フリースクールに通って感じた、「個性尊重」教育の矛盾


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皆さんこんにちは!
もうすぐ華のJK、ライターの「lemon」です。

先日、私が不登校になった経緯と、フリースクールに転校した経緯についての記事を掲載させて頂きました。今回は、フリースクールへ通い始めて4ヶ月ほどになる私が、通い慣れて気づいたことなどをお伝えしたいと思います。

 

■「普通」の意味は環境によって変わる

何かしらの理由で在籍校に通えなくなってしまった、悪く言うと「普通ではない子たち」が集まったフリースクール。

「普通ではない」と聞くと、一見変な子なんじゃないの?と思ってしまいがちですが、全然そんなことはありません。彼らもまた、いわゆる「普通の子たち」なのです。ちょっと人と関わるのが苦手なだけで。

変な子どころか、人の痛みが分かるから他の子たちと比べてずっとずっと優しいし、男女関係なく仲良くしてくれます。

それぞれ体調などの関係で、クラスには私を除いた女子はほとんど登校出来ておらず、私は日々10人近くの男の子たちと生活しています。いわゆる逆ハーレムってやつですねw

最初は「うわ〜男しか居ないじゃん、またぼっちかな…」と思っていたのですが、そんなことはありませんでした。みんなたくさん話しかけてくれますし、>

読書好きで雑学王の子。頭の回転がめちゃくちゃ早くて話が面白い子。いつもニコニコしている子。天然ボケで和ませる子。鉄道に詳しい子。

他にもたくさん、個性豊かな、人一倍優しくて良い子たちが居ます。

 

■「個性尊重」は本当に個性を尊重しているのか?

先ほど述べた通り、フリースクールには個性豊かな子たちがたくさん居るのはもうお分り頂けたと思います。

さて、ここからが本題です。

きっと彼らの個性は、通常の学校では「異端者」になるんだと思います。
彼らの個性は、少人数のフリースクールだからこそ良い方向へ発揮されたのであって、大人数で同調圧力の強い通常の学校ではおそらく踏み潰されてしまうでしょう。

みんなと馴染めなかった、他と違った。「他と違う」から、いじめや仲間外れに遭った。
だけど、私から見れば「他と違う」部分は、みんなの個性でした。どこにもおかしいところはなかったんです。

ここで、今の日本の教育の場である学校が掲げている目標を確認してみましょうか。
最近、色々な学校のパンフレットを見る機会があったのですが、だいたいどこの学校も「個性尊重」を謳っているように思えます。実際に私が通っていた学校も、似たような目標を掲げていました。…おかしいとは思いませんか?

個性尊重を目標にしているのに、むしろ個性を踏み潰し、足並み揃えて整列とはどういうことでしょう。
これじゃ個性尊重というより、私にはまるで社会にとって都合の良いロボットを作っているようにしか見えません。

もっと正確に言うと、「大人にとって都合の良い個性だけ尊重し、都合が悪い個性は矯正させる教育」ですね。

学校は集団行動をしていく上で必要な社会性を身につける場でもありますが、私は無理に学校へ通わなくても良いと思うんです。それこそフリースクールとか、今の時代なんでもあるんですし。

不登校児が問題視される現代、大人たちはどうにかして学校へ復帰させようとしますよね。だけど、それがそもそも根本的に間違っているんじゃないかな、と私は思うのです。

 

■命より大切なものはない

話はちょっと変わりますが、まだ私が在籍校に通っていた時代、私には死ぬか卒業するか転校するかの選択肢しかありませんでした。

だけど転校するには金銭的にも負担がありますし、何より人と関わるのが苦手なのにまた1から人間関係を築くのか、と考えると、転校は却下です。そんなわけで、私の死と卒業、どちらが先かな?な日々。フリースクールなんて存在は知りませんでした。

私は中1の時にいじめやら学校関係のことが原因で一度自殺未遂をしているのですが、その際担任に呼び出されまして。その時にフリースクールのことを教えてくれていたら、私はその後も在籍校に通い続け、2年半という月日を無駄にすることも無かったでしょう。

担任としては、自分のクラスから不登校児やいじめなんて出したくないんですよね。そりゃそうです、評判ガタ落ちですから。ですが、自分の評判と生徒の命、どちらが大切ですか?答えはひとつ、生徒の命です。当たり前です。

担任は私を呼び出した際、こう言いました。「なんでもっと早く相談しなかったんだ?」と。

しかし、考えてみて下さい。
信頼出来ない人間に、思春期の悩みを抱える子供が相談なんてするでしょうか?相談出来ていたらとっくにしていましたし、というか担任は絶対いじめに気づいていました。気づいていたにも関わらず、見て見ぬ振りです。私はそれを知っていたので、相談しなかったんです。どの口が言うか、と思いました。

あの時もし自殺が未遂に終わっていなかったら、はたまたフリースクールという存在を知らないまま学校へ通い続け、二度目の自殺が成功していたら、教師は、学校は、どう責任を取るつもりなのでしょう。こんなの、謝って済む問題じゃありません。

もっと早い段階で、それこそ1年の自殺未遂で呼び出された時点でフリースクールという存在を知っていたら、私は何も食べられなくなって3kgほど痩せることも、ベッドから起き上がれなくなることもなかったはずです。近所を歩く度にビクビクと周囲の人間に警戒することもなかったはずなんです。

傷が浅いうちにどうにかすべきだった問題を、教師たちの「学校へ通ってほしい」「自分のクラスから不登校児を出したくない」というワガママで先延ばしにし、結局精神崩壊寸前まで追い込んでから渋々解決。

そんなに「みんなと一緒」「学校へ通う」ということは、人ひとりの命より大事なことなんでしょうか?

まずは「学校に通わなきゃいけない」という考えを、捨てることから始めませんか?フリースクール、家庭教師、塾、なんだってあるんです。
学校が合う子も居れば、そっちの方が合う子だって居ます。死んでからじゃ何もかも遅いんです。

大人たちが口々に言う「なぜ相談しないのか」という問いにお答えしましょう。答えは簡単、相談しにくい、したくないからです。

ならば、先に親や教師である大人から話しかけてください。

「学校なんて行かなくていいんだよ」

その一言で、どれだけ救われるでしょうか。実際私はそうでした。母親に「学校、行かなくて良いんだよ。」そう言われて、本気で救われたのです。

 

■まとめ

子供は1人じゃ何も出来ません。

よく子供のことを見て、SOSに気づいてあげて下さい。先入観や固定観念に囚われないで下さい。
悲鳴をあげる子供たちを助けてあげられるのは、大人である貴方たちしか居ないのですから。

いかがでしたでしょうか?
多様化する現代だからこそ、いじめも悩みも幅広くなり、同時に解決法も幅広くなっていきます。

ご自分の大事な息子、娘、教え子が、誰にも打ち明けられず、その小さな身体で全てを背負い、自ら命を絶ってしまう前に。
どんなに後悔しても謝っても、死んでしまったらそれらは無意味です。
大人たちのエゴで、子供たちを殺さないで下さい。

 

今回はそんな、もうすぐJKになる思春期真っ只中の私、lemonがお届けしました!
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先日(1月21日)15歳になりました、ということも、そっと宣伝しておきますw

それでは、また次回お会いしましょう!

lemon

 

【関連記事】

・私が選んだ「学校に行かない」という選択肢
・不登校になったから学校を変えてみた


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Twitterやpixivで創作キャラを中心に下手くそなアナログイラストを描いてます。 元メンヘラな発達障害(ADHD)です。来年JKです。

1 件のコメント

  1. ゆきもと 返信

    とても大きなつらさを乗り越えられて、自分らしく生きる道に進まれているのが、とても勉強になりました。私は小中高12年間、家にも居場所がないままひとりで苛められたり陰口叩かれながら学校に通ってました/(^o^)\未だに酷いフラッシュバックを抑える薬を飲んでいるからこそ、フリースクールすごくいいなぁ、行きたかったなあ〜とか思っちゃいました/(^o^)\今も苦しんでるであろう子どもたちのためにも、大人がもっと、子どもにちゃんと選択肢を見せて寄り添ってあげられる世の中になればなぁ〜ヾ(:3ノシヾ)ノシ
    私もそんな大人にいつかはヽ(*´∀`)ノ

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