二回目の高校一年生を決意して気付いた「逃げるタイミング」の重要性




初めまして、イカ天と言います。
中学時代に遭ったいじめと家庭環境の悪化が原因でメンヘラになり、不登校になり、周りの大人に勧められるまま惰性で通信制の高校に入学して、もうすぐ1年になります。

一応は高校生と言う肩書もあり、無職にならずに済んでいます。しかしこの1年間、振り返ってみれば私は、全くと言って良いほど勉強をしませんでした。

通信制高校はとても自由度が高く、様々な年代の生徒がいます。校則も、殆どありません。私の場合、主治医に診断書を書いて貰い提出すれば、スクーリングにもほぼ出なくて良いという許可まで出ました。
外の世界が怖くて仕方なかった当時の私にとって、これ以上に嬉しい事はありませんでした。というよりこの時の私は、逃げる事しか考えていませんでした。

中学1年生の時いじめに遭った私は、それを大人に打ち明けずただ黙って耐えました。勉強はそれなりに出来たので、進学の事を考えると休むという選択肢はありません。心が辛くても、丈夫な身体は風邪すら引きませんでした。努力の甲斐があり、皆勤賞を貰いました。

中学2年生になっても、いじめられる事に変わりはありませんでした。この年に父と母が離婚し、経済的にも不安が大きくなりました。日常的に自傷行為をするようになりましたが、それでも皆勤賞でした。

中学3年生になり、いじめられる事はほぼ無くなりました。しかし、もう既に心はボロボロになっていました。私は、やっと母に、いじめられていた事を話しました。もう遅すぎました。

精神の不調はようやく身体にも現れ始め、小学生の頃から通っていた進学塾も辞めることとなりました。成績は下がり、ますます自己嫌悪に陥りました。

中学時代最後の体育祭が終わった頃、とうとう私は学校へも行けなくなりました。この頃から、どこに居ても不安や緊張が消えず落ち着かなくなり、精神科に通院するようになりました。不登校児の誕生です。

しばらくして、この先どこに進学するかという話になりました。前述のように、とにかく休みたかった私は、担任が提案した通信制高校進学を嬉々として受け入れました。

通信制高校には、大切な時間を自由に使えるという大きな利点があります。通信制高校に通っていても、個人の努力次第では大学への進学も不可能ではありませんし、中には、有名な国公立大学に合格した卒業生も居ます。スポーツなど、勉強以外の何かに打ち込みたいという動機で入学する生徒も居ました。

しかし、私には向いていなかったのです。

入学した私は、不登校時代と殆ど何も変わらない生活を送りました。レポート提出期間だけは、教科書を丸写しする作業に打ち込みましたが、それ以外にはごくたまに登校し、後は眠りたいだけ眠っていました。

6月頃、私は突如、もうすぐお金が無くなるのではないかという謎の焦燥感に襲われるようになりました。1日中ずっと「こうして自分が無駄な日々を過ごしているうちに、お金が無くなり路頭に迷うのではないか…」と頭の中で悶々と考えていました。生きている事が申し訳なくて、どうすれば良いのか分からなくなりました。

その焦りを断ち切りたくて、私はアルバイトを始めました。今考えると、これはとても無謀な行動だったのだと感じます。

アルバイトと言えば接客業。大手コンビニなら大企業だし、皆やっているから私も出来るのではないか。そんな風に適当に考え、晴れてコンビニ店員になりました。しかし、そんなに社会は甘くありませんでした。

私は、備品のボールペンを必ず1日1本は無くし、グラタンをチンすればやけどし、毎日遅刻し、割り箸は入れ忘れ、客にも上司にも舌打ちされる、落ちこぼれでした。毎日叱られ、その度に自分の見通しの甘さを痛感しました。

つらい。でもこれはお金を貰うための仕事で、学校のように気軽には休めない。でももう叱られたくない。

逃げ場が無くなった私は、自殺を試みました。見通しが甘いので、これも失敗しました。結局ドクターストップがかかりアルバイトは辞めることが出来ましたが、自分は何一つきちんと出来ないのかと深く落ち込みました。この件がきっかけで発達障害がある事が発覚し、放課後デイサービスに通うようになりました。

そこでのカウンセリングの効果もあり、アルバイト失敗によるうつ状態から少し回復してきた頃、母から、今からでも全日制の高校に通い直さないかと提案されました。悩んだ末、私は再受験することを決めました。アルバイトの時と同じ失敗をしないよう、主治医の先生とも、中学時代の先生とも良く話し合い、無理のないレベルの学校を受けることになりました。

通信制高校の単位は全日制の高校では認められないので、また1年生をやり直す事になります。しかし、1年間を無駄に過ごしてしまった私にとって、これはむしろ良い機会だと思いました。

現在の私は、何とか日中起きる練習をしながら、受験勉強に励んでいます。1年使っていなかった脳みそは、信じられないほど働かなくなっていました。

さて、現在の私が中学時代からこの1年までを振り返ってみて感じた一番の問題点は、もっと早くに逃げ出していれば、誰かに助けてと言えていれば、何か別の道もあったのでは無いか、ということです。逃げるタイミングを間違えた結果、再起するタイミングが分からなくなり、そのままズルズルと消極的に逃げ続けるようになってしまう事もあると思います。

もちろん、過ぎたことをネチネチ考えても何が変わるわけでもありませんが、この経験を文章にする事で、過去の私と同じような状況にいる方にとって少しでも参考になれば、これ以上嬉しい事は無いと思い、ここに投稿させていただきました。最後まで読んで下さり、ありがとうございます。


【投稿者】
イカ天 さん

【プロフィール】
16歳のメンヘラ 通院・服薬しながら人生2度目の高校受験に向けて勉強中
Twitter:https://twitter.com/ikaten263


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