毎日を生き抜くための生きがいが無いなら、生きがいを外注してみませんか




ごきげんよう。090です。
皆様には生きがい、ありますか。私にはありません。なので、外注することにしました。

 

■生きがいとは?

「生きがい」なんて言うと大層なことのように思えますが、要は長期的な目標や夢、日常的に得られる喜びや楽しみのことだと思っています。

たまに「子供の寝顔を見ると『明日も頑張ろう』と思える」とか「人に感謝されると嬉しいです」とか言う人がいて、本当に驚きます。そういう人は今の生活に十分な生きがいがあるので、毎日をたくましく生きていけるのだと思います。

しかし、私にはそういうものはありません。日常に「生きてる甲斐があるなあ」と思う出来事は一つもありません。「生きてた甲斐があったわ」と思ったこともありません。そんなもんがあるなら、こんなに死にたがりません。

生きてるだけでこんなに苦しいのに死ねない、そして死なない。

それならせめて楽しみや喜びを摂取しないと、本当にただただ息をしているだけの肉塊になってしまう。そんな状態で生き続けるのは本当に無理、ひたすら苦痛が続くだけだ。どんなに願っても草や花にもなれないなら、なんとかしなきゃ。苦しいだけなら生きてる意味なんてないんだから。

そう考えた私は、生きがいを外注することにしました。
日常に生きがいを得ることは無理なので、非日常を生きがいにすることにしたのです。

 

■生きがいを外注するとは?

「生きがいを外注する」ことについて、ここでは「快感情のためにお金を払ってひたすら消費すること」と定義しておきます。

おおかた、外注行為は「趣味」に分類されると思います。生きがいを外注する人々は、趣味がないと死んじゃう人々でもあるかもしれません。というか、私がそうです。趣味がないと生きていけません。

ただ、その趣味が非日常の中にしか存在しないこと、多少なりともお金を使わなければならないこと、そして何よりも「消費することしかできない」立場であることが、外注の外注たる所以かなと思っています。

 

■生きがいの外注先の例

それでは、どんなものが「生きがいの外注」になるでしょう。

周囲の人を見てみると、例えば

・アニメ鑑賞
・ライブへ行く
・ゲーム
・スポーツ観戦
・ミュージカル鑑賞
・ジャニーズのコンサートに行く

などを生きがいとして、なんとかやっている人が多い印象です。

他にも、

・キャバクラや風俗のオネエチャンに会ったり貢いだりする
・ホストに入れあげる
・猫カフェに通いつめる
・ソシャゲに課金する
・映画の応援上映に通いつめる
・同人誌即売会へ赴き薄い本を大量に購入する
・有名テーマパークに足繁く通う

といった方法で、生きがいを外注している方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。

 

■私の生きがいの外注先

私の場合は、バンドとアイドル合わせて3グループを、金銭的・体力的無理のない範囲で追いかけることで、生きがいの外注を済ませています。
3グループの概要は以下の通りです。

* 活動量はそこそこあり、行ける時は絶対に行くバンドA
* そもそも活動自体が少ないため、ツアーがあったらどこだろうが確実に1公演は行くバンドB
* 活動量が大変多く、追いきれないため、近くまで来てくれる時は握手会だろうがコンサートだろうが必ず行くアイドルC

3つも追いかけるの?そんなにできるもんなの?という感じがしますが、実はこれでもちょっと足りないくらいです。時折「ダメだ!!!いますぐライブ行かないと死ぬ!!!次の通院(※ライブに行くこと)いつ!?!?なんで今週ないの!?!?」と叫びながらのたうちまわります。

しかし、ここからさらに増やすとなると交通費やチケット代、グッズ代などがアホほど嵩んでしまいます。地方在住なので尚更キツイです(東京・神奈川・埼玉あたりで都心へのアクセスよくて家賃安くて鉄骨建造の物件、どなたか紹介してください。地方のオタクは本当に不利、無理、キツい)。

余談が過ぎました。3つのグループを追いかけるとなると、年間のスケジュールはどんな感じになるのでしょうか。私の外注年間スケジュールはだいたいこんな感じです。

生きがい外注

すっごく大雑把に書きましたが、絶妙なタイミングで生きがいが降ってくる事がわかります。

空白の期間はずっと「うわっ何にも楽しくない、生きてる意味ないじゃん」と思いながら過ごしていますが、ライブや新曲発売のタイミングだけ、信じられないほど人間らしい動きができるようになります。交通費を抑えるには何を使ってどのルートで行けばいいのか、複数ある特典を効率良く揃えるにはどの店でどう買えばいいか等、「この能力があれば何らかの職に就けるのでは?」と錯覚してしまうほどの効率の鬼になります。

そしてライブやイベントが終わると、また肉塊に戻ります。次の「生きがい」まで生きられるか本気で疑問に思いながら……。

私が今日もなんとかやっていけるのは彼ら・彼女らが絶妙に頑張ってくれるおかげです。外注を受けてくれてありがとう。お金を使わせてくれてありがとう。私(たち)のために歌って踊ってくれてありがとう。感謝しかありません。

 

■行きすぎた外注は身を滅ぼす

非常に大切なことがあるので書いておきます。

行きすぎた外注は身を滅ぼします。

なんせ、生きがいの外注は「お金を払って消費する行為」ですので、外注しようと思えばいくらでもできてしまうのですよね。本当にハマってしまうと歯止めがかかりません。生きがいを外注しすぎた結果、お金に困って大量の借金をしたり、犯罪行為に及んでしまっては本末転倒です。生きるのがますますつらくなるだけのように思います。

そこまで行かなくても、生きがいのために食費や医療費を極端に削って、健康を犠牲にしすぎている人も散見されます。健康は一番の節約ですから、どうかご自愛くださいね。自分のお財布と相談する、大事なことです。

 

■生きがいの外注、してみませんか

日常に生きがいが無い人は、荒れ狂う海の中を丸腰で泳いでいるようなものです。生きがいの外注は、酸素をどうにか得るための必死の息継ぎなのです。逆に、日常に生きがいが有る人は、潤沢な酸素ボンベを持っているので、悠々と海底のサンゴ礁とキャッキャウフフできます。実に楽しそうに泳いでいますね〜!本当に良かったですね〜!!!

生きがいの外注は時に虚しいです。焦ってライブのチケットを申し込んでいる時、ふと訪れる虚無感。

「こんなの、自分の前に自分で人参ぶら下げて走ってる馬じゃん」
「こうやって一生自分のご機嫌取りをしないといけないのか」
「なんでここまでして生きなきゃならないんだ」
「ライブなんて始まったら終わるだけで、人生が虚しいことには変わりないのに」

という言葉が脳裏をよぎります。

しかし、ひとたび生きがいを外注すれば、確実に喜びを得られます。ほんの一瞬だけ楽しい気持ちになります。一瞬一瞬の喜びや楽しさのために、日々の辛さや苦しさをやり過ごす。それを死ぬまで積み重ねていくのが人生なのかな、と最近は諦めています。それでもいつか限界がやってきそうですが……。

生きるのは本当に本当に本当につらくて面倒臭くて理不尽で苦しいです。
だからこそ、定期的に生きがいを外注しましょう。虚しくても、楽しいことや嬉しいこと、テンションが上がることを自力で予定に組み込んでみましょう。

どうせいつ終わるかわからない人生です。

死ぬ直前になって「苦しく虚しいだけの人生だった」と思うよりも、

「苦しく虚しいことの方が圧倒的に多かった人生だけど、あの頃、あの時は一瞬だけ楽しかったかもなあ……」と思えるかもしれない。そう思うと、少し気が楽になりませんか?ならなかったらごめんなさい。

とりあえず、「生きがいの外注」、オススメです。


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会社員時代の自殺が未遂に終わり、いろんな意味で「サービスで生きてる」無職。生きてる以上、楽にやっていきたい。少しでも死にたい人のお役に立てればと思います。

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