不安障害を克服するために 不安をコントロールする3つの方法




こんにちはこんばんは。さしすせさそです。

今回は、不安障害になった時のお話をしていきたいと思います。醜形恐怖症と不安障害を同時期に罹患したので当時は本当に地獄でした。本当に辛かった。今はだいぶ落ち着いたので、不安障害はほとんど治ったと言っても過言じゃないと思っています。

それでは、お話していきますね。

 

■不安障害ってなに?

不安障害とは、不安(明確な対象がない恐怖)に関する精神疾患です。かつては不安神経症、全般性不安障害パニック障害といった病名も使われていました。

不安障害(ふあんしょうがい、英:Anxiety disorder)とは、過剰な反すうや心配、恐怖の特徴を有するいくつかの異なる種類の一般的な精神障害を含んだ総称である。不安は、身体と精神の健康に影響を及ぼす可能性がある不確かで現実に基づかないか、あるいは想像上の将来についてである。

(引用:不安障害 – Wikipedia

Wikipediaでは上記の様に定義されています。

私が個人的に体験した不安神経症の症状は、特にこれといったはっきりとした理由も無く、強い不安により恐怖で頭がいっぱいになり、日常生活に支障が出てしまうというものでした。具体的には考えすぎて不眠になる、食欲が無くなる、というような身体症状も出ました。

私の場合、醜形恐怖症から不安障害となったことがとても厄介でした。そしてそれらの症状は、主に仕事に大きな影響を与えたのです。

まず、罹患当時は片耳が聞こえなくなってからの初めての転職ということもあり、「何か大きなミスを起こしてしまうのではないか」という不安から頭が回らず、雪崩のようにミスを起こしてしまいました。

それに加えて、未経験の業種ということで「そんなことも知らないの?」という視線を浴びることが恐怖でした。「クビになってしまうのではないか」という考えてもしょうがないことで、常に頭をいっぱいにしていました。食事を摂ると身体の感覚が鈍るので、ウィダーインゼリーとモンスターエナジーゼロのみを摂取するという日々を続けていました。みるみるうちに体重は落ちていきました。完全に不健康。完全に病的です。

イメージとしては顔にまとわりつくような、刺さるような不安が常に頭から離れないという状態です。理由はありません。ハラハラとした焦燥感で落ち着かず、憂鬱な日々が続きます。

仕事でミスをして、眠れなくなり、肌は荒れ、鏡に映る自分が気持ち悪く、酷く情けなく、生きている意味の無い存在のように感じました。全てが限界のため、家から一番近い心療内科へ行くことにしました。

 

■どんどん不安の渦に飲み込まれていってしまった……

その時の私は、ミスを連発してしまう自分の状態が理解できず、とにかく不安でした。「この状態に病名が付けば、少しは安心できるかもしれない」と考えた私は、ADHD(注意欠陥・多動性障害)の検査が受けられる病院へ行きました。そこでWAISという検査を受けるもADHDの病名はもらえず、ますます不満と不安でイライラが募りました。

(参考記事:「お医者さんは私に病名をくれない」

代わりに言い渡された診断名は、不安障害醜形恐怖症です。その結果に対しても「ADHDじゃなかったってことは、単純に私は仕事ができないだけってこと?」と不満と不安でイライラしっぱなし。常に不安定な状態でいました。この時に病院を変えていれば良かったのかもしれませんが、それすら「また診断されなかったらどうしよう。高い医療費を払わなくてはいけないのに……。」と鬱々としていました。

さらに、ただでさえ仕事で不安なのに、家に帰れば与えられた食費の中で節約をしながら、恋人のご飯も作らなくてはいけない。アポ無しでくる恋人のお母さんの相手をして、掃除をして彼が帰ってくるまでにご飯を作り、お風呂を洗って待つ。この時点で「同棲は無理だ」という結論になりました。自分のことで不安がいっぱいな私に、誰かのことまで思いやる余裕は1ミリもありませんでした。

当然、そんな状態で同棲が続くわけもなく、8ヶ月で夜逃げ同然で実家に戻った時は、身体は痩せほそり骨と皮だけのとてもみすぼらしい状態になっていました。確か38キロぐらいになっていたと思います。

仕事と将来を約束した恋人が無くなった。ある意味、何もかも失った私は、実家で考えます。そして、これからどうしていくかを紙に書きだしました。

私が決めたのは「仕事をしなくては生きていけない。アルバイトから始めて、正社員を目指そう」。

そのために「まずは、心身の健康を取り戻そう」ということでした。

 

■不安障害をコントロールした3つの方法

1.まずは生活リズムを整えることのみ考える

実家に帰ってきて、身体はガリガリ、不安定な情緒と不眠のせいで目はギョロギョロ。挙動不審で病的な様子を母は嘆いてました。

まずは、毎日ご飯を食べて、しっかり寝ること。それだけを意識しました。

不安が頭に張り付いて寝れない日は、眠剤を飲んで無理やりにでも寝ます。とにかく、規則正しいリズムを取り戻して、朝は起きて、お風呂に入ってご飯を食べて、昼間はアルバイトを探して、履歴書を作り、夜は日付が変わる前に寝ました。

病院には通院していましたが、だんだん投薬が少なくなってきました。ちゃんと朝起きて作業をしているせいか、夜には自然と眠くなり、眠剤の処方も無くなって、安定剤だけの処方になりました。

2. 状態が良くなって心に余裕が出てきたので「生きること以外の楽しい事」を考えるようにした

ここでやっと、好きな漫画を読んだり映画を見たり、本を読んだりできるようになりました。

何故はじめからこの「楽しい事」をやらなかったのかというと、「まず仕事を探したりしないと、好きなことをしてはいけないんじゃないか」という罪悪感があったからです。「まずは健康になること。それから仕事も探している。やることはちゃんとやっている」と、「ただ休んでいるわけじゃない」と思うことによって「楽しい事」ができるようになりました。

そしてアルバイトも見つかり、週4で同人誌屋さんでアルバイトしました。バイトをしながらお金を少しずつ貯めて、就活費用を貯めながら好きな漫画を読んで、少しずつ少しずつ前へ進めるように、焦らずやっていきました。

3.何も考えない時間を作る

それでも、病はすぐに完治するものではありません。そんなときは考えなくても済むような、無になれることを探しました。

例えばアルバイトが終わった後、不安で不安で眠れなくなることがありました。そういう時は全身真っ黒のスエットの上に黒いパーカーを羽織って、イヤホンをして、全力疾走で道路沿いを走ります。こういう時の音楽はクラシックなどを聴いていました。とにかく力を出せるだけ出して走ります。声は出しません。腕をしっかり振ります。そうすると、なんにも考えずに、疲れてただ眠たくなります。

他には、もくもくと折り紙を折る、ジグソーパズルをするなど、考えることはやめて、無心で行動できることを意識してやりました。

考えたくなくても不安や焦りが止まらなくなってしまうときには「走る」「折る」「作る」などの目的を持って、無心で身体や手を動かすこと。私の場合はこれが結構効果的でした。

 

■不安はなくならないが、一緒に前へ進むことはできる

今はもう心療内科には通っていませんが、ふと将来に不安があったり、顔のコンディションが悪ければ発狂しそうにもなります。つまり、言ってしまえば生きている以上完全に不安を取り除いて生きるという事は不可能です。

いくら現状に満足していても、この現状がいつか崩れてしまうかもしれない不安。上を目指そうとすれば、果たして上手くいくのかという不安。生きることは不安だらけです。不安を抱えてない人はいません。

ですが、その不安の量は自分でコントロールすることはできます。この不安を無くすのではなく、不安を上手に抱えながら進んでいきましょう。その不安は敵ではなく、もう一人の自分だと思って折り合いをつけてやっていけたらいいなと思います。そんな私の最近の不安は老眼です。老いがそこまで!!!  恐怖!  今年三十路!!

読んでくださってありがとうございました。
終わりまーす!(またね)

 


【執筆者】
さしすせさそ さん

【プロフィール】
総務OL兼ライティング修行中の29歳女
Twitter:@mmmmmmmmmm222

 


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