【書評】テティスの逆鱗(唯川恵)


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最近、友人から連絡があった。曰く、「ついに美容家電に手を出した」
驚くほど毛穴の汚れが取れて、毛穴が小さくなって、肌も今までにないほど潤ったらしい。小顔になる機能も付いているということだ。
「●万円したけれど、これで美しくなって満足するなら安いものだ」と彼女は言った。

その話を聞いて、「私も欲しい」と思った。私もその美容家電を買って、毎日ケアして、毛穴の汚れを取りたい、毛穴を小さくしたい、小顔になりたい、綺麗になりたい。
美しくなって、満たされたい。

美しくなるには技術が必要。技術にはお金が必要。お金を手っ取り早く稼ぐには……やっぱり美しさが必要?

じゃあ、美しさってどんな感じ?

美しさについて考えるとき、いつも思い出すのは芸能人やモデルやアイドルの顔だ。
人前に出してもいいと認められた顔。それがメディアに出せる顔であり、一つの基準だ。

顔が小さくて、目が大きくて、主張しすぎない鼻、ぽってりした唇に、目に近い眉、バランスよく配置されたパーツ。
シワもたるみもなく、若く見えて、肌は全身つやつやで毛穴がなくて、毛もない。
ついでにおっぱいが大きくて、でも全身は細くて、且つ適度に肉があって、しかもそれは筋肉。どんなに無茶をしていても手術しまくりでも何もしていないように見せて、何年経っても若くあり続けて、健康と潔白を信じさせて……。

そこまで考えてげんなりした。無理だろ。私には無理。
美や欲望には矛盾が多すぎるのだ。

食べろ、でも太るな、痩せすぎるな、やっぱり痩せろ。金を稼げ、でも清貧大好き。長生きしろ、でも老いるな。産め、でも子育ての時間と金は自分でどうにかしろ。あんなやつ殺せ、でも全ての命は大切だ、でもやっぱりあんなやつは死ね。

私たちは日々、たくさんの矛盾した欲望を受け取り続ける。全方位を圧迫されている。

今回ご紹介する本、唯川恵『テティスの逆鱗』に登場するのは、この矛盾を全て受け止めて実行するため、「美しさ」という武器を手にした女たちだ。

 

■業の深さ、欲深さ、執着

『テティスの逆鱗』は、一言で言えば、美容整形で人生が狂いまくりの女の話だ。
芸歴は長いが実力がない女優、セックスレスの主婦、社長令嬢の整形モンスター、田舎で辛酸舐めまくった元ドブスで現・整形美人のキャバ嬢などが出てくる。彼女たちは全員同じ美容クリニックに通っている。

彼女たちは皮膚一枚で戦う。美をめぐる戦場に、自らを兵器に変えて一人で立つ。
目的は、敵の「上」に立つこと。そして、自分以外は全て敵。この世の全てが敵だ。

彼女たちの美しさを作り出し、支えるのは、美容クリニックの医師だ。
言われるがままに兵器を作っては戦場に送り続ける役だ。
そのことが巡り巡って、この医師を苦しめることになるのだが、この過程を是非読んでほしい。面白いから。あんな凄惨な因果はなかなかない。内臓を抉るようなパンチ力がある。

『テティスの逆鱗』には「業が深い」「欲深い」、そして「執着」という言葉の意味が、これでもかと詰め込まれている。

 

■人間は「やりかねない」生き物

『テティスの逆鱗』の整形女たちは、自分の美のために、まだ生きている人の体からいろいろなものを奪おうとする。

例えば、登場人物の一人である「條子」のエピソードに象徴的だ。
ある時條子は、”若い女の内臓を食べると若返る”という噂を耳にする。
すると、余っている人体(!)を切望するようになるのだ。もちろん、食べて若返るために。

こういうヤバい人が、あと3人くらい出てくる。
嘘だろ勘弁してくれ、と思うけれど、人間は「やりかねない」。だから人間は怖い。

それで結局、巡り巡って”テティス(ギリシャ神話の女神)の逆鱗”に触れちゃって大変なことになります!というストーリーなのだが、私は正直「テティス、なんでそんなことで怒るの」と思った。
人間なんだからそれぐらいやるよ。人間って結構ひどいよ。人間を信頼しすぎだよ、テティス。

 

■ねえねえ!見た目がいい方が収入が高くなるんだってサ!!!

「人間は結構ひどい」の例だ。
「見た目がいい人は、見た目が悪い人よりも収入が高い」という話をご存知だろうか(参考:http://toyokeizai.net/articles/-/71033)。

これを知った時、私は

「じゃあもう、圧倒的に、見た目がいい方が得じゃん。しかも、見た目がいいと収入が高くなるんだから、見た目がいい人がどんどん見た目にお金使えるわけだ。そしてもっと見た目が良くなる。更にお金がもらえるんだ。暮らしが楽になるんだ。いいことしかないじゃん。あー今すぐ美少女になるか整形してえなチクショー」

と思った。

「美人にも美人なりの苦労はある!」っていう声は度々上がる。実際そうなんだろう。でも、ブスに生まれるよりはよっぽどマシなのではないか。
もし「そんなことない」っていうなら、そこの美人、私と顔入れ替えてみる?嫌でしょ。
それが全てだ。

たとえ業が深くても、整形がヤバくっても、彼女らが美人であることに変わりはない。
美という圧倒的な正しさの前には、ギリシャの神の怒りなんてどうでもいい。
この国の宗教は資本主義だから仕方ない。

 

■黙れテティス!お前にブスが救えるか!

テティス、わかったよ。美に取り憑かれるのはヤバイってのはわかった。
美しさを巡る戦い、本当に醜いし嫌だよね。人間どもに向かって「お前たちがすべてを台無しにした」って言ってキレたらしいね。ギリシャ神話で読んだよ。

でも、こっちだって「美しさ」という基準で人生台無しになってんだよ!ウワーン!!

見た目が美しくないと、しなくてもいい苦労をすることがある。これは私の実感だ。
本当に、この皮一枚にはたくさんのジャッジが下ってしまう。そして呪われてしまう。頼んでもいないのに。

例えば、「ブス」。呪いの言葉だ。
他にも、目がどうとか、鼻がどうとか、肌がどうとか、ホクロがどうとか、唇がどうとか、化粧が濃いとか。全部呪いの言葉だ。

悪いのは呪いをかけた奴なのに、例えそいつを殺しても自分の顔が呪われたことに変わりはない。
最終的に「私が可愛くないのが悪いんだ」「こんな顔に生まれたくなかった」にたどり着いてしまう。
容姿のことを言われてトラウマを抱え、心を病む人もいる。

そうやって、見た目に振り回されて人生が終わる。だったらいっそ、整形してでも美しくなりたいじゃないか。

「整形しなくてもいいよ」「見た目が一番じゃないよ」「ブスでも愛嬌あればOK」とか言う奴。あと、テティス。教えて欲しい。

お前にブスが救えるか。救おうとしたことあるのかよ。
ていうか、どうやったら救われるんだ。そこんとこどうなんだ。どうなんだよ(ブスは救わなくていいっしょwという声が聞こえたので爆発した)!

 

■私たちは美しくなれるのか

さて、私たちは美しくなれるのか。

答えは「なれる」。実際、美しくなった人はたくさんいる。

ただ、美しくなれても、満たされるかどうかは別の問題のようだ。
『テティスの逆鱗』に登場する整形女たちは、なかなか満たされない。だから整形を繰り返す。美しいこと、そして求められることへの執着が人並みはずれているのだ。
それはそれで清々しいあり方だとは思うけれど、大変そうだ。

それでも、私はきっと、宝くじで一億円当たったら即座に全身整形に踏み切るだろう。
そうしたら綺麗になって収入上がってQOLも爆上げで、めっちゃ楽しい人生歩んだるからな!!待ってろ一億円!!!

……こんな時、ふと考えてしまうのだ。

宝くじで一億円当たるのと、もともと美しく生まれるのだったら、どちらが簡単なのだろう。
仮に、宝くじで一億円当たらなくても、頑張って自力で1億円稼ぐことができたとしよう。
一億円を稼ぐのと、もともと美しく生まれるのだったら、どちらが簡単なのだろう。

もともと美しく生まれていたら、整形なんて考えることもない。
もともと美しく生まれていたら、一億円なんて稼ぐ必要はない。
もともと美しく生まれていたら、美しくない人より収入が高い。
もともと美しく生まれていたら、呪いの言葉をかけられることも苦しむこともない。
もともと美しく生まれていたら、……

虚無が襲いかかってきて、私は考えるのをやめた。

というわけで、整形狂いが力強く生きてく小説『テティスの逆鱗』、オススメで〜す!!!

 


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会社員時代の自殺が未遂に終わり、いろんな意味で「サービスで生きてる」無職。生きてる以上、楽にやっていきたい。少しでも死にたい人のお役に立てればと思います。

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