最初の発達検査から7年 ようやく発達障害の診断が下った話




初めまして。今年になってやっと自閉症スペクトラムの診断がついたkatoと言います。

経歴を語ると、家庭環境とかイジメとか不登校とか高校中退とか友人関係の破綻とかバイトの失敗とか学生生活の失敗とか、色々ありながらもあの手この手でなんとか生き延びた休職中の会社員です。

人生色々あったので色々語れそうなんですけど、私が今日語らせていただきたいのは「発達障害、検査を受けても見過ごされてしまうことがある」ということです。

 

■自分の特性と、診断が出るまでの話

自分の場合、

・飲み会、多人数で喋れない
・ほとんどの人と話が噛み合わない
・あれ、それ、臨機応変に、空気を読んで、といった曖昧な表現がわからない
・失言が多い
・挙動不審、ノリが基本的に変
・TPOがわからない
・とても驚きやすい
・遊びや勉強で一番になること、勝つことにこだわり過ぎてしまい人間関係や自分の健康を損なうことがある
・過去の出来事のフラッシュバックが酷く、日々の生活に支障が出る
・故に嫌われやすく、友達ができにくい、自尊心がめちゃくちゃ低い
・それらのストレスで鬱になったり対人恐怖っぽくなったり、希死念慮が出たりする
・他自閉症スペクトラム、ADHDに当てはまる症状が色々

などの特性があって、人間関係、社会生活に明らかな支障が出ていました。

その関係で17歳の時から精神科に通っていたし、発達障害の検査も受けていたのですが、私に発達障害の診断が出たのは24歳のとき、最初の発達検査を受けてから7年後のことでした。

検査を受けたのは17歳と22歳の時でした。

1度目は17歳、学校に行けなくなって初めて精神科に行った時です。この時は体調が悪く両親に検査結果を聞きに行ってもらったのですが、発達障害だとは伝えられませんでした。(後述しますが、絶対に本人が検査結果を紙面で確認した方がいいです。)また、検査結果を聞いた後、医者が上手く話せない自分に対してイラついていたこと、それを受けて両親が別の病院を探してきたことがあり、その病院には行かなくなってしまいました。

2度目は22歳の時でした。大学進学後やらかすことやトラブルが多すぎたことから、発達障害じゃないかと疑われ、検査を受けることになりました。この時は発達障害グレーゾーンと言われ、診断には至りませんでした。また、この時自分が定型発達だと思い込んでいたこと、色々あって医者が全く信じられなくなっていたことがあり、その後病院に行くのをやめてしまいました。(簡単に病院を変えたり、行かなくなってしまうのは良くないと今は思います。変えた先がいいとも限りません。)

その後なんとか就職できたのですが、社会人になってから、元々あったメンタルの病みと発達の凹凸による困難が爆発しました。職場に迷惑をかけ倒し、ルールがわからなくて苦しんだり、人間関係が全然うまくできなかったり、嫌われたり、希死念慮が酷くて休みすぎたり。果てには常に頭が痛くて、周りの言うことが聞こえなくなったり、何も覚えられなくなったりしました。

「自分は発達障害ではない、2回も検査したのに診断でなかった。努力したらなんとかなるんだ」と思い、コミュニケーション面の苦手を克服しようと何年間もずっと努力してきました。でもあまりにもうまくいかなさすぎました。

そして24歳の時「ここまで努力しても無理なら、多分苦手なことはどれだけ努力してもできないんだ。やっぱり発達障害なんじゃないか。」と思い、過去の検査結果を持って精神科に行きました。

過去の検査結果、これまで努力してきたこと、努力してもできなかったこと、仕事、日常生活で困ってること、過去にあったこと、それらみんな話して「発達障害でもそうでなくてもどっちでもいいから、自分が社会とうまくやって行くための方法を一緒に考えてください」と泣きながら伝えました。

そこでやっと、発達障害の診断が下りました。「あなた、絶対に発達障害だと思いますよ。」と。

 

■どうしてこれまで、発達障害の診断が下りなかったのか

医者の話をまとめると、これまで発達障害だと診断されなかった理由は以下のようなものだそうです。

・知能が高い。そういう人は発達の検査の結果が自分が持っている能力よりも高めに、発達障害に当てはまらないほどの数値として出てしまうことがある。故に見過ごされてしまうことがある

・自閉症スペクトラムの人はのっぺりとした抑揚のない話し方をするが、自分の場合それが全くない。話している感じは定型発達と変わらない(これまで発達障害ではないか?と聞いても、話してる感じ違うと思いますよと言われることがとても多かった。空気が読めないとか感覚過敏とか困っていることを伝えると、やっぱり発達障害かもと言われた。)

・これまでかかった医者が、二次障害に目を向けてしまって発達障害を見過ごしてしまったのかもしれない

・7年前と今では発達障害への関心がかなり違うので、見過ごされてしまったのかもしれない

要するに自分は、とてもわかりにくいタイプの発達障害で、病院や検査でも見過ごされてしまったようです。ぱっと見、話している感じは健常者そのもの、でもよくよく聞いてみると発達障害の特性が強く現れているって感じだそうです。そういや日常生活でも「パッと見普通なのに、喋ってみたらとんでもない変人だったw」ということをよく言われます。あと検査の結果が歪んでしまうってそんなことあるのかって思いました。

また他にも見過ごされた原因として、以下のものがあると思います。

・勉強はできたので、変なところがあっても見過ごされた。(そして社会人になって生きづらさが爆発する)

・小さい頃から変人キャラで通ってしまったし、それで友達ができたり居場所があったりなんとかなった場面も多かったので、そんなものだと思っていた。(なんとかならない場合も多かったけど)

・検査を受けて診断が出なかったので、自分は定型発達だと思い込んでいた。努力でなんとかなると思っていた。

・コミュニケーション能力を鍛えたかったので、発達障害っぽいことすら認めたくなかった。

・両親曰く「まさか発達障害だなんて夢にも思わなかった」とのこと。

・実は1回目の検査結果に「検査結果、コミュニケーションにほぼ問題はなく、発達障害の可能性が低いと思われる。ただこだわりや耳の認知の弱さ、未知のものに対する想像力の欠如など、発達障害者が持つ特徴がいくつか見受けられる」と書いてあったのだが、両親が検査結果を7年間見せてくれなかった。

(何度か検査結果を聞いたのですが、両親はそのことには一度も触れませんでした。どのような思いがあったのかはわかりません。大事なので何度も言います。検査結果は本人が紙面で確認した方がいいと思います。)

勉強ができたり、変なキャラとしてなんとかなってしまった、自分の特性を受け入れられなかった、発達障害の検査結果を正確に確認しなかったのが、見過ごされてしまった要因になったのかもしれません。また周囲の人間に発達障害の知識、理解がなかったために発見が遅れたということもあったのかもしれません。

正直、もっと早くに診断して欲しかったです。特に17歳の時、発達障害の検査結果を紙面で確認しなかった、病院を変えてしまったのは本当に後悔しています。(22歳の2回目の検査の時まで、紙面で結果が出るということを知らなかったので仕方ないのですが。)

あの時に対処していれば、僕の大学、社会人生活は全く違うものになっていたのではないか。もっと生きやすくて、人に迷惑をかけないで済んだのではないのかと。

他にも大学の学生相談室なんかにも頼ったし、病院やカウンセリングも2~30ほど行きました。(進学で病院が変わったり、たらい回しにされたり、誤診されたことがあって医者に不信感を抱いてしまったり、色々あったんです。ただドクターショッピングは良くはないと思います。)

いろんな福祉制度や相談機関を訪れました。それなのにどうしてこれまで見つからなかったのだろう、生きやすくなるような診断が出なかったのだろう。仕方なかったのか。これまでの人生、特にこの苦しかった7年間はなんだったのか。そのあたりの整理はまだついていません。

 

■これらの経験から言えること

ただこれらの経験から言えるのは、

・発達障害の検査を受けても、見過ごされてしまうことがある。
・発達検査の結果は、絶対に本人が確認しにいく。
・発達障害の診断を受けるときは、困っていることをリストアップして、困っていることをしっかりと説明する。
・発達障害の診断が出なかったとしても、発達の凹凸は存在するし、その生きづらさは確かに存在する。

ということです。

twitterのタイムラインで「発達障害っぽいのに検査受けたら診断降りなかった!こんなにしんどいのにどうして?発達障害じゃないなら私の努力が足りないの?」と思い悩む人をたまに見ます。

そういう人には特に伝えたいです。見過ごされてしまうこともある、診断が出ない時もある。でも確かに発達の凹凸や生きづらさは存在するんだと。

また医者に「発達障害の診断の有無は、本人が特性によって生きづらさを強く感じているかどうかが一つの基準になる」と言われました。発達障害の疑いがあって診断を受けたいときは、上手く行っていないことをリストアップして困っていることをちゃんと説明することが大事なのかなと思います。一度発達障害の検査を受けて診断が出なかったとしても、その後も努力してもうまくいかないのであれば、何がどううまくいかないのか、それをまとめて「一緒に考えてください」と訴えるのもありなのでは、と思います。

そして、発達障害の診断の有無に関わらず、自分の特性を把握してケアしていくこと、工夫していくことが大事なのかなと感じます。誰にでも多少の発達の凹凸はある。発達の凹凸があるのはそれ自体が悪いことじゃないし貴方のせいでもない。ただ人によってはそれが生きづらさに繋がることがあるので、診断の有無に関わらず自分でケアしていく必要があるのかなと。

 

私はこれから病院の助けを借りながら、得意、不得意を洗い出して、うまく生きれる方法を探します。幸いにも「興味のあることには詳しい」「過集中」「こだわり」「常識を守る意識がとても薄い(故にとんでもないことを思いつくことがある)」という特性も持っているので、それを活かすような道を探したいと思います。自分の中では専門職か自営業かなと思ってます。専門職で雇われるのが一番な気はするなあ。

どうか私にも皆さんにも、幸せに生きていける道が見つかりますように。


【投稿者】
kato.hk さん

【プロフィール】
色々ありながらもなんとか生きている会社員です。自閉症スペクトラム診断済み。
twitter:@kato_1234h


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