「生きてればいいことある」という文字列に対する殺意




死にたい、と検索をかけるとほぼ9割型、そういう系のちゃんとしたサイトから個人のブログまで、私に怒鳴り叫び始める言葉がある。

「生きていればいいことがある」

私は、実のところこの文字列を見るたびに無性に殺意が湧く。そんな当たり前のことをさも何も知らないあなたに教えてあげる、なんて、押し付けがましすぎて反吐が出る。馬鹿野郎、こちとらそんなことは当の昔に知っているのだ。

私は22歳までに、もっとわかりやすく言うと社会人になるまでに自分で死ぬのだと思っていた。勉強をしている自分はイメージできても、実際働いている自分が全く想像もつかなかったからだ。

しかし、何故か無事に社会人になってしまい、朝八時に飛び起きては電車に飛び乗るという日々を送っている。過去二度ODにて目を覚まさず、二回目に至っては丸々一ヶ月近くの記憶がないという経験をした。気がついたら実家に強制送還されていた。そんなクソみたいな人間でもオトナの一員になれるのだと思うと不思議な気持ちになる。

二度死にそびれたあとは、私は「普通の人間」として、「そこそこ良い人生」を送っているのだと思う。家族の理解を得て友人には恵まれ職場の人間関係は良好かつ仕事振りも認められる。残業も多くなく趣味に時間とお金を使い週末は人と遊んで長期の休みには一人で海の向こうへ飛び出していく。

「ほら、生きていたからいいことがあったじゃないか!」なんてしたり顔で頷く顔も知らない人間たちが脳裏に浮かぶ。そうだな、それは確かにそうかもしれない。けれども、それじゃあ私のこの死にたさは何から生まれてきているのだ。一体どこへやればいいのだ。

明確な理由のない死にたさというものは、地獄だ。例えば、「このまま電車に飛び込めば仕事に行かなくて済む」というのは、仕事が原因だということは明確であろう。周りの人間も助言しやすいと思う。職場から離れろ、仕事を辞めろ、そこで働かなくても死ぬわけじゃない、などなど、無責任ではあるが正しいアドバイスができる。

そこで、私の番である。

「このまま電車に飛び込めば生きなくても済む」という人間に、自分から離れろ、人生を辞めろ、ここで生きなくても死ぬわけじゃない、なんて言う人間はいないだろう。3つ目は初っ端から破綻してはいるのだから余計である。そんなことを言われたところで、「死なないでくれ」としか言えないだろうと思う。相談する側もされる側も地獄だ。

いいことがあるから生きられるのだろうとは思う。しかし、それと死にたいという欲求は全く別物なのではないだろうか。

例えば、今日は仕事を褒められた。
例えば、今日はお昼ごはんが美味しかった。
例えば、今日は久しぶりに友人に会える。
例えば、今日は美しい風景を見られた。

上記のものは全て、死にたいという気持ちと共存することができる。褒められたって、美味しかったって、会えたって、見られたって、それらの正の感情が負の感情に干渉することはない。それは、また全く別の問題である。

ああ今日は楽しかったな、死にたいな、また彼女と会いたい、またね、死のう、そういえば最近彼に会ってないな、どうして、また美味しいものでも食べに行こう、悲しい、来週はバイクで何処かに行こうかな、許されたい、死にたい、次の長期休みはどこへ行こう、どうしてこんなに駄目なんだろうか、アジア圏にしよう、苦しい、悲しい、死にたい。

脳内で正負は混ざり合うことなく、ぐるぐると分離した不味いスープを作り続ける。

ただの甘えだ、似非メンヘラだ、本当は死にたくないんだ、死にたいなら死ね、という言葉は、人に聞かされなくても常に脳内で鳴り響いているから許してほしい。ぐらぐらと、ふらふらと、生も死も半分諦めながら必死に歩いているから許してほしい。気楽に生きるには苦しすぎて、全てを手放すには心残りが増えすぎた。

この不明瞭な死にたさと付き合い始めて早十年。「幸せ」になり始めて三年。

私はいつまで死にたいままなのだろうか。どれだけの「幸せ」を手にすれば泣きながら眠る夜がいなくなってくれるのだろうか。もしくは、この不明瞭な死にたさが明瞭になる日が来るのだろうか。

先が全く見えないままで、それでも、私は今日も進む。そのうち、生か死かのどちらかが明瞭になるだろう。泣きながらでも、苦しくても、死にたくても、それまでは人間のふりをして生きていくのがマシなのだろうと、なんとなく思う。

しっちゃかめっちゃかになってきた。えっと。何が伝えたいのかというと、まあ基本的には自分がどれだけ苦しいのかということなのだけれども、できれば、どこかにいるかもしれない幸せなのに死にたさを感じている人間に、同じような人がここにいますよと届けばいいと思う。それはなんの解決にもならないけれど。必死で人生に食らいついているのが自分だけではないと感じてもらえれば嬉しい。私も、ここにいる。


【投稿者】
はると さん

【プロフィール】
24歳社会人女
自傷癖抜毛癖有り。OD癖は寛解。
煙草とアルコールで自分を誤魔化しながら生きている

twitter : @HaL_22


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2 件のコメント

  1. なまこ 返信

    読みながら、思わず「あー、わかる!!すっごくわかる!!」と叫んでしまいました。私に常に「死にたい」が付きまとうようになって2年ほど経ちます。仲のいい友達に会ったとしても、帰ると「死にたい」がやってくる。趣味に没頭していても、そこから離れると「死にたい」が近づいてくる。たまにふと「死のう」と思っても、死なない、死ねない。「気楽に生きるには苦しすぎて、全てを手放すには心残りが増えすぎた」の部分、とても共感しました。いつか、気楽に生きられる日が来るといいのですが。

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