それでも愛されたいと思う母親への願い




メンヘラ.jpをご覧のみなさん、初めまして、筆者の夜と申します。

現在メンタルが限界にきて仕事を辞め、貯金も無く不安定な日々を過ごしているフリーターです。自己紹介はこれくらいにしておきましょう。

 

母親のことを、死ぬまで許せないと思うのだ。

ある程度、小さい時はある程度、満足に裕福に、育ててもらったはずだ。私学の学校にも入れてくれた。習い事も習わせてくれた。

まぁ結局そういうことは親のエゴでしかないのでしょうけれども。

ある程度育ててもらったとしても、何故か小さい時から腕を噛む癖がある、言いたいことが言えない、顔色ばかり伺っている、そんな自分だったのだ。

人間とは不思議だ。
母親には言いたくなかったけど、仕事を辞めたことを伝えた。

早退、当日欠勤、そんな事ばかりして辞めてしまったこと、病院の先生とも相談してそういうことになったって伝えた。やっぱり、言葉だけだとしても、少しでいいから何かわかって欲しかったんだろう。

母親から心配の言葉はなかった。

悔しい、悔しい、悔しいし、悲しい。

死ぬ気で伝えた自分の気持ちは何だったのだ。
言いたいこと言えず過ごしてた自分がようやくSOSを出したのだ。
分かってくれよ、分かってくれよ。

苦しくてならなかった。
たったそれだけのことだとしても、とてつもなく苦しかったのです。

ほんとは自傷だって増えた、ODした、それくらい伝えたら解ってくれますか。苦しくて苦しくてならなかったのです。

 

妹と母親がバトルをした。

自分に対しての母親の対応にとうとう妹も気持ちが崩壊するところだったらしい、なんでそういう対応するのか、人として最悪だと罵倒の嵐を繰り広げたのだ。

その時にわかったのだけれども、母親は自律神経を病んでいるらしい。更年期でメンタル壊して病院行っているのは知っていたけれど。

母親は、変に分かったような口ぶりで心配するのも逆効果だと思ったから何も言わなかったらしい。

 

このあとも妹と母親がバトルバトルバトル。。。

バトルで分かったことですが、母親はそこまで筆者の自分の精神が壊れていることはわかっていないらしい。あの子病み切ってるの…?と。

仕事辞めたんだぞ当たり前だろ、学校なんて休まず行った優等生の自分がこうなってるんだぞ気付け気付けなんでわからない、まじでくそ野郎だな、と筆者は思う。

ただこの前会った時に腕に傷がないかどうかチェックはしていたんだってよ。

ふざけんなよ。

こっちはちゃんと見えないように半袖で隠れるところ切ってるぞ。

馬鹿だ死んでしまえお前に心配なんてされたくないわかったようなこと言うな。

 

今、頭の中でこんなに考えているのに、頭の中にはもう一人の優しい思いやりのある自分が存在している。

母親から、「ごめんね」とLINEが来た。
「いいんだよ」と返した。

もう何言ったってわからかいだろうからいいんだよ、と返しただけなんだけどさ。

今は色々言われて疲れてると思うから、こっちからは何も言わない、だけど話す気があるならそれまで待つから、と返した。

なんで自分はこんなに優しくしてしまうのだ。
病んでいるときというのは、相手の言葉が上手く飲み込めないことはメンヘラあるあるだと思います。

 

優しいことばであれ攻撃的な言葉であれ、自分の麻痺した心には届かないですよね、あるある。
それを分かっているから、母親にはそういう対応をしたのだ。

「わかった、ありがとう」
と母親から返事が来た。

もう、分かったから何も言わなくていいよ、放っといてよ。

筆者の頭の中は混乱の渦である。

心配されたい、されたくない、分からない気持ちが渦を巻いている。今もこれを書いていてもよく分からない。

なんでこんなに、自分が疲れている状況であっても母親のことを一番に考えて、今は疲れているだろうからちゃんと考えられる時になったら話してくれたらいいからとか、そういう風に思ってしまうんだろう。自分がわからない。

結局のところ、どんなに母親にぞんざいにされたって、死ぬまで許せないと思ったって、それでも大事にしてしまう、大切にしてしまう。顔色ばかり伺う自分が顔を出して、傷付いた母親を庇おうとする。

傷付いているのは自分だというのに。
もう自分が分からない。

 

母という病」、という母親と子供の関係を描いた本を読んだことがあるけれど、やっぱりどんな存在であっても、母親は母親として大切にしてしまうものなのだろうか。

こんな風に考えたって、どんなに関係が良好になっても、自分のことを理解してくれてたとしても、せいぜい60%くらいの信頼が限度だと思う。それだけ出来たら上等でしょうよ。

上等だ、もう信頼なんていらないから、大事な彼女だけいたらそれでいいから、とそんな自分であるのに、どうしても母親への心配、思いやりの気持ち、罵倒してはいけない、優しく接してあげないと、という気持ち、そんなものがあるのだ。

こんな気持ちなくなってしまえばいいのに、いっそ関心なんて持ちたくない、割り切ってしまいたい、割り切ってしまえたら楽なのに、どうして割り切れないんだ。

辛い、そんな自分も大嫌いだ、

鬱だーーーーーー。

こんな具合である。

 

最悪だ、人生なんて最悪である。

どんなに自分がSOSを出したって、伝わらない人の元には虚しいくらいかなしく伝わらないのだ。

色々考えてしまう自分が大嫌いである。

嫌いで許せない母親、それでも大切にしてしまうわけのわからない気持ち、メンヘラ.jpを見てくれてる皆さんにはあるあるではないでしょうか。

辛いよね、抜け出したいよね。
訳がわからないよ。

少しでもこんな気持ちを消化させたくて、あるある、自分もそうだ、という方もきっといると信じてこの文章を書かせて頂きました。

皆、つよく生きようね。
自分はそんな皆さんの味方でありたい。

最後になりましたが、昨日の夜中、ハジさんの投稿を読んで、今回自分も投稿しよう、という勇気をもらいました。

Xジェンダー、お互い頑張って生きよう。

皆様の味方でいれますように。

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。夜。


【投稿者】
夜 さん

【プロフィール】
大好きなバンドと対バンするまで死なないことを目標に生きているフリーターです。こころのよわい皆さんの味方でありたい。
Twitter : @yorudown


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3 件のコメント

  1. 椿 返信

    私もよく似たようなことがあります。私は母親の「母親という立場」が無意識に自分を行動させているような気がします。

  2. いし川 返信

    とことん「親を許さない自分」を許す事、も試してみると良いかもしれません。醜い自分も許して眺め尽くすと、ある時突然癒しが来ました

  3. 月音山 返信

    夜さん、こんにちは
    伝わらない気持ちのもどかしさが切なく感じました。
    you tubeで開放カウンセラーAruさん、AC専門カウンセラー猪狩祐希さん、
    毒親専門カウンセラー井上秀人さんの動画を具合のいい時に見てみてくだ
    さい。何かのヒントになるかもしれません。もし、すでにご存じだったら、
    すみません。
    どうぞご自愛ください。

    ※ 昨日、回廊さんの記事に間違えて書いてしまいました。
      ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。

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