生きることが面倒くさい、或いはしにたいの旋律




メンヘラ.jpに掲載されている他の皆さんの記事を拝見するにつけ、頭がちゃんと働いていて羨ましいというのが率直な感想だ。振り返るのも面倒くさいけれども、とにかくアタマがぶっ壊れてからは、生きることが面倒くさい。

大学2年生で、今でいうブラックアルバイトに捕まった。オトナごっこが楽しくて、払われないスタッフ給与など度外視で、朝10時から夜11時まで事務所に居座り、ときには日付けが変わるまでシゴトをしていた。経理担当からやらされて、内情が火の車なのは分かっていたから、「スタッフが給与を請求なんてできない!」というレベルまで飼い慣らされていた。

気づいたときには、バイト以外の時間はベッドの中。毛を抜きすぎて、事務所のクズ箱を毛だらけにして「誰か断髪式でもしたんですか」なんて言われた。

部屋掃除ができない。風呂さえ面倒くさい。

とにかく全てが面倒くさい。生きることが面倒くさい。

それが10年前。投薬とカウンセリングを重ねて、今も生き長らえている。

 

生きることが面倒くさいなら死ねばいいと今も思う。テレビから流れる音楽に「しにたい」「しんでもいいよね」なんて内的言語が重なる。我ながらなんで今生きてるのか不思議な感じがする。

吐き出し口にTwitterをはじめてみたが、面倒くさい。いのちの電話は、イチから事情を説明するのが面倒くさい。仕事は、清掃パート。かなり緩くシフトを組んでもらってるのに、今現在足踏みしている。端的に面倒くさいのだと思う。

ハローワークにはもう数えきれないほど足を運んだ末に、結局コネで置いてもらっている。またハローワークに行って不採用に不採用を重ねるのが面倒くさい。

とにかく面倒くさがりの怠け病の甘え病だけど、たぶん死ぬためのアクションすら面倒くさいのだと思う。今は、カウンセリング直後なせいか比較的凪いだ気分だ。


【投稿者】
トライメンヘラー

【プロフィール】
30歳女、メンヘラ歴10年、抜毛症は改善、うつ病、生きこと面倒くさ
twitter : @menhell_evil


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