10年以上続いた自傷行為を止めることができた、医師のある一言




皆さんこんにちは、元不登校のADHD持ちJK、lemonです!

さて、今回はメンヘラの代名詞とも言える「自傷行為」についてお話したいと思います。

後ほど詳しく書いていきますが、私は幼少期から何度も何度も、数えきれないほどの自傷行為を行っており、つい最近とても意外な理由で辞めることに成功したので、こうして筆を取った次第です。では参りましょう!

 

自傷行為を始めたきっかけ

まず私が自傷行為を始めた経緯について軽くお話しておきたいと思います。

私が生まれて初めて自傷行為をしたのは、幼稚園児の頃でした。
理由は覚えていませんが、何かに腹を立てた私はそのイライラを抑えて冷静になる為に、自らの首を絞めました。

すると手を離した瞬間、イライラよりも息苦しさから解放された安堵感の方が勝り、イライラがスッ…と消えたのです。

元々そんなに気が荒い方ではないので、年齢的にもまだあまり「何かに腹を立てる」というのを経験したことが無かったのでしょう。幼い私は「イライラしたら痛かったり苦しくなれば収まるんだ!」と、あまりにも危ない勘違いをしてしまいました。

その勘違いは、その後も十数年ほど続く事となります。

 

エスカレートする自傷行為

そんなわけで、幼稚園児にして「イライラしたら自傷行為」というあまりにも危険なものを覚えてしまった私はすくすくと育ち、中学生になりました。

過去の記事でも書きましたが、私は中学校三年間にろくな思い出がなく、いじめられたり孤立したりしていたので、中学校入学と同時に古くて起動に10分くらい掛かるようなPCからスマホに乗り換えたのも合わさって、サクサク動くインターネットへ、あっという間にのめり込みました。

中でもLINEとTwitterにハマってしまい、とりあえず暇さえあればSNSに張り付いていました。
そしてSNSというのは、時に運命的な出会いを果たすこともあるものです。

そう、それこそが「リストカット」「ボディステッチ」というものでした。

リストカットは皆さんご存知だと思いますが、ボディステッチはあまり馴染みが無いのではないかと思います。参考に当時私がやっていた写真を参考に掲載致します。少々グロテスクかもしれませんが、ご容赦ください。。

lemon1

要するに、ボディステッチというのは皮膚に刺繍をする、というものです。薄皮に通すのが一般的ですが、肉に突き刺す強者も中にはいます。良い子じゃなくても絶対に真似しないで下さい。

さて、そんなリストカットとボディステッチですが、大半の方が「うわぁ…(ドン引き)」となると思います。ですが、自傷行為は私にとって幼少期からしている、ごく普通な当たり前のことでした。なのでむしろ自分ではそれが「綺麗」に思えたのです。

そして、ただ首を絞めたり、皮膚を掻き毟るだけではもう収まり切らなくなっていた私は、どんどんカッターと裁縫道具との仲を深めていくことになったのです。

 

自傷行為の異常性に気づくまで

そうして私は度重なる自傷行為を行い、ボロボロになった手首と手のひらを見てニヤニヤ笑っていました。今考えるとだいぶ頭がおかしいと思います。

ですがいつまでもそんな日々が続くわけではありません。数ヶ月後、私は担任の教師に呼び出され、ボロボロになった手首と手のひらについて問い詰められました。恐らくクラスの人がたまたま私の傷を見かけてしまい、報告したのでしょう。

ですが当時の担任がかなりのクソ教師だったので、いじめられてると言ったところで何もしてくれないのは分かっていました。

だって、明らかにいじめに気づいているのに気づかないフリをしているのですから。

私はケラケラと笑い、堂々と「楽しいからやってます!」と答えました。もう考えることが面倒になっていたのです。まあ実際、半分くらいはそれが理由でしたし。

その時の担任の気持ち悪い異物を見るかのような目を、よく覚えています。まあそりゃそうだとは思いますが。後日、スクールカウンセラーの元へ強制的に行かされ、これまた強制的にお悩み相談(笑)をさせられましたが、学校の人間を誰ひとりとして信用していなかったので全て嘘をついて適当に終わらせました。

そこでも自傷行為について聞かれましたが、同じように楽しいからやっている、と言うと、やはり気持ち悪い異物を見るかのような目で見られました。

そして、当然親にも連絡が行くわけで、私は自宅に帰るなりカッターと裁縫道具を取り上げられ、とても怒られました。もっと自分を大切にしろ、と。

私は唯一のストレス発散法を失い、絶望しました。

ある程度の趣味はありますが、別にそれでストレスが無くなることもなく、私にとって手首を切って手のひらを縫うことが一番のストレス発散法でした。もうそれしか、縋るものがありませんでした。

その唯一のストレス発散法を失い、私は感情の行き場を失くしました。どこへ行けば良いのだろう、と呆然としていました。

そして悲しいことに、日々いじめはエスカレートし、嗤われ、孤立していきました。当時を思い出しても、我ながらとても浮いていたな、と思います。

親や教師に自傷行為を否定され、学校では存在を否定され、自分の中で当たり前だった「自傷行為」が世間では全くもって当たり前ではなかったことに、13歳にしてようやく気づいたのです。もう、何もかもが遅過ぎました。

 

不登校と消えない自傷欲求

13歳にしてようやく自分の異常性に気づいたものの、何をするでもなくただひたすら毎日が過ぎるのを待ち、自我を押し殺し、気づけば中学三年生になっていました。

夏休み明けに学校で倒れ、無事不登校の仲間入りを果たした後はフリースクールへ通い出すことに。(フリースクールについては過去の記事をご覧下さい。)

【関連記事】
・不登校になったから学校を変えてみた

フリースクールは本当に良いところで、生まれて初めて学校が楽しいと思えました。しかし、それで自傷欲求がなくなるというわけにはなりませんでした。

自我を抑え込んでいた代償でしょうか。

中学時代の約二年半、ずっと自分を押し殺して過ごしてきたので、フリースクールへ通い始めてのびのびと生活出来るようになると、今度は再び自傷衝動が湧き上がってきました。

手首を切りたい。皮膚を縫いたい。

そんな気持ちがふつふつと湧き上がり、気づけば剃刀を手にしていました。(ボディステッチは簡単ですが、見えやすいので断念。)

数年ぶりに傷をつけた手首の傷はあの頃よりも深く、生々しかったのをよく覚えています。一筋の血がポタポタと流れていました。ちょうど9月の半ばあたりにフリースクールへ通い出したので、制服は長袖。絶好のチャンスでした。

傷が治ればすぐに切り刻み、血を流し、気づけばバーコード状態に。
完全に私は自傷行為に飲み込まれていきました。

 

自傷行為を止めることができた、医師のある一言

そして季節は過ぎ、もうすぐ半袖の時期という頃になった私は慌てました。半袖になってしまったら手首が切れない。それどころかこのバーコード傷が丸見えになってしまう、と。

卒業したら私はアルバイトをする予定でしたので、これはマズイと思い通院時に主治医に相談したところ、なんと意外な返答が。

「やり過ぎなければ別に良いんじゃない?」

驚きました。それはもうめちゃくちゃ驚きました。

だって、今までありとあらゆる大人に否定されてきたのに、です。

その瞬間、心がふっと軽くなったのが分かりました。

きっと私は、幼い頃からすがり続けていたものを否定されたのが悲しかっただけなのです。自傷行為は私そのものであり、それを否定された悲しみゆえ、認めてもらおうと手首を切っていたのだと思います。私の自称欲求は、ある種の承認欲求だったのです。

ですが、主治医にそう言われたことにより、だんだんと「手首を切りたい」と思わなくなっていきました。あの日から、もう数ヶ月経っていますが、私は未だに手首を切っていません。

 

…ここまでお読み頂きありがとうございました!

これにて、私の自傷行為を辞めることに成功したお話は終わりです。如何でしたでしょうか?

自分語りが中心となってしまいましたが、少しでも何かのお役に立てれば幸いです。

宜しければTwitterpixivのフォロー、Amazon欲しいものリストもこっそり置いておきますので、何卒宜しくお願い致します。

では、またどこかでお会いしましょう!

 

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・リストカットをやめるきっかけになった友人の一言


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lemon

lemon

Twitterやpixivで創作キャラを中心に下手くそなアナログイラストを描いてます。 元メンヘラな発達障害(ADHD)です。来年JKです。

3 件のコメント

  1. アカイ 返信

    自傷行為ってやめた、と思っても結局また繰り返してしまいますよね。
    やめた方がいいのかな、と思っていてもそのちゃんとした理由がなかったりするので、自傷行為をやめられたというのはとてもすごいことだなって思います。
    やっぱり生身の人のことばが強い支えになるのでしょうね。

  2. 匿名 返信

    申し訳有りませんが質問があります。
    タイトルなんですが、「とめる」ですか?
    それとも「やめる」ですか?
    それによって私の中でもこの記事の捉え方が大きく変わるので教えてください。

    • lemon 返信

      記事をお読み頂きありがとうございます、筆者のlemonです。
      匿名の方からのご質問にお答えさせて頂きたく、コメント失礼致します。

      まず前提としてこのタイトルを付けたのは私ではなく、編集時に変更したものですので本当はどちらなのか、は私には分かりません。
      ただ、筆者である私は「やめる」の方だと捉えております。
      記事の内容の受け止め方は人それぞれだと思いますので、解釈はご自由にどうぞ。

      失礼致しました。

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