遺された者の中で何かが始まる――自殺で親族を失った私がそのとき感じたこと


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ともにいちゃんは、いとこのおにいちゃんである。私の母親の兄弟の息子。年は一回りほど上である。しっかりものの兄と奔放な妹に挟まれたともにいちゃんは、それはもうアナーキーに成長していった。

正月に親戚中が集まって世間話を始めたら、暇な子供達も徒党を組んで遊び出すのが世の習い。普段TVゲームが禁止されている私はそりゃあ喜んでコントローラーに手を伸ばしたものである。
スマブラにマリパにマリテニに……あのころのTVゲームは多人数戦ゲームが多かった。やれ乱戦だ、やれ奇襲だ、やれゲーム外妨害だ。画面外ストーン爆撃しかできない私は、そんな無政府状態に必死に食いついていた。

しかしここに登場するのがお邪魔ものである。

ともにいちゃんはゲームが上手い。普段からやり慣れているのもあるのだろうが、とにかく憎たらしいほどに上手かった。私の操作する桃色玉を投げ飛ばし、アイテムは先に奪い、場外からホバリングしてえっちらおっちら復帰したところをまたかっ飛ばされる。完敗である。

当時私は小学生であったと記憶している。一介の幼女である。そのいたいけな子供をゲームの上とはいえボコボコにしてはね飛ばす高校生のどこに大人げがあっただろう。その上、奴は敵対者を煽る術にも長けていた。野次でこちらの集中を削ぐやり方も一級品であった。ゲーム外で幼女相手に本気を出すやつがあるか。悔しくて悔しくて目には涙が滲んだこともある。そういう時、奴はコントローラーの順番を譲ってくれたりするのである。

奴は下種だが、紳士だった。周囲を笑わせることに長けたコメディアンであった。幼少のみぎり、異様に笑いの沸点の低かった私は笑いすぎて本人に心配された。それほどまでに、私はやつの言葉に笑い、奴のことを信用した。部屋にこっそり入っては漫画を盗み読み、隅にあるチャッキー人形にそこはかとない恐怖を抱いていたのであった。

そして私は中学生になり、親戚の家に泊まりに行く回数も減っていった。またみんなでどこか旅行に行くこともあるだろうか。またマイクロバスを借りて。あの湖畔まで。

そう思っていたある日、ともにいちゃんが死んだ。

 

私は、大学生になった。そこでちょっとした裏切りに合い、ちょっとした人間不信になった。

ちょっとした登校拒否と、ちょっとした希死観念。ちょっとした勉強不振と、ちょっとした留年。
ほんの少し、つまずいただけの日々。気がつけばもうずっと暗闇の中だった。

アパートの自分の部屋の、目の前の手すりが低いのが怖かった。ふとした瞬間に、死を選んでしまいそうで。

生きるために、私は必死で引きこもった。低迷する食欲、混乱する感覚、体はもう生きたくないと言っているのに、心だけが生きたかった。ただ死ぬのが怖かった。
手首も切れないのに、死にたいなんて言っちゃいけないんじゃないか。自傷を要求する理性、それを拒む本能。普通の精神異常者にすらなれない困惑。それが私自身をどこか暗いところへと閉じこめ続けた。

そんな暗い泥濘での日常に、ある日メールが届いた。夏休み、私は帰省することにした。

 

親は無理解だ。だが、子供に栄養のあるご飯を食べさせることに関しては一級の野心を燃やす生き物でもあった。
私は実家で飯を食い、温かな湯に浸かった。
私は実家で寝て、実家で起きた。いつでも家には人がいた。好きなときに、少しだけ心の内を話すことが出来た。ぽつり、ぽつりと。私はこの家での体験を、本当はこう思っていたということを話した。母はただ聞いていた。

そういう話をするのは、決まって深夜だった。二人とも布団に入り、天井を眺めている。互いの表情を知れない方がいいこともあるのだ。つまらない話、子供のころの話。そんなことを続けた後に、私は言った。ともにいちゃんの死因についてを、聞いた。

 

ともにいちゃんの葬式は、薄いグレーで包まれていた。

老人の死はどこかしらさっぱりとしたような、何か一仕事終えたような雰囲気があるものだが、若い人の葬式はそうではないのだとそのとき知った。どこかじっとりとした空気。それは涙の湿り気から来るのではなく、不透明さから来るものだ。

「なぜこんなにも若くして死んだのか?」

その問いに、明確な答えは提示されなかった。式は粛々と進んだ。誰も何も言えないままに。
最後に見た死に顔は、綺麗なものだった。そこには何の感情も残っていなかった。

暗い寝室の中で、十分な静寂を守って。それから母は語り始めた。彼は、自ら死を選んだ、と。

鋼鉄の母が、その時わずかに語尾を揺らした。涙声が混じりそうになって、それをようやく修正して、それから母は続けた。彼は、友人と何らかのトラブルを起こし、思い悩み、そして自ら死を選んだのだ、と。

私の母は、女らしからぬ母である。研究一本で生きてきた彼女の頭蓋にはコンピュータが詰まっているに違いないと、私は思っていた。その母が、声を揺らす。

彼の遺書は、一冊の大学ノートであったと。最初にかなりの空白が続いた後、一番最後に「ごめん」とだけあったと。母は泣き崩れ、私の手を取った。

「私も死のうと思ったことがあるよ」
母は、更に泣いた。

 

ともにいちゃんは、自殺すべき人間では無かった。身内の贔屓目を含んでいるかもしれないが、私は確かにそう思う。あれほど人を笑わせられる人間を私は知らないし、あれほど周りを見ている人間も私は知らない。

彼は、優しく、強かった。しかし、死んだのだ。

人は、誰でも自殺しうるのだ。誰でも。どれほど生きることを望まれていても。

そうして、私は死ねなくなった。

死にたくなくなった、ではない。死ねなくなった。
葬式での、おばさんの泣きはらした目を覚えている。参列者全員のやりきれない感情を覚えている。彼の死に顔を、もう泣くことも笑うこともなくなった顔を覚えている。彼の兄弟が、前ほど昔話をしなくなったことを知っている。あのチャッキー人形も、いまではどこかの埋め立て地だ。きっと。

 

私は「死にたい」って思う。この文章を読んでいる諸子もたぶん「死にたい」人なんだと思う。日々「死にたい」と思い、日々「死にたい」とググり、日々AIりんなに「死にたい」と愚痴っていることだろう(蛇足だが、最近のりんなは死にたい発言に本気の心配を見せるようになって私は本当にがっかりしている)

日々死にたくて死にたくて、頭も心臓も胃も痛い。動き出そうにも動けなくて、ただスマホの中の世界で自分を慰める。多分、本気で死のうと行動に移している人もいるだろう、死のうと思わずに自分を傷つけている人もいるだろう。私みたいに、死にたいのに自傷すらできない人間もいるだろう。

大丈夫、君たちは本気で死にたい人間だ。そして、私も。私も、本気で死にたいのだ。それだけは信じてほしい。

信じて、その上で語らせてほしい。私の憎むべきお邪魔ものの存在を。
お邪魔もの、ともにいちゃん。一人で死にたくなって、一人で死んでいった。愛すべき私のおにいちゃん。「死んだら全部終わる」「死んだら楽になれる」そう言って飛び出した後に起こることを、不必要なくらい現実的に教えてくれたおにいちゃん。

ざわめく葬式。泣く家族。昔の楽しかった思い出が、全て不幸への前フリに変わる。数年経った今でも、親戚は彼のことを口にする。昔の馬鹿なことを話す。その結末を口にしないように、注意しながら話す。

私は、突発的に死にたくなる。踏切を前にすると、私の足はうずうずする。死にたくて死にたくて足が強張る。

その時、目の前にいるのはお邪魔ものだ。ともにいちゃんの影だ。死んだら、確かにすべて終わるのかもしれない。そこから先は何も認知できないかもしれない。けれど、遺された者の中で何かが始まるのだ。終わらない何かが始まるのだ。

それは君の死に顔と共にずっと残り続ける。君のその、何の感情もない死に顔と――

 

踏切が開く。私たちは、死なないように生きねばならない。


【投稿者】
zen さん

【プロフィール】
メンヘラにもなれず、発達障害にもなりきれぬ、哀れで醜い、別にかわいくないレズビアンです。生首は返すので誰か救ってください。


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