メンヘラは芸術に救われるのか 負のエネルギーで創作を行う危うさ




こんにちは、冷と申します。美大生をしています。私は中学2年生から半年間不登校でした。3年生から中学に復帰し、それからはいわゆる「普通の」レールに沿って大学に進学しました。

私は何らかの病気・障害等は診断されておらず、メンヘラと自称するには苦しいかもしれません。摂食障害・リストカット等も経験しておらず、何らかの問題を抱えているとも言えないと思います。では、なぜ投稿しようと思い立ったのか。

「孤独感」が常につきまとって離れない。これがずっと私を苦しめ続けているからです。

誰か一人でも信頼できる人間を見つけるということは難しいことです。困ったときに頼れる人間。癒やしてくれる人間。親、兄弟、友達、そういった人たちが信頼できるとは限りません。

じゃあ、ずっと一人で苦しみながら生きていくしかないのか?この不安を吐き出したくて今投稿しています。また、孤独感を武器にする方法についても少しわかってきたところがあるのでお話ししたいと思います。

 

不登校時代

不登校になったきっかけはいじめでしたが、自分がクラスに馴染めなかったという理由が90%ぐらい割合を占めていると思います。

小学校卒業とともに引っ越して、はじめての土地の中学校に入学しましたが全く馴染めず、部活で少し友だちができたので1年耐えましたが、とある「私には関係ないこと」がきっかけで学校に行きづらくなりました。(些細な事ですが、先生から名前を呼ばれたときに笑われたり、周りから邪険にされる、持ち物を隠されたり等、いじめと呼べないかもしれません。けれど私には辛かった)

教室に行こうとすると足が震えて、仮病を使い保健室に行きますが、規定で保健室に1時間以上滞在することはできません。しかたなくまたクラスに戻り、と、そんなことを繰り返していくうちに保健室の先生もだんだん面倒になっているのがわかり、さらに辛くなる、の悪循環でした。

完全に不登校になったきっかけは、早退しようと職員室を訪れて担任に「帰りたいです」と言った日のことです。そして担任に無理やり腕を引っ張られて教室まで連れて行かれたのでした。その後のことは覚えていません。

その出来事があったため次の日にベッドから出ないという決心をしました。不登校生活の始まりでした。

親は学校に抗議し、話し合いの場を持ちました。先生がずらっと並び、対面して、私は父と母と並んで座っていました。私はずっと下を向いていました。何が話し合われたのかは覚えていませんが、早く終われと祈っていました。

私は情けなかった。学校に行けない自分が。それに父と母のことは信頼できませんでした。父は威厳がなく、母はヒステリー気味でした。怒られたとき、ぶったり「死んじまえ」とか言う人間でした。一度高校生の時にブチ切れて、徹底的に母の人格否定をして過去のことを謝らせたときは快感でした。

私はまだ母のことを憎んでいます。いまでもことあるごとに嫌味を言い返します。私が言い返すと母は黙ります。姑息なやりかただし、おかしいですよね。だけどずっと母に苦しんでほしいと思っています。両親はお金を出してくれましたしちゃんと親の義務を果たしてくれています。その点では感謝をするべきなのはわかっています。ただ、精神的な面では全く頼れませんでした。

メラニー・クラインという精神分析家がいます。彼女は母と競争関係にあり、あまりよい関係は築けていなかったそうです。彼女は母のことを「母に悪意はない、ただ気遣いができないだけだ」などと述べたそうです。彼女のようにできた人間だったら良かったのですが……

その後すぐに市の適応指導教室に通い勉強をしました。本当はフリースクールに通うつもりでしたが、お金がかかるというので親が渋り、こちらになりました。本当は少し休みたかった。だけど当時は怒られると思い、すぐに通うことにしました。

フリースクールか、適応指導教室、どちらがいいかは本当に様々なので実際に行って確かめることが大事だと思います。私が痛感したのは、受け皿の数が少なすぎるということでした。選択肢が少ない。「ドロップアウト」した子供は復帰しにくいシステムになっていると感じました。今ではもっと改善されているのでしょうか?当時は理不尽だと強く感じました。

適応指導教室の先生はとても優しく、親身になって勉強を教えてくれました。ただ、私以外にも生徒がいるわけで、ずっと頼るわけにはいきません。先生方のお陰で私は中学3年生のとき違う中学校に転入することに成功しました。卒業まで完全な人間不信だったので友達はできませんでした。とにかくクラスにいる人が怖かったです。しかし高校にどうしても行きたかったので勉強だけは真面目にやりました。

不登校中、両親はとにかく自分の体験を話せと言って色んな場所に連れて行かれました。苦痛でした。「不登校支援センター」という場所にも数回通いました。大体1時間半で1万5千円ぐらいだったでしょうか。私は行っても行かなくてもよかったのですが(お金を払って話を聞いてもらうということに当時は意義を見出せなかった)何かがきっかけで母が勝手に通わせるのをやめました。

そして、こんな私でも無事高校に上がれました(落ちたら死のうと思ってました)。高校では友達もそれなりにできて楽しかったです。しかし孤独感は常につきまといます。やっぱりクラスの人達皆が敵だと思ってしまう。実際私は友だちがいると言っても皆ほど深い付き合いはしていませんでした。

誰も信じられない。高校に上がったら幸せになれると思っていたのに違う。結局、中学の時と同じ、毎日周りと違ってはいないか、変な目で見られてはいないか、何度も何度もこの考えが止まりません。このときから夜にものすごい気分の落ち込みを感じるようになりました。私に原因があるとわかってしまったからです。

 

孤独感と創作意欲

美大に入学し、私はこの孤独感は武器にできると感じるようになりました。周りを見渡すと、作品作りにやる気のない人ばかりです。私は作品を作りたくて仕方ないので不思議でした。この違いは何か。それは、一つの原因としては、実生活に満足しているか否かだと気づいたのです。

毎日幸せに過ごしている人は、これ以上頑張ろうとはなかなか思えない。しかし毎日鬱々と周りを憎みながら生きている人間は、その膨大な負のエネルギーを作品作りに向けることができるのです。

他にも周囲を観察すると、評価されているか否か(評価されている人間はやる気を出しやすい)憧れの存在/目標がいるか否か、で創作意欲が決まるという傾向も発見しました。もちろん例外はありますが、大雑把に言えばこんな感じで作品の質は決まるということがわかったのです。

これは作品作りにかぎらず、全てのものごとに当てはまると思います。負のエネルギーはいわばやる気です。それは向ける方向を間違えてはならない諸刃の剣ですが、うまく使えば非常に役立つものです。趣味、仕事、それらの原動力になりうると感じました。やがてそれらが評価され、目標ができれば、きっと良い方向に進むのではないか?と思うようになりました。

ジレンマです。それは本当に諸刃の剣なのです。孤独感のせいで創作意欲は湧きますが、私の場合今まで恋人もできたことがありません。誰も信じられないからです。だからいつもかなわない人に恋をして苦しくなります。美術がなかったらきっと人を殺していたとさえ思います。苦しいとき、作品内で誰かを殺すことで救われたので、それがあって現在に至っています。

しかし、親も兄弟も友達も信じられないんじゃ、一体誰を信じればいいのでしょうか?自分が悪いのだから他人のせいにすることもできません。いつも助けてくれるのは先生という立場の人ですが、頼りすぎるわけにはいきません。孤独が強いエネルギーだということはわかったのですが、うまい付き合い方が見つけられずにいます。

うまくまとめられなくて申し訳ありません。だんだん苦しさが増してきて抑えられずにいます、上ではああして書きましたが、当の私は評価されてもされても足りません。いい成績、お褒めの言葉、頂いてもその時は舞い上がるほど嬉しいのですが全く足りません。

私の場合、苦しみを癒すための創作が苦しみを必要としてしまっているという状況に陥ってしまっていますが、本来純粋に苦しみを癒すための創作活動は非常に有用なのではないでしょうか。なぜなら、苦しみのぶん深く思考するし、なにより苦しんでいる人の作ったものは例外なく強いエネルギーが宿るからです。これはもう間違いありません。語弊を恐れずに言えば、メンヘラは美術、文学、その他諸々創作活動において強いアドバンテージを持つのです。

いつか精神の安定と創作意欲が両立するときが来るといいのですが。長くて申し訳ありません。読んでいただきありがとうございました。


【投稿者】
冷 さん

【プロフィール】
美大生


【募集】
メンヘラ.jpでは、体験談・エッセイなどの読者投稿を募集しています。
応募はこちらから


2 件のコメント

  1. なつ 返信

    いきなりコメント失礼します。
    私は美大生でも何でもないけど、もやもやした気持ちを塗り絵とか、ただただ紙に気持ちを綴ったりして本当に少しですが気持ちの息抜きをしています。だからあなたが書いたこの記事は凄く共感できました。
    私は趣味と言っていいのかすら微妙なレベルですが…。いつか、気持ちと創作意欲の両立できる日がくるといいですね。そして信じることの出来る人が一人でもあなたの前に現れることを願っています。
    長文失礼しました。

    • ゆう 返信

      コメント失礼します。私も少し前まで美大生でした。負のエネルギーは芸術になるのか。私の場合は芸術になれるほど昇華できませんでしたが少なからず、私にとって絵を描くことが負のエネルギーのはけ口として必要だったことをこの投稿を読んで改めて感じさせてくれました。小学生のときからお絵かきが好きで、でも誰かに見せるのは死ぬほど恥ずかしくて嫌いで、辛い時、苦しい時、寂しい時にこっそりと描いていたのを覚えてます。描くことは私にとって精神安定剤のかわりみたいなものでした。描くという表現に救われたと思います。なのでおっしゃる通り、苦しみや寂しさが軽減してしまった今では描く意欲がもうあまりなくなってしまったのは少し寂しく思うところです。今は描く意欲を誰かのために少しでも湧く事ができたらいいなと。私事をつらつらとすみません。あなたの投稿を見れて良かった。ありがとうございます。失礼します。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)