醜形恐怖症を克服した私の3つの考え方




こんにちはこんばんは。
病院を一ヶ月サボったら、体力と免疫力がガタガタになり、風邪をズビズビ引いています。さしすせさそです。体調管理も仕事のうちかもしれません。

突然ですが、皆さんは自分の顔が好きですか?

私は過去に顔が原因でいじめられたことがあるので、とにかく自分の顔が好きになれませんでした。

それなのに、可愛いものが好きだったりするので地獄です。可愛いものや綺麗なものが好きなのに、自分には似合わないから身に着けることができない。こんなに悲しいことはありません。

それが原因で精神的に不安定になり、病院に行ったところ「醜形恐怖症」と診断され、26歳くらいまで通院していました。現在は落ち着いています。

今回は、そんな私の醜形恐怖症が寛解の方向に至った経緯などをお話していきたいと思います。

 

■まず醜形恐怖って一体なに?

醜形恐怖症とは、極度の低い自己価値感に関連して、自分の身体や美醜に極度にこだわる症状である。実際よりも低い自己の身体的なイメージが原因である。俗に醜形恐怖また醜貌恐怖とも呼ばれる。

(引用:身体醜形障害 – Wikipedia

Wikipediaでは上記のように定義されています。

もっと細かく言うと、個人的には「顔のパーツ(目、口、鼻など)ヘアスタイル、荒れている肌など人の目に触れやすい部分を気にしすぎて、他人からはまったく気にならない特徴に対して過剰に悩むこと」だと思っています。

私の場合は実際の容姿に対しての不安ではなく、頭の中で作り上げた「理想の自分」と「現実の自分」の差に悩んでいました。そこから不安や自己嫌悪が起こって体調不良になってしまいました。観念的な理想を作りあげて、その理想とかけ離れた自分に自己嫌悪を起こしていたんですね。

じゃあ、理想の自分ってなんだったんでしょうか。私にとっての理想の自分はブライス人形でした。

buraisu

(引用:ブライス公式サイト

目が大きく、鼻と口は小さく、無機質な雰囲気で吹き出物なんてできもしなそうな毛穴の無いつるんとした肌。当たり前だろ。作り物なんだから。そうです。私は作り物になりたかったんですね。もう根本的な問題です。絶対実現不可能なものに憧れてしまいました。

は? と思われて当然なのですが、今でもお人形さんになりたいと本気で思っています。生きる希望なんです。それは。

 

例えば顔の目立つ部分にニキビができたとします。そうするともう画鋲をマキロンで消毒して、でこぼこが目立たなくなるまで刺し続けます。血まみれです。痕にもなります。でも、お人形さんにはでこぼこの肌なんかないですから、刺し続けるしかないんです。何で私にはニキビができるの……生きているからだ……気持ち悪い……。と思ってご飯が食べられなくなりました。考え方が極端すぎますね。

例えば次の日、目が浮腫んで理想の二重の幅にならなかったとします。この時点で、外にでれません。もう頭の中は「こんな顔では外に出られない」が頭の中をぐるぐる回っています。男性にとっては「二重の幅なんて見てないよ」と思うかもしれませんが、女性にとっては顔の印象を左右する重大なパーツです。

特に、私の場合ですが、自分の顔は目が大きいから成り立っている顔だと自分で認識していて、目が小さいことにはもう全てが無理。メンタル閉店ガラガラ。誰とも目を合わせられない……みたいな状態になっていました。

そうならないために毎日メザイク(繊維でできた二重を作るメイク道具)を貼り付けて、理想の二重にしてから寝るんです。そのため、目が閉じれずに半目で寝ていた時期もありました。メンタルは閉店ガラガラなのに、目は閉じれずに閉店できませんでした~(º∀º)!!みたいな。できませんでした~じゃないんだよな。

 

そんな中、ストレスで視神経の難病にかかり、斜視になってしまいました。

斜視になると、プリズムの入った眼鏡をかけて光の屈折でまっすぐ物を見れるようにしなければいけません。

元々近視のため、近視とプリズムを両方入れたレンズの眼鏡をかけると目がより小さく見えるようになりました。眼鏡をかけ始めた当初は、周りには「眼鏡似合うみたい! うれしいな~ 」と平気なふりをしていましたが、心の中は大泣きで、どんどん気弱になっていくのがわかりました。だって、目が小さいんですよ。私は目が大きくないとダメな顔なのに。眼鏡をしなければ、これ以上小さくなることは無かったんですよ。

コンタクトレンズをしている自分の顔が好きだったんです。でも、もう、コンタクトレンズでは外を歩けません。なぜなら、片耳が聞こえなくて三半規管が弱いにも関わらず、目まで二重に見えるようになったら、転びます。前から来たものをよけれません。私は生きるために眼鏡をかけることにしました。

「それでもコンタクトレンズで外に出たい」とチャレンジしたくてコンタクトレンズを入れると、視界ははっきりするのにモノが二重に見えるんです。自分ではこっちの顔の方が気に入っているので、この顔で仕事に行きたくて、コンタクトレンズのまま最寄りの駅まで行くんです。

でも、駅に行く道すがら「モノが二重に見えて仕事をミスしたりしないだろうか」「ロンパリだと思われないだろうか」「そもそも、何でこんなに体力もなくなってしまったんだ」「私の体力をこんなに消耗させた人が憎い」という負の感情が止まらなくなって、涙で前がますます見えなくなり、泣いた状態で勤務先に休む電話をします。そして家に帰り、母に「涙が止まらないので仕事を休んだ」と化粧がグチャグチャになった顔でリビングを通り過ぎ、布団に潜ってTwitterを眺めていました。常にワイパックスODしてました。かなりキテます。

 

そんな毎日を繰り返していれば当然疲れます。それはもう疲れて果てていました。毎日毎日顔の事で悩んで疲れた私は、どうしたら疲れないで気分良くいられるか?ということを考えるようになりました。だって疲れると体力が無くなって、ますます気分が落ち込むんです。泣くのも体力がいるんです。私は人より体力が無いし、疲れると本当に全てをマイナスに考えてしまいます。

どうしてこうなってしまうのか? 整形しか無いのか? いや、整形はお母さんが怒るからできない。私は整形をせずにお人形さんになれるように頑張らなくてはいけない!と自分で決めました。少しでも、今日の自分の顔いいね!と自分で気持ちよく思えるようになりたかったからです。

そうして私は自分のコンプレックスを紙に書き出す作業を始めました。

 

■分析と対策。理想のハードルを変える

私が考えた醜形恐怖の結論は、「私は理想の自分と現実の自分への差異に苦悩するので、実際の美醜は関係ない」ということでした。

 

1.まず、美醜について冷静に考える

私の顔は凹凸がはっきりしていて、骨格もしっかりしているうえに顔に脂肪がつかないため、メイクをするとキツイ印象になることがしばしばありました。さらに、自分のコンプレックスを書き出します。

・まず絶対的にアトピーや先天性の皮膚の薄さによる顔の赤み
・眼鏡をかけると小さくなる目
・上三白眼というカラコンなしでは斜視がヤバくなる目

この3点です。

コンプレックスを書き出してみて、これらをカバーするためにベースメイクとアイメイクに力を入れようと思いました。

ベースメイクでは赤み隠しのコントロールカラーで厚塗りにならないように注意すること。アイメイクでは不自然な大きさの目にならないようなカラコンを探して、まつ毛はマスカラでなるべく放射線状に広がるように塗ること。特に下まつげは気合いを入れて塗りました。上三白眼なので少しでも下に目が広がるようにして、視線をそらすためです。

 

2.客観的視点から、理想のハードルを変える

新しい病院で働き出して友人と久しぶりに会ったときに「眼鏡だとやわらかい印象になるね」と言ってもらえたことで、「眼鏡をしていることでキツイ印象の目がフンワリして見えるのか」ということに気づきました。

眼鏡でもフンワリしたように相手に印象づけられるのであれば、いまの自分の顔や印象を活かしたメイクをしたほうがいいのではないか……と思ったのです。

ここで私が意識したのは「理想のハードルを変える」ということです。お人形さんのように完璧で鋭い感じより、眼鏡をかけざるを得ない私の顔に似合うのはフンワリしたものだ!ということを受け入れて、メイクなどを工夫することにしました。決して、ハードルを下げるという意味ではなく、別ジャンルで自分に似合うものを見つけていくという考え方に変えていきました。

 

3.気に病み過ぎるとそれが原因で肌が荒れるので、もう楽しいことを考えまくる

気に病み過ぎると、それによって肌が荒れていくのがわかり、精神衛生上も良くないです。なので、この時は安定剤を飲みながら毎日毎日楽しい事を考えまくりました。「フンワリした雰囲気になるためにはこんな粗々し過ぎた性格も良くないのでホワ~ンとしていこう」「可愛くなったら何をしよう。可愛い雰囲気でゴスっぽい色のお洋服の色でまとめたりもしてみよう!」などと考えながら、徐々に安定剤が要らなくなってきました。

 

■その呪いは自分で自分にかけている

私には家の部屋に勝手に入ってくるポジティブ健常者マンのお友達がいます。その人が「昔は人の顔色を伺って生きてきたけど、それ辞めたら人生楽しくなってきたんだよね」と言っていて、そうだよね~自分最高って自分で思っていってかなきゃね~と思いました。でも勝手に家に入ってくるのは困るので、せめて連絡は欲しいですね。

結局、私の場合の醜形恐怖症は「自分に合ってない理想のハードルを上げ過ぎた」ことが原因でした。

元々の自分の顔のポテンシャルを活かしたメイクや雰囲気をなんとなく覚えてくるようになって、楽しくなってきたことが増え、自然と笑顔になる回数が増えてきました。そうすると「笑うと顔かわいいね」と人から言ってもらえたりもします。凄く嬉しかったです。ですが、何より良かったのは、誰からも承認されなくとも自分で自分を承認できるようになったことがとても大きいなと思います。

結局、「自分の顔が嫌だ……」はその時の自分で思い込んでいた、呪いだったんだなぁと思いました。

決して、私は整形する人を差別したり反対する気はありません。私もお金があって、母が許してくれるならやったと思います。でも、整形せずに自分の事を承認できて、自己肯定も出来るようになりました。

今は自分の顔に不満は無いかといえばウソにはなりますが、好きか嫌いといえば、好きです。たとえ完全な理想の自分になれないとしても、私は私のことが好きです。

読んでくださってありがとうございました。
終わりです!(またね)


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さしすせさそ

さしすせさそ

総務OL兼ライティング修行中の29歳女

1 件のコメント

  1. ミヤ 返信

    自分の顔が好きではないつらさを抱えながらも、いい方向へと立ち向かっていく、さしすせさそさんの姿勢、とても素晴らしいと思いました。
    あと、メンタル閉店ガラガラが、まさにドンピシャな表現で「わかる!!」と興奮しました。今年一番どハマりした表現に出会えて感動です。

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