は学生をこき使ってよい」と勘違いしていると思われる人たちの多いこと、多いこと。その仕事の内訳は、例えば、先生がイベントで喋るのに使うスライド作ること。画像データを院生が受け取って、パワーポイントに入れて編集します。またある時は、研究者団体の論文集出版の雑務。取りまとめた執筆者全員の原稿を記憶媒体に焼いて出版社に郵送し、印刷されて赤入れされた原稿の校正作業を分担して行い、さらにキーワードを拾い、索引をエクセルで作る。ついでに、メールでこまめに関係者各位に指示を出すこともします。特に、文系の研究室では院生がさせられる仕事ですね。

先生によっては、もぎ取った助成金や予算で学生の労働に対し、アルバイト代を計上し、給与として支給する方もいらっしゃいました。しかし、そうした気遣いのある先生に当たることは非常に稀なことです。現在も、「院生のうちは、学費を大学・大学院に支払い、教員という師匠の下、修行として下働きをし、研究者の研鑽を積む」という意識のもと、院生をタダで働かせる教員は存在します。

こうした無給で「奉公」せざるを得ず、特にアカハラの犠牲になりやすい人は、筆者の推測では、理系で実験のある研究室の院生です。実験系の研究室では、教員から学生が研究課題を与えられ、そのテーマに沿って修士論文や博士論文といった学位論文を書く習慣があります。院生は与えられた課題に沿って実験を行い、分析・考察を重ねて各種学位論文にまとめて提出。その後、先生方の審査を通過すると、晴れて修士号、博士号の学位を与えられるのです。学位論文について、よい結果が出せなかったと先生方に判断された院生は、大学院を修了(学部の卒業に相当)できず、せっかく決まった就職の話を棒に振ることがあるそうです。俗に、「大学教員が学生の生殺与奪を握っている」と言われることがあるのは、このように学生の人生を大きく左右する学位授与の決定権を持っているといってもよいでしょう。院生は、先生方に学位という人生を左右する「重要アイテム」をもらうため、怯えながら実験と言う名の試練に耐え続けることになるのです。

また、学生に与えられる研究課題には、教員の研究テーマにおいて重要な課題もあるでしょう。そのような場合、学生の研究成果が芳しくなければ、世知辛いこのご時世、次年度の研究予算が出資元から縮小されることがあり得るので、教員には強いプレッシャーがかかります。このような切迫した状況下、実験で少しでもミスをしようものなら、ストレスのかかった教員がミスした学生を咤・罵倒したとしても不思議ではありません。

詰まるところ、アカハラには、学位の授与権を握った教員が、学生を労働者とみなし、時に無給で働かせる現実があるのです。その背景には、「師弟制度」という古い意識の残ったところに、商業的な成果主義が大学にまで及んだ結果、研究環境にいる人々が過度に精神が抑圧されていったことがあると、筆者は考えました。

(2).組織単位が小さく、人間関係がせまくなりがちなこと

かつて、筆者が所属していた学部や大学院の研究科(大学の学部相当)といった部局では、自殺ではないものの、指導教員との関係がよくない学部生や院生がいました。彼らは、精神的にまいっていたようでした。筆者のいた大学院の研究科は、全体の規模が大きくても、教員一人当たりゼミ生が10人以内の少人数制をとる研究室が大半を占めていました。構内の別の学部や研究科には、部局自体が小規模であり、構成員の教員と学生全員が互いに知り合いレベルのところがありました。このような、日常的な人間関係が狭い範囲で完結しがちな組織をもつ大学は、構成員がメンタル面でストレスを受けやすいようです。

人間関係のせまさは、お互いが良好な状態にある場合、アットホームで安心して、何でも話しやすいというメリットがあります。しかし、お互いの仲が拗れた状態になると、仲違いしている当事者の険悪な雰囲気が周囲に伝わり、その組織の他の人間関係にも悪い影響を与えてしまうことが考えられます。険悪で重々しい空気から逃げたくとも、せまい人間関係の組織では、そこに属する人たちには「逃げ場」がないように見えることもあるでしょう。

件の日大の学生の方2人は、ひょっとしたら、精神的な限界が近い中で、逃げ込める場所を見つけられなくなった結果、自分で命を絶つ選択をしてしまったのかもしれません。今となっては、亡くなられた学生の方々がどのような心境にあったのか、誰にも分りません。

 

1-4.この投稿文で読者の皆様に伝えたいこと


だけど、もし現在、日本全国で大学内の閉塞した研究環境で必死にもがいている状態の人がいて、その苦しさから脱するため、死ぬことが選択肢に入っている学生がいたとしたら…。先述したように、筆者は院生時代に身近で、切羽詰まったように息苦しそうな様子で授業に向かう同期の院生、後輩の学部生を見ていました。そして、その閉塞感は筆者にも伝染し、呼吸を止められる不安を感じたほどでした。

今回は、苦しんでいる人たちの心を、過酷な環境から守れるようにするには、どのような方法をとったらよいか、考えました。結論を先に言うと、学外に頼れる人やコミュニティといった団体を探す、あるいは伝手を持っている人を通じて繋がり、可能なら一時的に辛い環境を離れることです。実際は人間関係のもつれや、所属大学の面倒くさい手続きがあって、スムーズに行動に移せない人もいるでしょう。そこで、学外に繋がるまでの過程に、ステップをいくつか設けてみました。詳しくは、次の第2章で説明致します。

この投稿文を読んだ方に、一人でも心が軽くなる人がいて下さったら、幸いです。なお、ここでお断りをさせて頂きますが、第2章、次の第3章に登場する筆者の周りの人たちは、個人の特定を防止する観点から、非常にぼかした表現をしたり、事実と一部異なる表現をしているところがあります。どうか、ご理解ください。

 

2.学生がメンタルヘルスを守る方法


~特に大学内のせまい人間関係の中で息苦しさを感じている人に向けて~

先の第1章では、日大生の連続「アカハラ自殺」を起点として、大学の研究環境で学生のメンタル面が悪化する背景を説明しました。特に、大学のせまい人間関係の中で、学び、研究を続けることは、時として教員からのアカデミックハラスメント、組織の構成員同士の関係の拗れなどによって、学生の精神を抑圧してゆき、その環境からの「逃げ場」さえ見失ってしまう可能性があることを示しました。

本章では、具体的な「逃げ場」、分かりやすく言うと「避難場所」について、まずは近い場所に作る方法から始めます。そして最終的に学外の避難場所へ行けるようにしたいと思います。これから説明するステップ1以下の方法は、日常生活を自力で行え、思考が機能する頭の回る具合を持ち、まだ心身が健康な状態にある人に向けて書いたものです。

この投稿文をお読みになっている方で、すでに研究室の教員や他の先生方、先輩たちなどからアカハラやセクハラ、あるいはそれらに近い嫌がらせ、学習や研究の妨害行為をされている方がいるかもしれません。そして、精神はもうボロボロ、身体にも不調をきたしている、心と体が限界に近い状態の方は、次の第3章「深刻で困難なことを抱える人への応急処置~「これって、人権問題に当たるかも?」と感じるとか、「もう、ここに居られない…」と苦しんだ時のために~」に移動してください。対処の仕方について、困難を抱える本人、その周囲人に向けて書きました。

はい、また前置きが長くなって、すみません。それでは、ステップ1へ行ってみましょう。

 

2-1.ステップ1:まずは所属するせまい組織の外へ出よう


まず、第一歩として、所属する組織の外へ出ましょう。研究室やゼミ、学部、研究科がもとになっている人間関係の輪から出ていって、学内で横方向の人間関係を作れるところに行ってみましょう。例えば学部生なら、一般教養や教職の授業で席が隣になった人に、ノートを見せて欲しいと頼んでみたり、消しゴムやペンを落とす小芝居をうって隣の人に拾ってもらえたらお礼を言ったり、そうやって会話するきっかけを作って仲良くなれるか、やってみましょう。また、授業でグループワークがあるなら、一緒の班になった人と課題レポートについて食事をしながら相談したいと提案し、仲間づくりに挑戦してみてください。そして、課題レポートを無事提出できたら、その班の仲間で打ち上げ飲み会をして、そこから「何かあったら、ちょっと声かけできる」関係に発展させられたら、よいでしょう。

また院生だったら、他の研究室のゼミに顔を出すとか、他の研究科の授業に参加するとかしてみてはいかがでしょうか。夕方にあるゼミや授業を選んで、その授業担当者の先生や受講生を食事に誘ってみても、いいかもしれません。

こんな感じで、「ちょっと嫌なことがあったら、あの人たちに愚痴を聞いてもらおう。そして、自分もいろんなことを聞いてあげよう」というレベルの仲間を作って、少しでもガス抜きをできるようにしましょう。大切なのは、自分が息苦しいと感じる空間や場所の外にいるときは、辛いとや嫌なことは忘れ、その「外の場所」に滞在する間は、そこにいる人たちとの議論、会話、娯楽、授業内容をしっかり、意識して楽しむようにすることです。

 

2-2.ステップ2:趣味サークルやクラブに入って活動しよう


大学で過ごすことの多い学部生、院生とも関係なく、趣味を同じくする同好の士が集まるサークルやクラブに入って、そのコミュニティで活動しましょう。スポーツでも、ゲームでも、音楽でも、文芸でも、映画でもアニメでも漫画でも、とにかく勉強や研究以外で好きなことを一緒に楽しめるコミュニティに行ってみましょう。気分転換になるのと、学外と接点をもって新たな将来の道を発見するチャンスがあるかもしれません。少し、ここで筆者とその周囲の人たちのサークル、趣味の活動について話します。

(1).筆者のサークル活動

自分のサークル・クラブ歴をお話すると、私立大学に通っていた学部生の時は創作文芸部、国公立大学の大学院博士課程の時は漫画関係のサークルに所属しました。ちなみに学部と大学院で、学籍を置いた大学・大学院は全く違うところです。進学した国公立大の大学院は、出身の私立大学から遠く離れたところにあり、創作文芸部から足が遠のいておりました。研究に専念しなくてはと意識した私は修士課程の入学後、サークルに加入せず、また院生活が多忙になって研究が行き詰まり始め、修士1年生の冬にもがき苦しみ出したのです。研究室の指導教員や先輩方とは良好な関係でしたが、皆さん多忙で誰も研究室にいない時期があり、筆者は孤独をかみしめます。

寂しい大学院生活を創作のストーリー仕立てた私は、前から興味のあった同人活動に踏み出し、そこで漫画を描き始める行動に出ました。デザインや美術関係も扱う研究室にいたので、大学院の院生研究室にペンやインクを持ち込み、漫画を描きましたが、皆さん、寛容で怒られることはありませんでした。修士論文の締め切り一か月前まで、新刊の原稿を描いていたのを覚えています。

同じ国公立大の博士課程に進学後、学内にも同好の士を求めて、今度は漫画関係のサークルに入りました。せっかく入ったのに、私はサークル誌に数回投稿後、幽霊部員と化しましたが、たまに例会に出席しては、好きな漫画の話メンバーとしていました。趣味について語る仲間を得たことは、後々、きつい博士論文(博論)執筆を乗り切る糧となったように思います。

(2).Y先輩たちのジャズバンド

博士課程進学の年、隣の研究室にやって来た研究職員のAさんは、吹奏楽サークルのトランペット奏者の卒業生でした。筆者の研究室のY先輩はサックス経験者であり、2人は意気投合し、さらに研究科内の楽器演奏者を呼び寄せ、ジャズバンドを結成。Y先輩が博論の提出3日しか残っていないのに、学園祭のステージでジャズバンドは演奏を行い、拍手喝采でした。

その後、Yさんは無事期限内に博論を提出後、博士号と取得して院を修了し、あちこちの大学で非常勤講師をしています。時々回ってくる研究の一般向けイベントで、Yさんはメンバーを招集しては、ミニライブを開催しているそうです。その様子から、Yさんは音楽を通じて、研究者と一般の人を結びつける方法を見つけ、楽しんでいるようでした。

(3).趣味のコミュニティに加入するメリット

サークルやクラブに入る大きなメリットは、好きなものを共有するだけでなく、学部や研究科、さらに大学の枠をこえた人間関係を築けるところにもあります。最も筆者が大切だと思うのは、学習や研究の人間関係で行き詰まった時、趣味仲間のいるコミュニティを避難場所にできるという点です。もし、その避難場所で困っていることを相談することができれば、苦しい状況を改善するヒントや手段を仲間が知っている、もしくはその力のある外部の団体へネットワークを繋げてくれるようなことが、運よく、あるかもしれません。

趣味を共有し、信頼関係を仲間と築くことができれば、抱えた問題に対処する知恵を貸してくれる人が現れることがあるでしょう。同好の士はやそのコミュニティは、時としてライフラインになるとことが考えられるのです。

 

2-3.ステップ3:学外のイベントや団体にアクセスしよう


ステップ1、ステップ2で築いた人間関係を学外へ繋げるのが、このステップ3です。

さて、授業仲間やサークル、クラブの仲間と定期的に連絡をとっていると、何らかのイベント情報が回ってくることがあります。例えば、教職の授業仲間なら、大学のある自治体の学校支援ボランティア、ジャズサークルならライブやコンサートのお誘いです。院生の研究活動に関係したイベントでは、私が院生の時は研究会や講演会、勉強会のお知らせが来ました。こうしたイベントに参加して、そこで共通の職業を志す人、同好の士、そして研究テーマに関係する人たちと知り合い、積極的に連絡先を交換し、交流をしましょう。できたら、学外で出会った人たちとは、定期的に連絡をとって、親交を深めましょう。

学外の人たちと交友関係を作ることで、学内で人間関係が悪化した時、そこが次の避難場所となります。緊急事態の時、逃げ込める場所があると思うだけで、学内で息が詰まりそうな状況にあっても、踏ん張る力が出てくることがあるでしょう。

学術的な研究会や講演会では、出席して研究報告やお話を聞くと、大学院志望の学部生、院生にとっては、論文を書く上で勉強になります。研究を進める中で知識不足を感じ、それを指導教員や先輩に指摘され、へこむ学生には、学外のイベントで話を聞くほうが、実は授業に出るより理解しやすい事柄もあるでしょう。学外の学術イベントは、貴重な学習の機会であり、研究環境の人間関係を間接的によくすることもあると思われます。こうした研究の知識を増やすことに加えて、学外のイベントに出ることは、学生が進学希望先の情報を得たり、大学院での指導教員を探したり、縁を結んだりするチャンスにもなるのです。万が一、学生が現在の所属先でアカハラを受ける事態となり、学習や研究を続けるため、次の受け入れ先を検討する必要が出てきたとします。外部の研究者との繋がりが複数あれば、その学生は新たな所属先の候補を挙げやすくなるでしょう。もしくは、アカハラに対処するための方法や、学外の相談できる団体などを紹介してくれる研究者がいるかもしれません。それは、研究を継続する希望にもなるでしょう。

 

2-4.まとめ:人間関係を学外へ広げていくこと


以上、ステップ1からステップ3まで、三段階に分けて、大学の外へ人間関係を広げていく方法と実例、そのメリットを説明しました。

すべてのステップを通じて、読者の皆様に最もお伝えしたかったことは、とにかく、人間関係を広げることで、精神的な支えとなる人たちやコミュニティ、緊急の際の避難場所を増やすことです。次にお伝えしたかったことは、繋がった人たちや団体を通じて、可能なら抱えている苦しい状態や問題を換えていく方法を知ることです。

その次にお伝えしたいことは、こうして繋いだ縁の中で新しい生き方や、学び・研究との向き合い方を見つけることです。様々な人やコミュニティと出会い、そこへ避難することで、学びや研究よりも魅力的で続けられるものが見つかれば、そちらの方に進むのも生き方としてありなんじゃないでしょうか。先のジャズバンドに参加したYさんは、現在も研究イベントの中にジャズバンドの演奏を取り入れて、一般の人たちにも参加してもらえる実践的な取り組みをしています。Yさんは研究論文を書くことも続けつつ、音楽で人と自分の研究を結びつける活動をし始めました。何も学びや研究一本でない、Yさんのような生き方をしても、私はよいと思います。

繋いだ縁を新たな踏み台に、新しい世界へ進んでいくことができれば、そこが生きる居場所になった人は沢山います。少し勇気を出して、外側へ踏み出してみてはいかがでしょうか。

 

3.深刻で困難なことを抱える人への応急処置


~「これって、人権問題に当たるかも?」と感じるとか、「もう、ここに居られない…」と苦しんだ時のために~

本章では、アカハラが酷すぎて、すでに心も体も限界に近い、あるいは、どうにか体調面では踏みとどまれてはいるけれど、今の所属先に居場所を失いかけていて、現状に一刻も早く何か対処が必要な方々に向けて、応急処置法を書きました。それでは、さっそく説明してきます。

 

3-1.アカハラ問題は学内の大きい組織に報告すると共に、弁護士に相談しよう


昨今の大学や大学院には、学部や研究科といった部局内に「人権問題対策委員会」や「ハラスメント対策委員会」といった組織が設けられているところがあります。委員会は大抵、部局内の教員がしていると思います。アカハラ問題が起こった時、学生から相談を受ける役目を担うのが、その委員の方々です。

このシステムには問題があります。実際にアカハラがあったと訴える学生がいても、その訴えを聞くだけで、委員会側は何のアクションも起こさず、さらに訴えてきた学生を部局から排除することも有り得るということです。第1章の「アカハラ自殺」で紹介した日大の行動は、2人の自殺がアカハラによるものであった可能性を黙殺・隠蔽する意図があったと外部の人間に疑われても、おかしくないものでした。ほかに、このような「風通しの悪い」大学があれば、部局の委員会はアカハラを訴える学生を捕捉する方向にはたらいたとしても、不思議ではないでしょう。

もちろん、世の中の大多数の大学の委員会は、きちんとアカハラや人権問題に対し、適切な対応をとっているでしょう。そうような委員会であったとしても、アカハラをしてくる先生と、相談を受ける役目の委員会の先生が、同じ部局に配置されているということは、学生を委縮させ、アカハラの訴えをさせづらくしている面があると思荒れます。

それでは、アカハラに苦しむ学生は、どこに訴えればよいのでしょうか。以前、私は別の研究科の同期Eさんが指導教員によるアカハラで悩んだ際、自分の研究科の人権問題委員会のK先生のところに連れてきて、相談したことがありました。K先生曰く、「研究科よりも更に上、大学全体を仕切る「全学」という大きな組織に人権問題対策部があるから、そこへ行って訴えるだけ、訴えて記録に残してもらいなさい」と。「研究科内は先生同士の面倒なしがらみのあるムラ社会だから、それより上の大学全体のことを扱う組織の部門に訴えれば、とりあえず、訴えがあったという記録には残してもらえるでしょう」という答えをいただきました。まずは、アカハラにあったら、大学全体を仕切る組織の人権問題対策を司るところに行き、記録に残してもらうことを狙えばよいそうです。

次にすべきなのは、弁護士に相談することです。現在では、法テラス、自治体の無料法律相談会、ネット上の「弁護士ドットコム」等の法律相談サイトといった場所を通して、弁護士に相談することができます。例えば、アカハラを立証するため、有力なものは何か?(アカハラ発言の録音記録、ゼミでの教員の発言メモ、メールなど)これから、大学側に対して、どのような対処をしてほしいと求めていくのか、という手順を踏んでいったらよいのか、といったことも、弁護士と話し合うと安心できるかもしれません。

合わせて、アカハラ問題の解決後の身の振り方を考えて、そちらの対策を練っておきましょう。K先生の言葉にもあったように、部局内は小さなムラ社会であり、教員同士の関係が微妙なところもありえます。アカハラ問題の後、指導教員の交替や研究室の異動を希望しても、先生同士の面子のこともあって、同じ部局内に指導教員になって頂けないこと、受け入れる研究室がない可能性も考えられます。万が一を考えて、受け入れてもらえるところがないか、学内外ともに候補を挙げてみましょう。また、大学の該当事務室を探して、学籍の異動や退学に関する手続き、必要な書類の説明を受けて、余裕があれば書類を受け取っておきましょう。

 

3-2.メンタル面の不調は学外の医療機関を頼ろう


かつて、私は大学内のカウンセリングルーム、大学院の心の相談室をそれぞれ、利用したことがあります。研究に関する行き詰まりや就職活動の不安を抱え、その相談するために、週一で予約を入れ、一回につき一時間のカウンセリングで、けっこうな気晴らしになりました。ただ、本章で対象にしている人たちは、心の健康状態が臨界点に達し、身体にも不調をきたしている方です。そういった方は、学内のカウンセリング施設を飛ばして、なるたけ早く、学外の専門の医療機関に繋いでもらってください。学内の診療所を訪ねて、心療内科や精神科のクリニック、病院、身体に不調のある人は該当の専門クリニックについて、受診できるところを紹介してもらうのもよいでしょう。

もし、自分一人で動けない状態でしたら、お友達や後輩、呼べる人に来てもらって、タクシーを呼んでもらって付き添いで診療に向かう。または、救急車を呼んでもらって運んでもらうことをしましょう。というのは、昔、筆者の向かいの研究室にいた院生のU先輩が、精神を病み、食べ物も固形物が消化できず、栄養不良で自宅で倒れたまま、動けなくなったことがあった話を聞いたからです。U先輩は自宅を知っている友人に何とか電話し、タクシーで自宅までその人に来てもらい、身体を支えてもらってタクシーに乗り、そのまま、病院に向かったそうです。この話の教訓は、健康状態が悪ければ、恥ずかしいという気持ちは封印しておいて、誰かの助けを借りて専門機関に行こうよ、ということです。

 

3-3.大学に行けなくなってしまったら~U先輩のこと~


先述のU先輩は、私の所属研究室のゼミに参加したり、研究科の行事に積極的に出たり、また私たち後輩の悩み事や論文内容の相談にのってくださったり、顔の広くて、みんなから頼りにされる人でした。このU先輩、大学に来れなくなっていた時期が数か月、音信不通だったのが数週間。研究科の周りの人たちに、長期の野外調査や文献探しに行くという話も、アルバイトが多忙でうちのゼミに顔を出せないという事前連絡は、ありませんでした。U先輩を指導していた先生は心配で仕方なく、私は心当たりのある人や部署に電話をしましたが、誰もU先輩の行方を知りませんでした。

結局、U先輩は先のように自宅で倒れて病院に行ったあと、通院と自宅との往復の生活、調子のよい時はアルバイトに行く日々を送っていたそうですが、とても大学に来れる心と体の状態ではなかったようです。本人はその後、一旦、研究室にフラフラ状態でやって来て、指導教員付き添いのもと、休学書類を出して休学。復学後、U先輩に当時のことを尋ねると、倒れてタクシーで病院に行ったことを除き、ほとんど、音信不通だった頃の記憶がなかったそうです。待っていたほうの筆者は、生きていてくれて、ほっとしました。ですが、行方を捜していた時は、死亡という二文字が頭をよぎってもいました。

 

3-3.音信不通の人を待っていた身としての気づき


U先輩のことがあって、私は普段から自分やメンバーの心や体の調子に気を配るようになりました。そして、日ごろから信頼関係を築き、可能なら自宅を知っておくこと、同じ大学に親族の方がいたら行方を尋ねられるようにしておくこと…。気づきは、沢山ありました。

なぜ、U先輩のことを書いたのかというと、大学院の博士課程の院生には、音信不通、行方不明になる人が、ポツポツと出てくるんですね[5] 。学会で知り合った人によると、院生研究室に手帳一冊だけ残して、いなくなってしまった院生がいたそうです。

精神も身体も極限状態だった人について、思い返せばサポートができたんじゃないかと私は考えています。素人の筆者には治療やリハビリのスキルはないし、精神的に同調していたら共倒れの危険があったでしょう。そういう時は、こちら「プロが教える自殺対策 身近な「死にたい」にどう向き合うか」の記事を読まれてください。この記事は、『こころの科学』第186号の特集内容をまとめたもので、「死にたい」という「極限状態」の人と現場で向き合ってきたプロの人たちのことが、簡潔に分かるようになっています。「死にたい」と考えてはいなくても、極限になるまで弱ってしまった人が周りにいたら、どのような医療機関や団体に繋いだらよいのか、というヒントになると思いました。

以上、第3章では、深刻で困難なことを抱える人への応急処置を書いてきました。入院や療養といった場合によっては、休学や退学の手続きを踏む必要が出てくると思います。詳しい手続きや集める書類は大学や大学院ごとに異なるので、該当の部署を探して説明を受けてください。

 

4.最後に


この投稿文では、長々と「学生のメンタルヘルスをどう守るか」というテーマに沿って、書いてきました。私自身の体験、学部や大学院でお世話になった人たちのこと、Web上の出身大学のサイトのカウンセリングセンターのページ、大学院生の生き方について書いた本などをもとに調べて書きました。どうにかして、大学のメンタルヘルスの問題に自分なりの処方箋を出したいと思い、ついつい、長くなってしまったのです。

大学院博士課程を終え、私がノラ博士状態になって数年が経ちました。ここに書いた情報にも古くなり、役に立たないことも出てきているでしょう。また、私が学生のころにはなく、知らなかった学生の互助組織も結成されているかもしれません。そこで読者の皆様へ、筆者の私からお願いがあります。もし、学生のメンタルヘルスを守る方法、支援団体やコミュニティをご存知でしたら、教えてください。こちらの投稿文の下のコメントの欄でも、はてなブックマークでも、下にある私のプロフィールのブログ、Twitterアカウントへでも、知らせていただけたら、大変助かります。

どうか、この投稿文が少しでも皆様のお力になれたら幸いです。最後までお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。

 

[1]  FACTA ONLINE(2016年11月号).DEEP[特別取材班「追跡15弾」]「連続「アカハラ自殺」日大学部長が黙殺・隠蔽」.(https://facta.co.jp/article/201611010.html)  2016/11/16取得

[2] 大学の上に設けられる機関。学芸を究めたり、究める者を要請したりするための専門課程をもつ。修士課程と博士課程がある。(参考:「だいがくいん」、松村明編『大辞林 第三版』、1499頁、三省堂、2006年。

[3] 参照:「アカデミックハラスメント」、松村明編『大辞林 第三版』、19頁、同上。

[4] 岡崎匡史によれば、時期は不明だが、東北大学の院生が、博士論文の提出を二度拒否され、自殺した事件があったという。また、岡崎氏は「この事件ほどで名はないにしても、多くの大学院の水面下において「アカハラ」が起こっている。」と指摘する(岡崎匡史『文系大学院生サバイバル』(ディスカバー携書)、54頁、2013年。

[5] 次の作者不明の童話ほどではないが、博士課程の院生、博士号の取得者の音信不通・行方不明者は、少なくはないと思われる;NAVER まとめ.「世界がもし100人の博士だったら」の行方不明者数に驚く」.(https://matome.naver.jp/odai/2133865469506625901)2016/11/19取得

 


【投稿者】
仲見満月(なかみ・みづき) さん

【プロフィール】

元人文科学系、今は文理総合系の経歴「真っ白」な博士。ストラテラのお薬にお世話になりつつ、今は大学院や文系院生の問題を、ブログで書き、いろいろ考え中。


【ブログ】 「仲見満月の研究室」(http://naka3-3dsuki.hatenablog.com/



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