トイアンナさんへ、 アラサーになってもまだ死にたいんですか?21歳メンヘラ女子より

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10代のメンヘラよ、あと10年やり過ごせ。

20代のメンヘラよ、あと5年だけ耐えろ。

私たちの生きづらさは、もしかしたら大人になれば治るかもしれない。

 

以前、トイアンナさんとお話しさせて頂く機会があり、生きにくさについて記事にしていただいた。

 

【10代女子の圧倒的支持を誇る「メンヘラ教祖」に訊く生きづらさの正体】

 

トイアンナさんといえば理想的なバリキャリ女子。頭が良くて実力もあって、とんでもなく仕事ができる、まさに憧れの女性である。インタビュー中も緊張しまくって発狂寸前でした。

 

聞けば、トイアンナさんも10代~20代前半の頃はメンヘラだったという。ただのメンヘラである私は驚きを隠せなかった。

 

「10代20代の頃が一番キツかった」というのは雨宮処凛さんの言葉だ。雨宮さんのエッセイには「30歳を過ぎてから落ち着いた」というようなことも書いてあり、私はそれを読みながらどこかで聞いたことがあると思っていた。

 

メンヘラや生きづらさは別としても、私の周りには「人生、30歳から楽しくなってくる」とか「30歳を越えてからやっと大人になったと思える」とか、やたらと30歳を強調してくる大人が多かった。

もしかしてこの30歳という数字は、私たちメンヘラにとってもひとつの目標となる数字なのではないだろうか。

 

10代20代のいわゆる若い時期が一番つらいのか?

もしかして、20代後半くらいになれば、私たちはもう少し楽になれるのか?

もしも誕生日を迎えるにつれて少しづつ自分の生きづらさと仲良くなれるとしたら、「生きること」が「死にたさ」の解決になるのかもしれない。

 

 

■10代の生きづらさ

例えば10代の生きづらさとしては、家庭環境やいじめという深刻な問題から中二病というライトな黒歴史まで、多様な生きづらさがある。

家庭環境やいじめが当事者に与えるダメージの大きさについては、単に生きづらさと括られる問題ではないのでここでは割愛する。

 

私は中二病から生きづらさを拗らせた。

具体的に言えば、今でも私は自分のことが大嫌いだし、自分にしか興味がないほど自分が大好きだ。

自分以外の誰かになりたいし、自分以外の誰かのように生きたい。

自分にしか作れないようなものを作りたいし、自分にしかできないようなことがしたい。

だから私はいつまでたってもツイッターでポエムを垂れ流し、ブログに長文を書き殴り、死にたい毎日をなんとかやり過ごしている。来年も同じようなことをしていたらミスIDに応募しようと思う。

 

 

■20代の生きづらさ

20代になると10代のころの生きづらさは自分の内面の問題から、より社会的な要素を含んだ問題になってくる。

例えば、20代になって自立という環境の変化によって社会に適応することを迫られたときに生まれる生きづらさは、朝起きられない、人の話が頭に入ってこない、落ち込みやすい、何に対しても興味がない、などの現実的な弊害を持った生きづらさであり、場合によっては障害や病気として扱われることもある。他にも金銭的な問題や、人間関係などの生きづらさもあるだろう。

 

ただし、歳を取るとそれだけ知識と経験値が増える。

その生きづらさが障害や病気だと理解することができれば専門機関で治療することができるし、様々な問題に対する対抗手段も過去の自分よりは増えているはずだ。

歳をとって、自分が自分の意思で自由に行動できるようになることもかなり有効な手札である。この知識や経験値、言い換えれば今まで生きてきた時間こそが、歳をとることの意味であり、生きづらさに対抗できる唯一の手段だと思うのだ。

 

 

■歳を取ることを恐れるべきではない

生きづらさを知識と経験値でなんとかやり過ごしながら歳を取り、必要な場合はしっかり治療することがメンヘラ寛解へのルートであるが、ときには自殺願望や生きづらさの悪化という壁も立ちはだかる。

この壁を越えられるのは本人の努力でも周りの支援でもなく運である。私にはまだ、有効な対抗手段が見当たらない。

 

まだまだ私もただのメンヘラだが、それでも昔に比べればこの生きづらさと、あるいは死にたさと折り合いがついてきた部分がある。

10代の頃の私の生きづらさは、20代になるまでの、あるいは20代になってからの知識と経験値によって少しずつ薄らいでいるように感じる。

雨宮さんの言葉を借りるなら、諦めがつくという表現もできる。

結局、大きすぎる目標は重荷になって潰されかねないし、自分に対する期待や希望も、ある程度は諦めたほうが楽になるときもあるのだ。そしてこの諦めるという作業は歳を取らないとできるようにならない。

私ははじめて社会に出たときに、なんとなくぼんやりと「自分にはできることとできないことがあるんだな」と思った。べつになんでもない日のことだった。

 

有名なロックンローラーたちが27歳でこの世を去り、メンヘラは自分の誕生日に「あと×年」と小さく呟く。

27歳を越えて生きることは、28歳になることは、きっとそんなに悪いことじゃない。

 

 

■私たちの目指すべきゴールとは

私たちメンヘラが今、生きるために何をすべきか?それは生きることのみである。

毎年一年間、生き抜くことを目標にする。これも雨宮さんの言葉だ。

生き抜くことを目標にしたうえで、生きづらさを明確にすること、理解すること、受け入れること、治療すること。

何もせずに30歳までジッと耐えて自然に寛解する可能性よりも、できることをできる範囲でやりながら、なんとか30歳を迎えたときに寛解している!という可能性のほうが、なんとなく高そうだ。

 

とにかく、生きること。

同級生が結婚しようが子供を産もうがバリバリ働いて札束で殴ってこようが、死なないこと。

とりあえず、30歳。しばらくはこれを目標に、生きづらさをやり過ごす感じでいこうと思う。




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詐欺自撮りで成り上がってきた詐欺師。「限界になったら自殺しよう」という気持ちで毎日楽しく生きてます。やる気あります。何でもやらせてください。

2 件のコメント

  1. むぅ 返信

    初めまして、
    私はあと数ヶ月で30歳になります。

    少し良くなったり悪化したりを繰り返して、
    今は1年ほど良くない状態で
    半年に2回ほどしか家から出られないのままです。

    病院の薬は家族に受け取りに行ってもらってます。

    30歳を過ぎて大人になったら、良くなっていくのかな…

  2. 名無しのガンダム好き 返信

    40だけど生きてくのがキツイです
    もう今からアルバイトなんて無理ゲー、ましてや就職などいわんやをや

    「40にして惑わず」なんて嘘っぱちです

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