【書評】自閉症スペクトラム 生き方ガイド ~自己権利擁護と「障害表明」のすすめ~(スティーブン・ショア)


02749134_1


こんにちはくものです。普段は自分のブログで読書感想文を書いてたりしてるんですが、今回この本を読んで「これはこちらに公開したほうが良さそうだ」と思いこの記事を投稿しました。

問題は「メンヘラ文庫」と言っていいのかどうか…というところでしたが、でも自閉症スペクトラムにとって役立つ記事になると思いますし、文学で書いてらしゃった方もいたし、大丈夫でしょう(適当)

※この本かなり密度があり、個人的に気になった箇所、かいつまんだ感想となります。

【この本の特徴】

この本の一番の特徴はやはり「執筆者、編集者、表紙まですべて自閉症スペクトラムが制作した」というところにあります。
つまり、史上初の(と本に書いてあった)「自閉症スペクトラムの自閉症スペクトラムによる自閉症スペクトラムのための本」ということになり……って、もうこれだけで読んでみようかなってなりませんか。

もう一つ特徴を挙げるなら「主にライフハックが書かれてあるところ」でしょう。もう僕らが自閉症スペクトラムなのは「当然」の話であり、「ならどうするか」というところを自己権利擁護と障害表明という2つのキーワードを使って説明がされています。

別に批判してるわけではないのですが、世間一般の自閉症スペクトラムの本は「自閉症スペクトラムの特徴」、あるいは症状を持つ子供の教育方法(それはとても重要な事ですが)ばかりが本の大部分を占めて「いやそれは知ってんだ……、もう成人してる僕らはどうすればいいんだ……」みたいな宙ぶらりんな読後感があったりするんですよね……。いやそもそも読者層が違うって言われればそうなんですけど。

 

【自己権利擁護とは】

まずタイトルにもある自己権利擁護について。
障害表明はなんとなく想像ができても、この本を読むまで知らなかった「自己権利擁護」こそ、自閉症スペクトラムならほぼ習得すべき大切なスキルのようでした。この本でも頻繁に登場します。

この自己権利擁護を一言で説明するなら「自ら相手に欲求を伝える能力」といったところでしょうか。

例えば自習室で扇風機の音がうるさくて勉強に集中できない時、ホワイトボードに反射する光が眩しすぎる時、同性のスキンシップが想像以上に嫌な時、そんなふとある苦手なこと(基本避けていると思いますけど)にぶつかった時はどう「相手に伝えるべきか」それがこの本に書かれてありました。

その教えられるもの、それは専門的なものではなくどちらかと言えば「自己流」ライフハックみたいなもので、おもしろいことに、この本に登場する6人の自閉症スペクトラムはそれぞれがそれぞれの方法で教えてくれます。それぞれ独自の方法なので、実際に役立つ役立たないは読んでいる本人次第になるのですけど、それでも「他の自閉症スペクトラムがどのように考え行動しているのか」を知ることができるのはとても興味深い話ですよね。

 

【第1章 自己権利擁護と「障害表明」を通じてコミュニケーションを図る】

◯誰にどこまで話すのか

自分が自閉症スペクトラムだと言うタイミングは難しく、下手に言うと面倒なことになってしまうことがあります。

ここを書いている方はそれに気がついていて「誰にどのぐらい話すのか」という基準を持ち、さらには度合い(どこまで明かすのか)を考えているようでした。その考えをほんの少し紹介するなら、

私は、自閉症のことを一部話すか全部話すかの状況を判断する際には、まず、それが利益をもたらすのか、あるいは損害をもたらすのかということを考える。私はよく物ごとを自分の性格や内省や自分がもっている身体上の要求などを使って説明する。(後略)

引用:自閉症スペクトラム 生き方ガイド 自己権利擁護と「障害表明」のすすめ

ここを書いている方が考えて作られたワークシートも本に載っています。さすがに文章ではうまく書けないのですが、すこし説明するなら「自分の危険度(どれ位自分の生活を脅かしてくるかのレベル)」やら「話した場合の結果」「話さなかった場合の結果」「保留という選択」「助けを求める」など色々項目があって、それぞれ詳細に「そうした場合どうなるのか」を詳細に記入していくとあります。すべて記入してから最後に客観的みて「こうしよう」という決断をした方がいい、ということですね。

でもこの条件たちを詳しく書くためには、まぁまぁの内省が必要になると思います。自分が普段なにを求めているのか、なにをされるの嫌なのか、そういったものを問いかけ明確にするのですからね。その内省の方法につきましてはこの章で書かれてある瞑想など……いわば「自分で自分を見つめ直す」ことが基本になるでしょう。

個人的に興味深かったのは「話さない」という選択があるというところですね。

僕の場合、自閉症スペクトラムだと気がついたのは結構あとのことで、結果的に話さなかったといえるわけなのですが、この「自分は自閉症スペクトラムだ」という発言そのものを例えば誰かに認められた後に話したならば一つの「話題」ができるわけですよね。この章を書かれている方は「それで関係が良くなることもあれば悪くなることもある(意訳)」など言うように、発言には特に注意しなければならないとはいえ、どうせなら効果的に使っていきたいものです。

 

【第2章 援助と自助:自己権利擁護についての教え方と学び方】

◯自己権利擁護を学ぶ過程

ここの自己権利擁護を会得するまでの過程は自閉症スペクトラムはもちろん、自閉症スペクトラムに近い場所にいる援助者も必見の章でした。
はじめはなにもわからないところから、やがては自分で「これはこうしてほしい」と言えるだけのコミュニケーション能力、すなわち自己権利擁護を手に入れる過程が書かれてあるのですからね。

どうせですし、ここにその段階と短い説明を書いておきます(もちろん実際に読んで理解してもらったほうが確実です)。

第1段階:計画と手本

手取り足取り自己権利擁護をしてゆく感じでしょうか。近くに援助者がいて、援助者がリードしながら「なぜ不快なのか」「どうしたいのか」「ならどうするべきなのか」「自己権利擁護して拒否された場合は(ダメな場合は)どうするのか」などいろいろなストーリーを共に考える段階です。

注目すべきは、自閉症者が発言して事を進めているところです。たしかに大体のリード(提案するにおいて先回りして説明したりするの)は援助者がしていても、決定権(話を進めている感)は自閉症者が持っているように事を進めるといいそうです。

そして自己権利擁護する時(お願いをするとき)は基本援助者が問題点や要望など話してあげて、おそらく相手から来るであろう質問({ほんとうにキミはそう思ってるの?」など)は自閉症者が答えるようにします。ただその質問すらも「冷静に答える」というのが大切で、パニックにならないよう前もって練習をしておきます。ここで建設的なクレーム(自己権利擁護)の手本を抑えるのです。

第2段階:仲介と自信の構築

この段階も主に上と変わりませんが、違うのは「自己権利擁護するのは自閉症者」だという部分になります。自閉症者がなにをどうしたいのか、それを相手に自分の口で言うのです。

そのため援助者は、自閉症者が穏便に自己権利擁護ができるよう練習に付き合います。何度も練習をして、援助者は相手が言いそうな質問を自閉症者にぶつけたりして、実際にできるようになるまで準備をします。

そして自己権利擁護するとき援助者は自閉症者の近くで見守りながら自己権利擁護が終わるのを待ちます。うまくいくこともあれば、当然うまくいかないこともあります。うまく行かなそうな場合、パニックになる前にすかさず援助者は自閉症者を安心させ、代わりに言ってあげましょう。

成功したら成功でいいですし、失敗な失敗として反省しながら、終わったあと援助者は自閉症者の気持ちの整理をさせるのも大事です。

第3段階:パートナーを組むこと、手紙を書くこと

自閉症者が準備のリードをすることになります。ただまだ自閉症者のリードは不安なので、自己権利擁護する方法を確かめてもらう「確かめ」と「保険」が重要だったりします。

この段階で登場する手紙なんかは「書いた手紙を仲間などに見せて校正してもらう」などが「確かめ」にあたり、実際に自己権利擁護をしていたときに言葉に詰まったりした場合を考えて「助けて」のサインを考えておくなど「保険」も用意してました。もちろん自己権利擁護をする練習準備は積極的に共にします。

第4段階:精神的な支え

ここまでくると、ほとんど一人で行うことになります。第4段階で重要なのは「精神的な支え」で、それはつまり基本的に寄り添って見守るだけという意味でもあります。自己権利擁護最中は自閉症者の隣に援助者がいなくていいですし、部屋の外にいてもいいですし、あるいは車の中で待っていてもいいんです。要は自閉症者の心の支えになっていればいいんですからね。

もちろん準備や練習には付き合います。けれども初期のように支援者がリードしながらと考えるわけではなく、自閉症者が「手伝って」と言われたら手伝って、でもこちらから声をかけないぐらいに見守るゆるい手助けになります。

第5段階:リードを取る

基本前の段階と変わりませんが、ここまでくると精神的な支えも自分が持ち、援助者も自閉症者の気をあまりもちません。まず自閉症者が「手伝って」と言わない限り、自閉症者一人で準備、実行、評価の全て行うことになります。精神的な支えも乗り越えて、自閉症者がなにか言わない限り隣で多少気にかけるぐらいな、そんな援助になるでしょう。

この第5段階は次の第6段階に行った人も、難しい問題に直面した場合は第5段階に戻るように、いわばもうほぼゴールの状態だといえます。

第6段階:自立した自己権利擁護

一人で準備、実行、評価(反省)全部行うという発達した段階です。おめでとうございます。

ちなみに、ここまで「援助者」としきりに書いてきたももの、ここまで一人でトライアンドエラーを繰り返してこの段階まで成長した自閉症スペクトラムもいるので別に一人ではできないということはないと思います。ただ援助者がいたほうが自閉症者も気が楽かなとも思います。

◯段階すべてに共通している事柄

すべてに共通していることを作中の言葉で表すと「冷静なコミュニケーション」です。自閉症者が自己権利擁護するときはだいたい苦痛の、あるいはパニックになる直前だったりします。けれども冷静なコミニケーションをしないと成功するものも成功しません。逆に言えば、適切な態度をすれば成功確率は上がるそうです。なんとか誠実にいきたいものです。

次に「成功することもあれば、失敗することもある」、「妥協点を用意しておく」というのも重要のようでした。映画館に行って「音がうるさいから」という理由で音を小さくなんてできませんよね(他の人がいるわけですから)。でも頼んでみれば席ぐらいは決めることができるかもしれません。そういう相手のことを考えて歩み寄って、しかもそれが「完璧に要望通りではない」ということです。そして、きっぱりと断られることも頭に入れておけとのことです。

最後に自己権利擁護が終わった後は反省や今後の対策を考えましょう、ということです。ここでは「伝え方が悪かったんだな」とか「感情的になりすぎたな」とか「準備不足だったな」とか各自考えることになります。段階の初めあたりは、援助者とともに反省します。発達したら一人で行います。

この章の「態度の重要性」にて印象深かった文章があったので引用します。

自己権利擁護の才能は、自分自身と次の世代に与えることのできる最も大切な才能である。私たちのニーズをかなえるのを助ける人が周りに一人もいなくなる時がいつか来るだろう。私たちは自分のニーズについて一番知っている専門家であるが、それ故に、自分のことは自分で説明できなければならないし、それに関してどう動くか、その方法を明らかにできなければならない。

引用:自閉症スペクトラム 生き方ガイド 自己権利擁護と「障害表明」のすすめ

僕らが生きにくいのはしかないとして、「なぜ生きにくいか」などきっちりと表現しないと、相手もなにしていいのかわからないですよね。自閉症スペクトラムはそこが苦手なのだと言われたら「そうですね」しか言えませんけど、こちらから健常者へ欲求を伝える以上、この努力を怠ってはならないと僕も思いました。

 

【第3章 自己権利擁護と「障害表明」のためにIEPをどう使うか】

ここではIEPが話の中心になります。

IEPとは個人教育プログラムのことで、いわば本人、親、先生、心療内科の先生、教育委員会の人、などそういった人たちを集めて行う合同進路相談みたいなものです。そこでは本人の将来について話し合いが行われ、本人の性格やこれからのことなどそんな将来のことを、大学就職から生き方まで、人生の方針を考えるなどするらしいです。

さてこの章ではこのIEPを利用して「自己権利擁護」と「障害表明」をやってもらう練習をしてもらおう、という章です。将来のことを考えると、自分がどんな人間なのかという問いかけが始まり、「自分はこういう人間だ、だからこれ向いてなくて、これは向いている」など発言する(むしろ発言しないと合同進路相談は進みません)それは、まんま自己権利擁護ですからね。そういうのやっていこうというわけです。(ちなみにですが、IEP側する側の情報もちらほらありました。なので教育関係者が読んでも勉強になると思います)

◯自閉症スペクトラムでうまくやっている人の特徴

IEPとは離れてしまうのですが、この章に興味深いことが書かれてありました。

うまくやっている人のほとんどは、自分の得手や不得手をわかっている人たちである。そういう人たちは強い内的統制力(自分の運命は自分で決めれるという感覚)をもち、自分の人生における重大な決定をするときは、自分自身が決定に大きく関わらなくてはならないと考え、その結果、自己効力(自分がやりたいと思っていることの実現可能性に関する知識や考え)を増してゆくのである。バンデューラ(Bandura,1986)によると、高い自己効力感をもっている人びとは、認知的、社会的、行動的なスキルを、自分たちの環境にうまく対応するために生かすことができるという。これとは対照的に統制を外部に求めようとする人たちがおり、そういう人たちは、自分たちの運命が前もって仕組まれていて、他人の気まぐれで左右されると思いこんでいる。

引用:自閉症スペクトラム 生き方ガイド 自己権利擁護と「障害表明」のすすめ

長い引用になりましたが、そういうことです。

幸い僕はどちらかと言えば「うまくやっている人」の方に入ると思います。そんな僕が言えるのは、「たしかにそうだ」ということです。僕はいろいろ考えた上で引きこもりになっています。けれどもこの引きこもりになった数年間は、学校に行っていた数年間より遥かに密度が高く、学校にいるときより遥かに成長ができているのは確かだと思います。

思いますと書いているように、これは僕の実感ですから客観的に見たら単に堕落しているかもしれないってことを踏まえて書いてます。その少ない一人の実感を例に出しているわけですから、僕は万人に引きこもりを勧めているわけではありませんからね。

要はただ「結果的に引きこもりを選択した僕は同じことを思った」ってだけです。

個人的に「なにがしたいのか、どうなりたいのか」という話は内省から始まると考えているので、よくわからない人はまず自分は何者なのか考えてみたらどうでしょうか。(あまりネガティブじゃないときにな!)

 

【第4章 自分自身のケースマネージャーになる】

ここでは自分を操るのは自分だと言うふうに話が進んでいます。自分の専門家が自分で、自分の中の専門家を操るのも自分……と文章にするとごちゃごちゃしてくるのですが、まぁ「自分が信頼できる存在を自分の中で作ろう」的な話です。

これは個人的に思っていて、僕場合はケースマネージャーではなくロボットでした。

ガンダムとかそういったのとパイロットの関係、つまり僕の特性そのものはガンダムの機体で操作する人が中にいるみたいな……なんというんでしょうね、「たとえ機体の性能が偏っていてもパイロットの腕と知識さえあればうまく操縦できるよ」みたいなノリです。過集中虚脱なんてまんまトランザムシステムみたいなものですからね。ここぞ! ってとき、勝負のここぞ! に出そう的なことです。

機体は機械なので日々のメンテナンスが大事だったり、たまにむっちゃ操縦上手い人見つけて驚いたり、たまに暴走して操作不能になったり……まぁここらへん記事に関係ないのでここで終わります。

※ガンダムで例えましたが、僕はガンダム見たことないです。『エウレカセブン』と『天元突破グレンラガン』ぐらいしかロボアニメ見てないです(正直)。

さて、この章で気になったのは自閉症スペクトラムの正直さについてでした。

◯律儀さゆえの失敗

生真面目なほど自閉症スペクトラムは正直なところがあります。それは時として善意だろうが事態を悪化させることがありますよね。

(前略)しかし、このような良い面がある一方で、十分に注意を払わなければならないことが一つある。あなたの独特の律儀さは、たまに最良の手段とはならない。言い換えると、交渉の中でのある一定の時間や所定の段階においては、少なくなくとも最良の手段にはならないということである。後になって取り消せないことを、あなたはうっかり口に出してしまうかもしれない。あなたは「正しい」かもしれないが、「言ってしまうこと」は間違っているのである。(後略)

引用:自閉症スペクトラム 生き方ガイド 自己権利擁護と「障害表明」のすすめ

うっかり言っちゃいけないことを言ってしまった、なんて経験があると思います。僕もあります(上の※なんかそれのパターンで、書いていいのか悪いのか迷って書いてしまいました)。

こればかりはほんとに一語一句気をつけてないと失言してしまうような人であるために、僕としての対策は「基本良くないことは発言しない」などマイルールを決めていますが、それでもうっかり言っちゃうこともありますし、「うーん」ですよね……。

これも個人的な話になりますが、だから文章が好きだったりします。文章は(誤字脱字、問題発言などありますが)「止まって」いるんですよね。だからいくらでも修正ができる。「あれなかったことにしよう」が公開前なら好きなだけできる。それが個人的に文章がいいと思う理由の一つです。

一方で喋りとなると難しいです。たくさんの要点を踏まえて「それなー」ですからね。「それなー」を仮に言えたとしても、「それなー」の意味は変化していて言ったそばから相手が不快な思いになったり、なにげない「それなー」が不幸にも炎上案件になることもあるのですから。引用に書かれてあるように、正解は沈黙なのかもしれませんね。

 

【第5章 地域や支持者の相互関係を築く】

ここでは自閉症スペクトラムの今後、いわば今後の理想が書かれてあります。今までは「自分を省みて、他人に要求する」という個人の話をしていましたが、ここでは自閉症スペクトラムが全体が生きやすい社会にするための活動がつらつらと書かれてあります。

◯理想の社会

こんな熱いことが書かれてありました。

自閉症の自己権利擁護者として私たちがもっている基本方針の多くは、障害の病理的なモデルと社会的なモデルの間にある対比と同じようなことを中心にしてつくられる。そしてそれは、自閉症をもっぱら病理的なモデルを考えて立てられた目標から、障害の社会的なモデルを自閉症にも当てはめて立てられた目標に向けて、社会の注目、俗っぽい知識、情報源、そして財源を、移行していく必要があることを強く示している。つまり、治療や予防という目標から、自閉症の人びとの感覚的、社会的なニーズに対して便宜(配慮)を図るという目標、そして自閉症の感覚的、社会的嗜好や芸術的な繊細さ、そして認知の仕方は多様な社会の中では十分に妥当性があり、意味のあるものとして一層受容されるべきだという目標への移行である。

引用:自閉症スペクトラム 生き方ガイド 自己権利擁護と「障害表明」のすすめ

この章では聴覚障害者の社会とGLBT関係の奮闘が自閉症者全般にとってとても参考になると、話が続いているんですよ。

昔こそ聴覚障害者とは生活する上で色々不自由をしていたそうですが、手話や補聴器という画期的な装置など様々な文化を作ったことによって、(加えてみんなに聴覚障害者というものが知れ渡ったことによって)それなりに生活ができるようになっています。たとえば聴覚障害者だと言えば配慮してもらえるぐらいにはなっていますよね。

GLBTに関しても、少し前まで(あるいはどこかで)それは病気だ! とか言われてたそうですけど、今になれば「そういうもんなんだ」と言える社会になりつつあります。

聴覚障害者とGLBT、どちらにせよ社会を生きるにおいて(一つの障害になるとは思いますが)それが社会から排他される理由にはなりませんよね。聴覚障害者は補聴器や手話を覚えて社会に出ている人もいますし、GLBTだって熱心に活動したことによって「正しく知れ渡った」んです。だからこう「正しく知れ渡せる」事によって結果的にその傾向を持つ人間たちが生きやすい社会になるよ、というのがこの章です。

この章は考察が多いです。それが結構おもしろいんですよ。

たとえば聴覚障害者とGLBTが団結できた理由は「団結する理由」が明確だからだそうです。「手話という共通言語」だったり「同性が好きという共通した意識」などが共感し強い結束をしやすく、その結果人集めることができる。人を集めることで周りが気がついてくれることがあるみたいに、運動するにおいてはこの数が多いと強い団結というのは有利なんですよ。

一方、自閉症スペクトラムはというと結構多種多様な生き物でして、それぞれがそれぞれの特性や苦手なものを持っています。そもそも群れる人も多くないでしょうし、それが「活動をする」においてはネックになっているのだそうです。そもそもの「共感」が少ないからです。

ただ章を書いている方によると、ぱっと見は自閉症スペクトラムを持つ人達はバラバラながら、「共通の土台がある」らしいです。なんだかんだ言っても、自閉症スペクトラム同士は根本的になにか似ている部分があるとかないとか(自閉症スペクトラムの集まりに行ったことがないからわからない。でもある気がする)、だから別に結束できないわけではないってことです。

これは個人的な考えですが、特に日本人の自閉症スペクトラムはそういった団結して意見を言うことはとくに難しい話なのではないでしょうか。そもそも彼らは賢いので不自由ながら社会に溶け込んでしまうんですよね。だからたぶん運動をする前に話が終わってしまうんです。「(別に生活できてるし)そこまでしなくてもいいんじゃないかな」みたいな、団結しようともゆるく終わってしまいそうです。

上で結束と書いたものの、これは別に「共に戦おう!」みたいなガッチリとした繋がりでなくてよく、現代の場合はインターネットでゆるーく繋がればいいんじゃないでしょうか。そしてたまに連絡をしたり、たまに会って情報交換したり。少ない数だと運動としては弱いですけど、多くなればそれなりに社会に対して発言権を持つようになると思います。

個人的にですがメンヘラJPに期待しています。ここには色んな人がいて、それぞれ発言しています。別に繋がらなくたって、こうした記事が掲載され別の人の目に止まれば、たとえ発言者が少数派の人間だろうが、その少数派の意見に共感する人がちらほら出てきて、やがて多くなり新しいコミュニティができるんじゃないかな、とか思ったりしています。あと誰かが記事を書くことに、いろいろな人に症状を知ってもらういいきっかけになると思いますからね。まぁ僕の勝手な理想論です。現実は知りません。

ところで、この章では聴覚障害者とGLBTの社会においての基本方針(巨大な組織になった場合の運営術)、「理想的な支援者の話」や「理想的な当事者の話」などの決まりを見て、こちら(自閉症スペクトラム側も)も学んでみよう的なことを書かれてあってそれもいいこと書いてあるのですが、引用していたら果てしなく長くなるので割愛します。

 

【第6章 「障害表明」と自己権利擁護 そとの世界へ扉を開く】

この章で登場する自閉症者は(個人的に思うぶんで)唯一、積極奇異型の自閉症スペクトラムだと思います。
僕はどちらかと言えば孤独型とか思っているものですから、積極奇異型こそ同じ自閉症スペクトラムでも全く違うのかと偏見を持っていたようで、頭の中を覗いてみるとわりと思考が似ているようで興味深かったです。

ここを書いている方は自己顕示欲みたいなものがすごくあって、行動力もすごくある人でした。たとえば自分が自閉症スペクトラムだと教えるためのパーティーを開いて、そこで自閉症スペクトラムについておもしろく説明してみせたり、初対面の相手に「私は自閉症スペクトラムです」と言ったのち自閉症スペクトラムはどんなもなのかを教えてみたり、などしています。僕からすれば「すげぇ」と思ってしまう行動力です。

◯自分が思う自分と周りから見た自分

この章でおもしろかったのは「自分が思う自分の姿と周りから見た自分の認知の歪み」に気がつく方法です。そういえば以前の記事で「(想像力の欠如によって)自覚すら歪んでいるかもしれない」と書きましたが、それを確かめる方法がここにありました。

アスペルガー症候群によってとても丁寧に形作られた私の性格は他の人からは違って見れるのだと確信している。なぜならば、ユニークで珍しい物への粘り強い理解や興味に対して、私ほど力を注いでいない多くの人たちと私とは正反対の場所にいるからだ。つまり、私の性格のおける欠点を、一部の人たちは賞賛に値するものとして見てくれるということだ。

引用:自閉症スペクトラム 生き方ガイド 自己権利擁護と「障害表明」のすすめ

ではどうやったのか? 様々な方法(「たくさんの文献を読む」「自問自答してみる」など)が提示される中で最も注目したのはこれです。

友人、家族、同僚に、あなたの性格に関する印象を聞いてみよう。あなたの長所と短所についての彼らの正直な評価が聞きたいと、彼らに念を押そう。

引用:自閉症スペクトラム 生き方ガイド 自己権利擁護と「障害表明」のすすめ

なんと普通に他人に聞いているんですね。なんとも行動力を感じさせます。

言ってることはわかりますが、僕にとっては難しい話です。けれどもとても興味深かったのも確かです。「自分のことがわからないなら、他人に聞いてみればいいじゃない」みたいな発想は目からウロコでした。今まで散々「まずは内省からですね」みたいなことを言っていましたけどそれだけじゃないんですね。

これに限らず「積極奇異型の自閉症スペクトラムはこうして問題を解決しているのか」とか、「こんな方法もあるのだな」と感心しました。でも向こうからすればこちらも同じように見えているのかもしれません。

 

【おわりに】

ここまで長々と書いてきましたけど、これだけで満足して終わってほしくないです。

少しでも興味を持ったならこの手にとてほしい、読んでほしいですね。理由はここに書いている以上に、有意義なことがより詳しく本に書いていることほかなりません。この感想だって個人的に印象深かったところですし、それがそちらの興味深い箇所と同じというわけないですから。

以上です。

 


【投稿者】
くもの さん

【プロフィール】
自閉症スペクトラムのひきこもり
Twitter:https://twitter.com/kumonogu
ほしいものリスト:こちら


The following two tabs change content below.
読者投稿コーナーに応募してくださったみなさんです!

1 件のコメント

  1. つむぎ 返信

    先日、本を購入して読了しました。
    読んでいて「この本、就職活動から就労継続まで役に立つ考え方や方法がいっぱいだ!」と驚愕しました。
    卒業前にこの本に出会っていたら・・・・グスッ
    後悔しても仕方ないので、この本の方法に従って自己分析の方法から検討していきたいと思っています。
    セルフヘルプグループから関連書籍からワーカーさん、資源を目いっぱい使ってやってみます。
    私たちは情報を集めるのが大好きですからね。

    これからもくものさんの記事を楽しみに待っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です