完璧な両親と、完璧になれない私




先日、共感性羞恥について記事を掲載していただいた、うつこと申します。

今回、花坂椛さんの『おかあさん、わたしをおとなにしてください』という記事に触発され、筆を取りました。

治療者によれば、私のうつ状態の原因のひとつとして、「自己肯定感が弱い」ということが挙げられるそうです。

なぜ私は自分を肯定できないのか。様々な原因と思われる経験(小中学生の時のいじめや元恋人のDVなど、詳細は略します。)はもちろんあるのですが、一つのより大きな理由として、両親のことがある気がしています。

私の両親は所謂「毒親」ではありません。むしろ、世間的に見ても、娘の目から見ても、とても良い親です。

しかし、幼い頃から静かなプレッシャーを感じていたように思います。

「こんなに良い両親なのだから正しく成長しなければ」

そんなプレッシャーとも、強迫観念とも言える思いを、長い間一人で抱え込んでいました。

父は社会的にも成功した人間と言える人ですし、上司・同僚・部下、はたまた顧客等々からも大変評判のいい人です。娘である私に対しても、優しい父親です。

母はパート先で人気者の気のいいおばちゃんタイプで、私にも友達であるような親しさがある人です。

そんな人たちから生まれた子供だから、私は完璧になるべきだ、と考えていました。
そう考えていたから、ずっと自分を認められずにいました。

私には長いこと、自分の両親が完璧な人間であると思っていました。
多少の瑕があってもそれが愛嬌と言われる両親でしたから、私は完璧に見えていました。

初めて心療内科にかかった際に、「両親も完璧じゃないよ、人間なんだから。」といわれ、あまりの衝撃に黙り込みました。続けて「あなたも人間なんだから、完璧になれないものだよ」言われたのですが、受け入れるにはあまりにも長い時間、完璧にこだわりすぎていました。

私は完璧になれません。

それでも素晴らしい両親の娘であっていいのでしょうか。
素晴らしい両親の元に生まれたにも関わらず、正しく成長できなかった私は許されるのでしょうか。

それとも、完璧な素晴らしい両親、ということから錯覚なのでしょうか。


【投稿者】
うつこ さん

【プロフィール】
メンヘラそろそろ10年目
Twitter : @shiushiussss
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