友人が失踪した話


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メンヘラは、自分のつらい過去や苦しい現状を、一つのステータスのように捉えがちである。
より不幸で、独自性のあるエピソードを多くもっていればいるほど偉いと信じ、ありがちな話でも悲劇のヒロイン気取りで壮大なストーリーのように表現する。

「私は他の誰よりも可哀想だ」と信じる哀れなメンヘラが、ネットの海には何千人も漂っている。私もその一人だ。

というわけで、世界で一番可哀想な私の、とっておきの不幸な思い出話を以下に記す。

 

12歳、期待に胸を膨らませて進学した中学校。そこで私はKと出会った。
初めて話したのは、入学から一週間ほど経った頃。「美化係」とか「図書係」みたいなクラスの係決めで、私とKは同じ係になった。係の名前は忘れてしまったのだが、クラス全員が毎朝、教卓の上に提出することになっている学習ノートを、職員室まで運ぶのが仕事だった。

係決めの翌朝、私とKはさっそく仕事をした。二人で教室から職員室までの廊下を歩く。窓からは暖かな春の日が差した。Kは、爽やかな印象の男の子だった。白くぱりっとしたYシャツに、さらさらの髪。Kは内気な私と対照的に社交的でよく話す男の子で、私はすぐに打ち解けた。並んで歩くとKはいいにおいがするような気がした。Kとは会話のテンポが噛み合って、話していて心地よかった。

そのうちに、Kは休み時間にも私に話しかけてくるようになった。「みー」と呼び掛けながら、私の二つ結びの髪を触って話しかける。「みー」というのは、Kだけが呼ぶ私のあだ名だった。他愛ない話をして、笑って過ごした。

 

このようにして私とKは、思春期特有の甘酸っぱい空気をまといながら、教室でいつも一緒にいるようになるのだが、Kにはときどき「あれ?」と思うようなところがあった。

「うち家でペンギンを飼ってるんだ。お風呂で泳いで、可愛いんだよ」と、明らかに嘘と分かる話を大真面目に語ったり、クラスで揉め事が起きたときなど一度怒り出すと机を蹴り飛ばし、誰も手をつけられないくらいに暴れたりした。また、私が一番気になっていたのは、Kの両親についての噂だった。幼い頃からKを知っている子たちは、口を揃えてこう言った。

「Kの親はヤバい」

どうやらKの両親は、幼い頃からKの性を踏みにじったり、優秀な兄弟と比較してKの人格を否定したり、ということを日常的に行っていたらしい。Kが、明るい外面とは対照的に、内面に深い闇を抱えていることに、周囲の人たちは薄々気付きつつあった。秋頃には同級生に「Kとは離れたほうがいいよ」と忠告されたこともあった。

それでも私は変わらずKと仲良くし続けた。Kと一緒にいると楽しかったから。そして、Kが私に好意を持っているのは誰の目にも明らかだったからだ。「Kには私しかいない。Kのことは私が見守っていてあげないと」とお門違いな思い込みをし、自分を保っている部分が私には少なからずあったのだ。

しかし、そんな日々にも終わりが訪れる。

季節が巡り、クラス替えが行われ、私とKは別のクラスになった。桜も散ったその頃から、廊下で見かけるKは変わり始めた。
それまでKは、校則に従ってきちんと制服を着ていたのに、その頃からヨレヨレのYシャツをだらしなく着て来るようになった。シャツの下には赤や黄色の派手なシャツが透けていた。また、さらさらと風になびいていた髪を、ワックスで固めツンツンに逆立てるようになった。どうしたんだろう、とは思ったけれど、以前より乱暴な口調になったKにそれを訪ねる勇気は私には無かった。

梅雨の頃のある日。捲ったYシャツの袖から伸びるKの白い腕に、安全ピンが刺さっていた。私は度肝を抜かれた。Kはそれから毎日、見せつけるように安全ピンを刺して登校し続けた。1本だけでなく2、3本刺している日もあった。痛々しい腕だった。

「Kはどうしちゃったんだろう。親のせいで心が歪んでるって本当なのかな。誰かに助けを求めてるのかな、助けてあげられないかな」そんなことを、悲劇のヒロイン気取りでぐるぐると考えているうちに梅雨は明け、眩しい日差しの照りつける夏がきた。

あとから聞いた話だが、その頃のKは自分の教室へはちょっと顔を出すくらいで授業は受けず、ほとんど保健室で過ごしていたようだった。熱心だった部活にも足を運ばなくなっていたそうだ。

夏休み直前。日があまり届かない、ひんやりした廊下でKに呼び止められた。「みー、話があるんだけど」、久しぶりに並んで話すKは少し背が伸びた気がして、私はどきりとした。「この学校にはもう居場所がないから、転校することにした」。私を確かに見下ろしながら、Kは静かにそう言った。

夏休みの間、毎晩Kの夢を見た。教室でKと笑って過ごす夢だった。Kに会いたい。そんな気持ちでいっぱいだった。それでも夏休みが明け、Kのいない学校生活が始まると、なんだか最初からKなんて人はいなかったかのように毎日が過ぎていって、Kが夢に出てくることは無くなった。

誰か一人が欠けても世界は何事もなく回るんだな。Kのことを心の片隅でぼんやり考えて過ごすうちに、いつの間にか木の葉は散り、深い藍色の空に星が瞬く季節になっていた。

 

その日、すっかり色褪せて霜の降りた通学路を一人で歩き、いつものように教室へ入ると、クラス全体が不自然にざわついているのが分かった。私が当惑していると、Kと家が近所の子が私に教えてくれた。

「Kが家出して、行方不明になったって。」

私は耳を疑った。心臓は止まりそうになったし、頭は真っ白になった。でもそれはどうやら真実のようだった。Kは財布も着替えも持たず、夜中に身一つで姿を消したらしい。

初めはみんな、何日か経てば戻ってくるだろうと思っていた。でも一週間、二週間、一ヶ月経ってもその報せはない。「遠くの親戚が匿っているらしい」とか「歌舞伎町で働いてるらしい」とかいろんな噂が飛び交った。そのうち雪が降り、「もし野宿でもしてるなら限界かな」と思った。でもKは帰ってこなかった。冬が終わり、新しい春が来て、たんぽぽが綿毛になって、夏になって、天の川に願っても、秋になって、銀杏を踏み潰して、雪が降って、再び冬が訪れても、まだKは帰ってこない。

太陽が登り、沈んで、月が出て、人々が寝たり、起きたり、仕事へ行ったり、家族や友人と、喧嘩しては仲直りして、知らない人と、知らない街ですれ違う、そんな、Kがいてもいなくても変わらない、なんでもない日常を、何度も何度も繰り返しても、Kは帰ってこなかった。生きているのか死んでいるのか、それさえも今は分からない。

「私にとってKは大きな存在だったけど、Kにとって私は取るに足らない存在だったのかな。私は今でもこんなに悲しいけれど、Kは私のこと覚えているのかな」

気がつくとそんな、Kに対する思いなのか、それともKという鏡に映った自分自身に対する思いなのか分からない、哀しく醜い感情を抱えながら生きている私がいた。

 

Kはそのまま、何年も行方不明のままだ。もしかするとKはもう生きていないのかもしれない。事件に巻き込まれ、どこかで不本意な生き方を強いられているかもしれない。あるいは、自ら進んで悪事に手を染め、カネを稼いで暮らしているかもしれない。いろいろな可能性が考え付くけれど、想像しうるどんなKの姿も、私には耐え難いものばかりだ。

今でも時々、傲慢なヒロインは思うのだ、「Kには心から笑って生きていてほしかった」「私ならKの心を救えたかもしれないのに」と。もういないKに依存したままの私は、たぶん一生こうやって、人生の意味の一部をKに求めて生きるのだろう。


【投稿者】
礫砂漠 さん

【プロフィール】
名前は大学の友人がくれました。「礫」は「れき」と読み、「小石」の意味です。友人曰く「心に生き物があまりいなさそう」「砂漠の昼と夜みたいに温度差が激しい」。


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