承認欲求をコントロールするためのリミッターを身につけよう




こんにちは。発達障害の診断を受けていて、ライターとして仕事をしている広尾蘭です。

先日、このサイトにはじめて記事を投稿して掲載されました。
(関連:メンヘラが芸術家になろうとしたらこうなった アートと精神疾患・発達障害

ところが……。自分から投稿して、掲載までしていただいてこんなことをいうのはなんですが……。

掲載された記事を読んだら、自分の文章がとても悪文でひとりよがりな、読みにくいものだと気づいたんですよね。そんなつもりはなかったのに、自分の経験について語り始めるとひとりよがりになってしまった。

それはなぜなのか、どうして自分語りをすると客観性がなくなるのか。メンヘラや発達障害と自分語りについて、思うところを考えてみました。

 

■メンヘラと自分語り、そして承認欲求

ある種のメンヘラにとって、自分のことを話したい、自分を承認してもらいたいという欲求は、とても強いものだと思います。自分もそうです。

自覚しているからこそ、自分語り欲求を抑え込んでいたつもりだったのですが、気を抜くとすぐに、自分自身について熱く語りはじめてしまうことに改めて気づいたのでした。

メンヘラにとって大きな病理のひとつといえるのが、他人からの承認欲求。

もちろん、すべてのメンヘラがそうではありません。でも、ある種の精神障害や発達障害の人間にとって、自己肯定感が低く、承認欲求を渇望しているのはありがちなことだと思います。

愛してもらいたい、ほめてもらいたい、誰かに自分の話を聞いてもらいたい。

境界性人格障害(いわゆるボーダー)はステレオタイプとして「かまってちゃん」だと思われていますし、アスペルガー症候群などの自閉症スペクトラム系の発達障害者も、自分のことを語るのが基本的に大好きです。

わたしは自閉症スペクトラム系の発達障害なので、自分のことを話したい、自分のことを大きく見せたい、経験をとにかく語りたい気持ちがとてもよくわかります。でも、自分のことしか話さない人からは、当然、他人は離れていってしまいます。

 

■承認欲求を乗りこなし適応する

メンヘラが働いて自活していくために必要なことのひとつ、それが他者とのコミュニケーション。

精神がつらいとき、誰かに話しを聞いてほしい、助けてほしいと思いがち。でもメンヘラが生きていくためには、ある程度そんな気持ちを乗りこなして、だましだましでも自分のメンタルを自力で軌道修正することが、とても大切なことだといえるでしょう。

わたしも、そんな承認欲求で失敗を重ねてきました。

子供の頃には、自分のことばかり話さないことを注意される。
大人になってメンタルを病んだときには、自分の精神の辛さを何時間も電話で話して、友達に離れていかれてしまうこともありました。

でも、そんなことをしているうちに、自分のことばかり話すのはよくないことだと、徐々に学習してくることができました。

メンタルの問題は、カウンセラーや主治医以外に話しても仕方ない。相手に対して精神の負荷をかけるのはよくない。

そう考えて、自分の精神の辛さは自分のなかで消化しようと努めてきたつもりでした。

そんな考え方に至ることができた理由は、同じ発達障害の当事者コミュニティに参加するなかで、他の当事者の生きづらさの話を長時間傾聴する機会ができて、「ああ、自分は他人の精神にこれくらい強い負荷を与えていたのか」と気がついたからかもしれません。

 

■文章で自分語りをしたらリミッターが外れた

自分はある程度、自分語りの欲求を抑制できている。そう思っていました。

ところが、このサイトに投稿する文章を書いてみたら、そのリミッターがいとも簡単に外れてしまったのです。

わたしは一応、ネット上の記事を書いたことがありました。専業で活躍しているライターの方と比べるのもおこがましいですが、とりあえずライターと名乗って名乗れないこともない、というくらいに思っていました。だから、普段通りに文章を書いて送ってみよう、そう考えて、とくに気負わず、普段通りの文章を書いたつもりでした。

無駄に文字数も多く、4,000字くらいの長文を送りつけてみたのでした。ところが。

実際にこのサイトに掲載された文章をブラウザで見てみると、文章が謎のひとりよがりな勢いで満ちていて、とても読みづらかったのです。なんというか、自分の考えを他人に押し付けるような感覚。投稿して、掲載までしてもらっているのにアレですが、「あ、この文章ダメだ」とすぐに思いました。

でも、普段のライティングと同様に書いたつもりだったのに、なぜひとりよがりな文章になってしまったのでしょうか。

文章がひとりよがりで読みづらい原因。それは「自分について語る内容だから」だと思いました。

わたしが普段書いているライティングの内容は、基本的に書くテーマが決まっています。健康、美容、家電製品、それにアダルト。興味のある・なしに関係なく、レギュレーションのなかで文章を書く仕事です。

決まっているレギュレーションのなかで文章を書くには、知らないことについて俯瞰して考えることが必要です。俯瞰的に考えるとは、つまり客観視するということ。

普段の文章ではある程度客観視しながら書けているために、特段問題がなかったのだと思います。

いっぽうで、このサイトに送った記事で書く内容は、メンヘラや発達障害者としての自分自身についてが主題。すなわち主観的な文章です。

そのために、普段は実行できている「客観視というリミッター」を、うまく動作させることができなかったのだと思います。

 

■自分語りの抑制=リミッターを意識すること

今回、自分語りの文章を書いてリミッターが外れる経験をしたことで、わたし自身の中には、自分のことを誰かに聞いてもらいたい、という欲求がまだまだ燃えくすぶっていることを再発見しました。

そして、メンヘラや発達障害者がうまく働いて生きていくためには、やはりこのリミッターは重要であることも再認識しました。

ひとりよがりな自分語りをすることは、話を聞いてくれる相手の精神に大きな負荷をかけること。だからこそ、自分語りの承認欲求には、ある程度リミッターをかけないといけません。働くうえでも、周りの人間とうまく関係を築くうえでも。

とはいえ、そんなふうに自分の承認欲求に蓋ばかりしていては、いつ爆発してしまうかわかりません。

なにかのきっかけに特定の個人に負荷をかけてしまうかもしれないし、急に寝込んで仕事ができなくなってしまうかもしれない。そこで対策として考えられるのが、自分語りの欲求を、少しずついろいろな人間に放出することなのだと思います。

脳性麻痺の当事者で東大教授の熊谷晋一郎氏は、障害者が生きていくために大切なこととして「依存先を増やす」ことを提唱しています。特定のひとだけに依存してしまったら、その依存先のひとがキャパシティを超えて倒れてしまう。それはメンヘラの承認欲求についてもまったく同じことです。

普段から適度に、何人もの人と会話をして、小出しに自分のことを語る。それが解決法なのだと思います。もしかすると、メンタルを病んでいない健常者は、それを日常的に、普通にやっているのかもしれません。

承認欲求は爆発する前に、制御して少しずつ発散する。

それが簡単にできたら苦労はしませんが、承認欲求で苦しんでいたら、少しずつ、話すことができる人や場所を増やしていくことで楽になれるのだと思います。


【投稿者】
広尾蘭 さん

【プロフィール】
自閉症スペクトラムの診断を受けています。 文章を書いたり、何かを作ることが好きです。 江戸時代に生まれたら村一番の鍛冶屋になっていたと思います。 @hirohran


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