「自分が嫌い」 なぜそうなったか、どうすべきか

ライフハック 自分嫌い 綿箆マナ

こんにちは、綿箆マナというHNでTwitterをやっている者です。

皆さんは、自分のこと好きですか?

僕はなかなか好きになれません。というよりも、自分が苦手です。

「どんな人が嫌い?」と言われたら、「他人を不快にしているのに、気づかない人」と答えます。その嫌いな人物像が、まさに自分自身なのです。だから、自分が苦手です。

劣等感や、同族嫌悪の跳ね返りで、いつしか自分を認められなくなっていました。

あなたはどうですか?

嫌いな人は自分だ、という人もいるのではないでしょうか。

そういう人たちに共感してもらえればと思い、こうなった過程を書いていきたいと思います。よろしくお願いします。

 

最初のつまずき


僕は現在大学生です。入学当初はとくに自分が嫌いでどうのこうのはなかったです。むしろ好きなくらいでした。大学生活のなかで、人付き合いの苦手さに気付いたところが劣等感の発端です。

温室育ちで甘やかされて育った僕は、協調性、社会的スキルや常識を持っていませんでした。

空気を読む力、暗黙の了解、正論を言うことがいつも正しいとは限らないこと。

それらを知らないまま、体育会系で上下関係がしっかりしている部活に入りました。

結果、先輩や同級生とのコミュニケーションがうまくこなせず、周囲と溝ができました。

自分は人付き合いが不得意という認識や劣等感をもち始めました。欠点を認めたくなくて、自分自身に否定的な考えをするようになりました。それでも、色んな人に迷惑をかけてようやく、苦手意識はありながらも、なんとか社交をこなすようになりました。大体三年ほどかかりました。

 

過剰な同族嫌悪とマウンティング


三年間試行錯誤するうちに、今度は、自分勝手な振る舞いをする人や、基本的な日常会話がこなせない他人も、同族嫌悪で嫌いになり始めました。

自分の汚点を見せつけられているようで、嫌だったのです。

劣等感による空白を補うために、他人の欠点を見下し自分を承認しようという目的も無意識ながらあったと思います。

いつの間にか、社交性のない他人に厳しくなっていました。特に、身勝手な行動に自覚がない人は嫌いでした。

入学から三年と少し経ちました。

相変わらず自分に関して否定的な気持ちはぬぐえませんでしたが、ある程度人付き合いに慣れてきて、人に大きな迷惑をかけることはなくなりました(少なくとも自分はそのつもりでした)。

自己評価は高くなく、劣等感を抱くことも多かったですが、この頃のメンタルは比較的安定していました。

「苦手ではあるが、自分は日々改善しようと頑張って人付き合いをしている。おかげで大したトラブルも起こしていない。一方で、他人に迷惑や不快感を与えながらも、自覚がない奴もいる。少なくともそいつよりはマシだ」

こう考えて自分を承認していました。昔の自分(の象徴としての同族)とは違うのだと、安心したかったのです。

 

実際の自分の姿


しかし、やがてその考えが間違っていたことがわかります。

ある時、もともと親しかった一人の友人と不仲になりました。大きな喧嘩をした訳でもなく、なんとなく互いに避けるようになりました。何が原因だったのか分からなかったので、自分なりに考えました。

そこで初めて気づきました。多くの場面で自分が身勝手な行動をし、相手をイラつかせていたことを。それが原因で、相手は僕に愛想を尽かしたのでした。

今まで馬鹿にしていた、自覚なく他人を不快にする行為、よくよく考えれば、意識していないだけで、自分も何度も繰り返してきていたとわかりました。その友人だけでなく、ありとあらゆる場所で同じように振舞っていました。

僕自身が「自己中心的に振る舞い、それに気づかない、社会性のない奴」だったのです。

会話を無理やり自分の話にもっていく。他人の話を聞けない。頭の中が自分のことばかりで他人に気を使えない。

今までそういう人たちを否定して見下してきました。しかし、自分が同レベルだったのです。

この世で最もなりたくないものが、まさに僕自身になっていました。自分を好きになることができなくなりました。嫌いな人間の典型例が自分なので当然です。劣等感も強くなりました。

結局、その友人とは今でも疎遠です。

 

ここまでと現状


僕は、最初に人付き合いにつまずき、苦手意識をもつようになりました。
やがて少しは立ち回り方が分かってきましたが、今度は同族嫌悪で、似たようなタイプの他人を見下しました。自分を安心させていました。
しかし、実際のところ見下していた人たちと同レベルの立ち振る舞いを自分がしていた事実に気づかされました。
「こうはなりたくない人」に自分自身がなっていたと気づき、自分を認められなくなりました。

現在、反省を活かしてなるべく身勝手に振舞わないよう僕は生きています。多少は人付き合いも慣れてきました。ただ相変わらず失敗も多く、嫌いな人物像と自己認識が重なったままです。上手にできない自分を責めることも多いです。

まだ自分を上手に認めてあげられません。

 

自分が嫌いな人、どうすべきか


失敗すると自分を否定してしまう人。やめましょう。

自分を卑下しても辛いだけで生産性はありませんでした。

せいぜい会話や社交的な場面に苦手意識がつくぐらいです。苦手意識がつぎの失敗を呼び、自分を責めなければいけないイベントが発生します。冷静にミスを受け入れて改善策を考えるほうが余程効率的だと思います。

他人にやたら厳しく否定的な人。個人的には自信がない人が多いと思います。やめましょう。

他人に対して優位性を確認することで安心しても一時的な承認しか得られません。状況はいっさい改善しなかったです。

また、同族嫌悪を強めると自分が同じ失敗をしたときに相当な自己嫌悪に陥ります。

自分(や他人)を冷静に分析することと、欠点があったからといって人格を否定することは全く別物だと最近気づきました。後者にメリットはなかったです。

と、偉そうな理想論を語っても、これが出来たらメンヘラなんてやってないのですが……。考え方の変更ができないからこうやって悩んでいる訳で……。それでも、僕はできる範囲で自分のメンタルと折り合いをつけていきたい所存です。

長文読んでいただきありがとうございました。もし共感してもらえたなら幸いです。


【投稿者】
綿箆マナ さん

【プロフィール】
大学生です。

ブログ:綿箆雑記帳
twitter : @homuty


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1件のコメント

xaf 返信

泣きました。普通、周りの目とか気にして書けないことを書いてくださってありがとうございます。
多分マナさんも完璧主義なんですね。
わたしも自己嫌悪の波に飲まれた人間だからです。自分の顔も醜く見えて耐えられない、自傷行為の嵐です。
わたしも自己嫌悪がどれだけ自分にとって良くない状態か痛感して色々試行錯誤を繰り返しました。わたしがだした結論としては、長所として開き直る(短所を諦める)か、短所を直していくことでした。
わたしはマメではなく根気もなかったので、前者の方を選択しました。
マナさんは、本当に客観的に自分を見つめていて立派だと思います。お互い、幸せになりましょう。

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