自分が存在する意味はあるのか? 精神疾患と希死念慮に向き合い続けた僕の死生観

コラム 政宗 死生観

お久しぶりです、政宗と申します。またまた投稿させていただきます。

よろしければ前回投稿した記事もお読みください。
(関連記事:精神疾患と向き合い続けた僕が辿り着いた、たったひとつのサバイバル技術

今回のテーマは、僕の抱いている死生観についてです。またくだらない自分語りが入るかもしれませんが、何卒ご了承くださいませ。

 

1.すべてのことの始まり


前回の記事にはさわりの部分だけ書きましたが、僕は四〜五歳の時に、

「自分はなぜ生まれてきたのか、なぜここにいるのか、『自分』を見つめているこの意識は何者なのか?そもそも僕は存在する必要(意味)はあるのか?」

と眠れずに考えていました。

この問いの中で僕にとって一番重要だったのは、「存在する必要(意味)はあるのか?」この一点のみでした。その時点では、「存在する理由がわからない。」といった過程を経て、短絡的にも「存在することは無意味だ。」という結論が僕の希死念慮の萌芽でした。

そして僕は25年間、徐々に強くなっていく希死念慮に抗うために、”生”と対になっている”死”ついて考える方に舵を切ったのです。

 

2.現在に至るまでの過程


小さい頃は、大人たちに「死ってどういうこと?」と聞くと、「お星さまになるんだよ。」や「天国っていう場所に行くんだよ。」などなど”死んだ後”についての答えしか返ってきませんでした。

こちらの質問の意図とは若干ずれた答えばかりが返ってくるのです。僕より賢いはずである大人たちはみな死後の話しかしてくれないのです。僕が知りたいのは死後の話ではなく、”死”そのものについてだったのです。

そこで気が付きました、「ああ、みんな分からないのだ。」と。

結局、25年間かけて答えを求め、哲学書などを読んだりしながら考えて分かったことは、「僕には死の本質はわからない。それと同時に生の本質もわからない」ということでした。

わからないことがわかった、ということになります。

「いやいや、死んだら生きている間に出来ている事が出来なくなるんだよ。」

そう言われるのかもしれませんが、それも死んだ後の話です。

僕が知りたいのは”死”そのもの、それが分かりさえすれば”生”もわかるはずです。”死”という概念の本質が分かっていれば、”生”の本質もすぐに分かるでしょう。僕は”生きる意味”を求めて”死の本質”を探ろうとしているのです。しかし依然として答えが出てきません。

死んで生き返った人がいれば、”死”そのものを教えてくれるかもしれません。しかしこの地球上においてそのような人間とお会いできたことは一度もありません。

 

3.結局、今はどう考えているのか?


結局、今の僕からは、強い希死念慮は消えていません。死ぬことも生きることの意味も依然としてわかっていないのです。

だけれど、今は生と死、どちらに対しても恐怖感はありません。

なぜかというと、今こうして生きている意味・理由があいまいで分かっていないがために、対になっている死の意味・理由も分からないからです。どちらか片方の理由が分かってさえいれば、逆説的にもう一方の意味・理由もわかるはずなのですから。

だからこそ、今の僕は生にも死にも恐怖感がないのです。なぜか? それはわからないものを怖がっても仕方がないからです。

 

4.問いについての確信


「自分はなぜ生まれてきたのか、なぜここにいるのか、『自分』を見つめているこの意識は何者なのか?そもそも僕は存在する必要(意味)はあるのか?」

恐らく、この問いは解決しないでしょう。たぶん一生かけて問い続けるものなのでしょう。そして一生かけても答えが出ない問題なのです。

それでも問うことを放棄してはいけない、とも思うのです。なぜならば問い続けた間に出た考えは応用の利く宝物だからです。

一番重要なのは、問いについての答えが出せない自分を許すこと、それだけでも自分に対する罪悪感が減って幾分か生きやすくなります。解決しないことを受け入れるのも重要だと思うのです。

そしてこういった解決しない問題を受け入れつつも、問い続けるという行為は、あなたの生き方をきっと豊かなものにしてくれます。だからこそ生きていることは楽しいのです。

以上が僕の考えです、死生観と呼べるものかはわかりませんが、皆様の生きるための参考になれば幸いです。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!!

 


【投稿者】
政宗 さん

【プロフィール】
鬱と自律神経失調症と不眠と自殺未遂を経験し、現在統合失調症の治療を受けている29歳です。テキスト書きの仕事を探しています。
Twitter:@b3masamune


【募集】
メンヘラ.jpでは、体験談・エッセイなどの読者投稿を募集しています。
応募はこちらから

この記事のカテゴリ・タグ

コラム 政宗 死生観
このエントリーをはてなブックマークに追加

0件のコメント

コメントを残す

返信をキャンセル
返信先コメント

captcha