「死ぬくらいならやめればいい」ができない




つい最近、グーグルの検索窓にて「死にたい」と検索して、この記事にたどり着きました。

「死にたい」と検索したら「死んではいけません!」と言われるのが嫌だった

この時私は「死んじゃいたい気持ち」と「死ぬためのエネルギー」がちょうどぴったり合わさっていたのですが、それこそ暇つぶし的にこの記事の文字を追っているうちに、「死ぬためのエネルギー」がすーっと消えてしまいました。だから今、こうして文章を書いています。

今回は、私が強く「死んじゃいたい」と思った理由について書きたいと思います。

私は今、美術大学に通っているのですが、高校も美術系の学校でした。その高校で私は、美術部に入りました。絵を描くのがただただ好きでした。

やがてその部活は、「美術大学進学を目指す部」となりました。

また、その顧問の元教え子(つまり私から見た先輩)が私達高校生を、自身の通っている大学に招待し、学内を案内するイベントを企画してくれたりしました。

時は少し飛びますが、無事受験を終え、私は大学生になりました。いつしか先に書いたイベントは伝統化し、大学1年生と2年生が担当する恒例行事のようになっていました。

去年。私が1年生の時は、先輩に指示を出してもらい、そのイベントをなんとか乗り切りました。でも苦痛の方が多かったです。今年になり、私は2年生。本来なら1年生を引っ張って、イベントを成功させるべき立場にいます。ですが、全くやる気が起きないし、やる意味も感じていない。というか正直やりたくない。「人にしてもらったことを返せる人になれ」「意志を継いで欲しい」「今しかできない」とかとかとか……吐きそうになります。頭を後ろから急に殴られたような感じになります。とにかく不快です。苦しいです。まだ何も起きていないのにつらいです。訳がわからないです。

こんな私を同級生はどう思うだろうか。後輩は?私を嫌うだろうか。無責任なヤツだと思われるかな…。

そう思っているうちに1つの考えがうかびました。

「死んじゃえばやる必要ないじゃん」

この企画から降りることよりも、死ぬことの方が簡単で、理にかなっていると、その時は本気で思っていました。死んでしまえばやる必要はないし、できないのはしょうがないよね。じゃあ死んじゃおう。本当にそんな感じでした。

ですが冷静に考えると当たり前ですが、ただやりたくないならこの企画から降りればいいし、何も死ぬこたぁないじゃないか。と、今なら思えます。

やめたら周りにどう思われるか気にしてやめることができずに、結局苦しいままなのは嫌だなあ。やめちゃいたいなぁ。と思います。ただ私は臆病なので、あとひと押し、ひと押しじゃ足りないかもしれないけれど、誰かに背中を押してもらいたいのです。「やめてもいいよ」って。「平気だよ」って。本当なら自分で自分に言ってあげるべきなんだろうけど、自分じゃそれができないです。何人かから「最低だ」って思われる方が、死んじゃうよりマシですよね?


【投稿者】
ミヨ さん

【プロフィール】
美術大学に通っています。2年生です。


【募集】
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2 件のコメント

  1. 返信

    死んじゃう方が、何人かから「最低だ」って思われるよりマシ

  2. 何か 返信

    この文章を読んで自然と涙が流れました。少しだけ冷静になることができました。

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