醜形恐怖症女子の「自撮り」依存症 盛るたびに自分の顔が嫌いになっていく




こんにちは。突然ですが、皆さんは『自撮り』というものをしたことがありますか?

近年では『セルフィー』『セルカ』という言い方もあるそうですが、私は何故か kawaii言い方がかゆくなる人種なのでここでは『自撮り』という言い方を貫きたいと思います。

私は自撮りをよくします、ライフワークと言っても過言ではありません。

別にメイクの出来を記録したりとかそういう目的ではありません、メイクの記録をするには加工は邪魔ですしね。そう、私の行う自撮りには加工が前提です。

某ビューティーをプラスするカメラアプリで自撮りをし、加工。

たまにそのアプリでは飽き足らず、別のアプリの加工と組み合わせて1枚の自撮り画像を作ることもあります。

個人的な嗜好としては、あのネコミミとか生やしてくれるアプリは好きじゃないです……聞いてないか。

 

自撮りの写真でしか自分を認められない

皆さんは『自撮り』に対してどんなイメージをお持ちですか?

・自分の容姿に自信があるひとのやること。
・ナルシスト。
・芸能人気取り。

いろんなご意見を耳にしますが、個人的には「そんなお気楽な自撮りだけじゃねーよ、こっちは命懸かってんだよ」という意見を持っているので、それをご説明させていただきたく、前回の投稿からあまり日を空けずにまた筆を執った次第です。

 

私は、自分の顔が嫌いです。

時折、自分の顔を晒して街を歩くことに異様な……恐怖心とも羞恥心ともつかない、どろどろした黒い嫌悪感を覚えて、マスクとサングラスをしてしか外に出られなくなります。

一緒に暮らしている家族にすら顔を見られたくなくて家の中でもそれで過ごします、宥められても収まりません。

じゃあ、何故私が自撮りをするのか?

単純に、「画面の中の私の顔なら存在を許せるから」です。

 

ビューティーをプラスするカメラアプリでは、自撮りをする段階でまずかなり補正されて映ります。

肌は滑らかに、目は大きく映ります。無論自動的な加工です。

そこにさらに輪郭を細くしたり(よく時空が歪んでしまっている写真がありますよね、あれです)、目を大きくしたり、あぐらをかいた鼻を細く小さくしたり、更に彫りが深く見えるような陰影をつけたり、どんどん自分の顔から遠ざけるための加工を施します。

最終的に出来上がるのは別人の顔です。

太って丸顔で、獅子鼻でニキビ跡や毛穴の目立つ肌をした平たい顔族の私でも、それなりにまあまあに仕上がるんです、別人になるので。

――それでも、私なんです。被写体になったのは間違いなく私なので。

自撮りの写真でしか、つまり別人レベルに加工された写真でしか自分を認められないんです。

鏡を見れば人生に疲れた連続殺人犯のような顔をした私が視線を返しますが、自撮り写真の中の私は違います。

自分で認められる容姿をした『私』に会えるのは自撮りの中だけで、普通に暮らしていれば存在を許せないような顔をした私でしかいられないんです。

 

自撮り依存症の弊害

自撮り依存も、ここで収まればまだ平和なんですよね、問題は実際に生活した時に発生します。

何かしらの用事が出来て、外出したとします。

街中に鏡は落ちていませんが、もっと効果的にトラップの役割を果たす窓ガラスというものが存在します。

うっかり窓ガラスの前で顔を上げてしまったらもう運の尽き、この世で1番嫌いな醜い顔が此方を見ているんですよ、それが私なんですよ。

特に女性は、この時の絶望感を理解してくださる方も多いのではないかと思います。

 

『身体醜形障害』、俗にいう『醜形恐怖症』という言葉を聞いたことがありますか?

端的に言うなら、「醜い私、嫌い!」となる。それが病の域まで達するのが醜形恐怖症(身体醜形障害)です。

その醜形恐怖がどう出るかは、本当に人それぞれだと思うんですよね。

以前、仲のいい友達から、「お前って自分のことブスだデブだって言う割に自分の外見好きだよね、自撮りとかすごいするし」と半笑いで言われたことがあります。

彼女は写真に映ることを徹底して厭い、今までに自分が映った写真を可能な限り抹消してきたタイプの醜形恐怖持ちです。

彼女からしてみれば私のような醜形恐怖は、「そんなことないよ、可愛いよ」と言ってほしいだけのファッション醜形恐怖、通称『まぢブス女』に見えるのでしょう。

――当時は否定することもつらくて曖昧に笑って返した記憶があります。

言い訳程度に補足するなら、私はSNSに自分の自撮りを掲載する時は「いけるよ!盛れてるよ!」という感じのコメントを添えるので、『まぢブス女』ではないです、カテゴリ的には一応。

おそらくは、人並みに自分の容姿に自己肯定感を持てているタイプの方や、私の友人のような醜形恐怖のタイプの方にはわからないでしょうが、私のようなタイプの醜形恐怖女の自撮りっていうのは、負の連鎖に過ぎないんですよね。

醜い自分から逃避するために自撮りを繰り返すうちに、更に自分の元の顔が嫌いになっていく。自撮りは、ある種ドラッグみたいな危険があると私は思っています。

 

自撮りを、承認欲求を、歪んだ自己肯定を、嗤わないでほしい

じゃあ何なんだ、何が言いたいのか、と言われると返答に詰まります……私個人は、ただ何もしないでほしいだけなので。

中には「可愛いよ」という言葉やいいね機能で承認欲求を満たしてもらいたい人もいるでしょうが、私は別にそれを悪いことだとも思いません、別に『まぢブス女』も悪ではないと思います。

承認欲求を持つことがそんなに悪いことだとは、私には思えないんですよね。

 

ただ、他者が承認欲求を、自己肯定感を得ようと足掻くことを、必要以上に責めないで欲しいとは思います。

私のようなタイプの醜形恐怖持ちが自撮りを繰り返すのは、正直、先にも述べたように負のスパイラルでしかありません。自分でも自覚はあります。

でも仕方ないじゃないですか。そうじゃないと、存在していることが許せないんだもの。

どうか、自撮りを、承認欲求を、歪んだ自己肯定を嗤わないでください。

別に思い上がっているわけではないひとが大半だと思うので。


【投稿者】
祭めぐる さん

【プロフィール】
通院歴13年目に突入した厄介メンヘラ。双極性感情障害。自傷癖は克服済み。ずぼら主婦兼なんちゃってフリーライター。
twitter : @glgl_menhera


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