練炭自殺に失敗した私があなたに伝えたいこと




初めまして、ruといいます。

私は何度も何度も「世間一般的に言う失敗」を繰り返してきました。
この記事では、そんな私の人生最大の失敗、「練炭自殺」について、そしてそれを踏まえた上で「あなたに伝えたいこと」を書いていきたいと思います。

 

どうしようもないことを永遠と考え続けて抱え込んでしまう…しなければいけないことにも手がつかない…最終的には「これはもう死ぬしかない…」という沼にハマってしまう…そんなことって、ありませんか?

私はよくあります。とーってもよくあります。高校時代の私が特にそうでした。

自傷行為や過量服薬を怒られ、不登校気味であることを怒られ、学校では浮いてしまい、部活では思い悩み、家に帰れば父の怒声で耳が痛く、好きなはずのことすら楽しめず、将来には不安しかない上に、勉強には手がつかない…「これはもう死ぬしかない…」

今思えば、卒業や進学や就職なんて、自分の生死に比べれば極論「どうでもいい」のです。

そんなことをしなくても生きていける方法はあります。嫌な状況から逃れる方法だってあります。助けてくれる機関だってあります。

ただ当時の私は、そんなことは「知らなかった」。

そこで私は、練炭自殺を試みました。(決して推奨などがしたいわけではないです。)練炭自殺はもう想像を絶する地獄でした。ほんとうにほんとうに地獄でした。実行開始から1時間ほどが経ったとき、大切なひとの色んな表情が、走馬灯のように私の中を駆け抜けていきました。

会いたい、会いたい会いたい会いたい!!もう疲れた!もう嫌だ!癒しが欲しい!お願いだから助けて!私を全てから連れ出して!もう頑張らなくていいよって抱きしめて!!無理だ!もうダメだ!生きていけない!死ぬしかない!!

とにかく、私は「死ななければいけない」!!!

もはや意地でした。「絶対に死んでやる…」と、前日に用意した遺書を睨みつけていました(実際は力がなく、ぼーっと眺めていたのだろうと思います)。

それからしばらくして、私はついに気づいてしまったのです。

「死にたいんじゃない…逃げたいんだ……………もしかして……私……楽に生きたい、のか……?」

全身が心臓のようにバクバクと音を立て、よくわからないノイジーな脳内BGM(笑)が流れていました。手足は痺れ、立ち上がるどころか這うことすら厳しい状態でしたが、なんとかその場から脱出し、助けを呼び、病院に連れて行ってもらいました。

その後も地獄でした。

閉鎖病棟の保護室にブチ込まれ、しばらくは酸素マスクをつけて生活していました。手足は痺れたままで、後遺症に悩まされています。自分の心境はもう最悪、自己嫌悪の嵐です。遺書なんて書かなきゃよかった…。家族や友人の反応も心が痛くて、どうしようもなく心が痛くて…それは想像してみてくださいね…。

練炭自殺が失敗に終わってから二週間後、私は当時の環境から逃れたい一心で大学受験をしました。高校は出席日数が足りず通信制の高校に転校していたため、なんとか留年せずに卒業できました。大学入学後は状態が酷くなるばかりで、結局、大学は中途退学しました。

今思えば狂気の沙汰です。余裕がない状態で無理に頑張り続けても仕方がないのに、そんなことには気づいていなかったんですよね。

そんな私は、現在たくさんの人の手を借りて、当時よりも安全な場所で治療に取り組んでいます。そんな生活の中で、少しだけわかってきたことがあります。それをあなたに伝えたいのです。

自傷行為や過量服薬などで精神の平衡を保っているあなたも、「これはもう死ぬしかない…」と自殺企図をしているあなたも、自分の身を削るしかないくらい苦しい状況にいるということですよね。とてもとても頑張って生きているのが痛いくらいにわかります。少なくとも今はそうでないと生きていられないだろうし、そうなるべくしてなっているのだろうと思います。

 

でも、もし「このままではマズい」と思い始めたら、こんなことを言っていた人が居たな〜と思い出してくれると嬉しいです。

逃げることは決して悪いことではありません。逃げることが必要な時だってあります。それでも、自分の身を削ることよりも「楽な逃げ方」というものがきっとあります。

何度でも言いますが、たいてい、自分の生死を天秤にかけるようなことは、極論「どうでもいい」のです。

何度でも言いますが、そんな「どうでもいい」ことをしなくても生きていける方法はあります。嫌な環境から逃れる方法だってあります。助けてくれる機関だってあります。

今よりも少ない労力で、楽に生きることができるかもしれない。

そんな可能性が少しでもある選択肢を、あなたも、私も、誰でも、きっと持っているはずです。

 

とりあえず、知っている人でも知らない人でも何かしらの機関でも電話相談窓口でもいいです。何でもいいので、とにかく助けを求めてください。

あなたを受け入れてくれる場所は、必ずどこかにあります。


【投稿者】
ru さん

【プロフィール】
現在18歳無職(大学中退)。毒親やいじめなどの環境、自分で自分を駄目にする選択をしてきたことから、気づけば4回も精神病院での入退院を繰り返していました(過量服薬、自殺未遂、度が過ぎた自傷行為など)。複雑性PTSD、持続性抑うつ障害と診断された経験あり。通院先を変えてからは双極性障害かも?とのこと。毒親から少し距離を置き、通院しつつライフスタイルを再構築しています。
Twitter:https://twitter.com/iroiromemo_ru


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12 件のコメント

  1. ひきこもり10年以上で発達障害のおっさん 返信

    将来の参考するためにお伺いしたいのですが、練炭自殺は身体的にも苦しいのでしょうか。後遺症は手足のしびれのほかにどのような症状がでましたか。

    • ru 返信

      コメントありがとうございます。
      身体的な苦しさをざっくり言うと、頭痛・身体の麻痺・呼吸困難といった感じでした。
      それから、手足の痺れ以外の後遺症は、記憶力の低下がありました。練炭は脳がやられるので、色んな意味で苦しいです。
      ちなみに私は服薬・首吊り・飛び降り…全て失敗に終わったので、やっぱりどれも凄く苦しいと思います。

      • ひきこもり10年以上で発達障害のおっさん 返信

        返信ありがとうございます。

        > 身体的な苦しさをざっくり言うと、頭痛・身体の麻痺・呼吸困難といった感じでした。

        それはやはり耐えられないほどの苦痛だったのでしょうね。

        > ちなみに私は服薬・首吊り・飛び降り…全て失敗に終わったので、やっぱりどれも凄く苦しいと思います。

        私はもう人生詰んでいて、将来生活保護でももらえない限りはきっと自殺するか刑務所で生活するか選択を迫られると思うんです。自殺のほうが楽だろうし練炭なら苦痛も少ないと思っていたのですがどうもそういうわけではなさそうですね。

  2. 昭和のおばさん 返信

    「どうでもいい」っていうのは

    そこに責任もなにもないと思うから

    「どうでもいい」のかな。

    親の介護で疲れきって精神的に追い詰められて、死ぬか生きるか、っていうときに、それは自分にとって「どうでもいい」ってことになるのかな。

    自分が責任持って仕事してたら
    追い詰められて死にたくなったときに「どうでもいい」になるかな。

    過労死してる人にとって

    死ぬ原因になったことは

    「どうでもいい」ことだったのかな。

    責任を持つ人間達にとって

    「どうでもいい」はないと感じる昭和のおばさんです。

    • ru 返信

      仕事や介護、そういうことって、その人が絶対にやらないといけないんでしょうか。
      自分の生死を天秤にかけるくらいに必要なことでしょうか。
      自力で頑張るというのは、自分だけの力で頑張るということじゃないと思うんです。
      一人で抱え込みすぎるのは、効率が悪いですし、利口じゃないです。他人に迷惑をかけることにも繋がります。
      自分でできることは自分でする、できないことは人の力を借りる、それがいいと思うんですよ。

      それが、責任を持って生きることだと、私は思っています。

      現状を嘆くだけじゃ何も変わらない、逃避と同じです。結局は、そこから抜け出す努力が必要だと思うんです。

      だからこそ、「自分の改革を支えてくれる人や場所はある」、そんな希望を込めた文章を書きました。

      それから、「どうでもいい」ということばを選んだことに対する意見は、この文章を投稿する時点で、ある程度予想していました。
      それでも「どうでもいい」という衝撃的なことばを選んだのは、少しでも多くの人の記憶に残ってほしいと思ったからです。
      誰かの生き方を否定する気はありません。

  3. 昭和のおばさん 返信

    う~ん、わたしだったら生き方を否定されてるように感じちゃう、悩み自体に「どうでもいいことをしなくても」って言われたら

    解決法がないから苦しいのに自分の悩みを生死の天秤にかけると

    自分の命が大切で

    悩みはどうでもいいにことになっちゃうの?て思う。

    自殺した人、もしくは自殺しようとしている人にとったら

    「その悩み」がもう抱えきれなくなって、行為に及んでしまうわけだから

    今、育児ノイローゼでも必死に生きてる人とか、介護疲れで自分を見失ってしまいそうな人、受験に失敗して将来に希望が持てない、死にたいっていう人に

    極論どうでもいいことですよ、って呼び掛けられると

    この辛さの何がわかるの、今生きるのに必死なんだよ、って自分の生き方を否定されたと、わたしは思っちゃう。

    でも、どこか、吐きだせる場所とか人とか施設はどんどん増やしていくべきだし、今悩んでる人には、少しでも、相談できる、何かを見つけてほしい、というのは、同じです。

    返信ありがとうございました。

  4. 平成の若者 返信

    どうでもいいって、私はすごく素敵な表現だと思いますよ〜。現在進行形で悩んでる時に言ってもらえてたら、きっと救われてたな。
    悩んでる時って、逃げるという選択肢は無くて。どうにかしなきゃ、としか思えないから。その事が人生の、生活の全てだと思い込んでしまっているから。
    そんな時に、誰かに「どうでもいいことだよ」って教えてもらえたら、すごく楽になるはずです。少なくとも私はそうです。素敵な文章をありがとうございます。

  5. 死ぬ勇気もない人 返信

    「逃げてもいいんだよ」その言葉に救われますが、救われすぎてわたしはなに一つやり遂げられてません。
    たまには逃げずにやらなきゃって頑張ってみましたが結局精神を病んで追い詰めて今布団の中でこうして文字を売っています。

    いつでも逃げていいんでしょうか、それとも逃げ続けてはだめなんでしょうか。

  6. がわ 返信

    昭和のおばさんのコメントに横入り失礼します。
    生き方否定っていうのは違うとおもいます。自分の命と仕事とどっちが大事ですか?って聞かれて仕事を選びますか?ってことなんじゃないかなと。
    どうでもいい=無責任
    って捉えてるんだとしたらそれは違うと。
    責任が抱えきれなくなって潰れちゃうくらいなら逃げて、ってことなのかなと
    自分もメンヘラなんで言葉がうまく紡げませんが
    自殺って、「自分はここまでするくらい、自分を傷つけなきゃいけないくらい苦しんでたんだぞ」
    って周りの人に訴えるためにするんじゃないかって、この記事を読んでおもいました
    逃げる手段がそれしかないからするのもあるのかもしれないけど
    自分も助けを求められる手段を早く見つけたいです
    乱文失礼しました

  7. ぐみ 返信

    昭和のおばさんさま

    『どうでもいい』悩みだなんて思わないです。
    大事なことを投げ出せない責任感とか、苦しさは。

    でも、そんな苦しさから死を選ぶって言うことは、結局は事実、投げ出したことになっちゃうので…
    (自分の死後も、誰かがきっとどうにかしてくれるんだろうけど)

    だから、死ぬくらいなら、同じ投げ出すくらいなら、自分が生きて、そして投げ出したほうがマシじゃないかと思います。

    そう言う意味での、『どうでもいい』じゃないですかね。

    自分の死と天秤にかけるなら、投げ出したほうがマシだと。

    死にたいくらいの苦しさを抱えながら、でも投げ出さないあなたを絶対に否定なんてしていないし、誰もしないと思う。

    でも、投げ出しても生きる選択をしたあなたも、また否定なんてしない。

  8. まさたけ 返信

    誰も頼れないから考えちゃう
    どうしていいのかわからないから考えちゃう
    俺はどうすればいいの
    もう生きたくない

  9. みちこ 返信

    私は離婚にしっぱい
    これから、みんなに出た方がいいと言われているアパートに 母を連れて来るかまよってます

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