東大に行きたい 閉鎖病棟に入院しても高校を中退しても諦められない夢

コラム まゆ 東京大学

書こうと思ったきっかけは、まーさんの投稿からです。同じような人と一緒に、ペンを握り 勉強に励むことができたらと思い投稿しました。
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私は、小学生の頃から勉強机に縛りつけられていました。しかし、成績がよかったことはありません。ずっと、自分の学力がコンプレックスでした。

中学で受験をして、中高一貫の学校に入りました。中学3年間は、ビリから3番以内をずっとウロウロしていた成績でした。一貫校なので受験せずに高校に入った時、コンプレックスが爆発し、何を血迷ったのか東大を目指し始めました。殴られても勉強しなかった私が、1日に17時間勉強し始めました。しかし、それも長くは続かず、6月から頭がおかしくなりました。精神科に通うも虚しく、学校には週一で通うのがやっと。塾は、4ヶ月で3回変えました。

9月ごろには本当にもうダメで、アームカットを繰り返し、10月に閉鎖病棟に入院させられました。3ヶ月経って退院したとき、目の前にぽっと退学届を出されました。薬で朦朧としている私に、親と先生が無理矢理ペンを持たせてサインを書かされました。大好きだった、部活のユニフォームや道具、教科書に体育着など、学校に置いたままだったものは、全部先生に処分されました。

それから寮制のフリースクールに入れられ、精神科の先生のサポートも受けながら、5ヶ月で精神薬を断薬しました。統合失調症なのに、断薬できたんです。これはすごいことです。その時は何も問題ありませんでした。

ただ、それからすぐに私は躁っぽい状態になり、フリースクールを逃げ出しました。私がそこに入学した時、そこの先生は「お前が幸せに生きられるようにしてやる」と言っていたけれど、精神病の私を相手にするのが疲れたのか、今までの不満を電話越しにぶちまけられて、たくさんのお金をとられて縁を切られました。

その2ヶ月後、家庭教師で有名な某塾の通信制高校に入学しました。はじめは、しっかり毎日7時間勉強していました。でもその5ヶ月後、私は潰れてしまいました。コンビニで週4回バイトして、宿題もせず、わずかな時間個別指導を受けて、残りの時間は、東京大学のことを考えています。ならば勉強しろよと誰もが思うでしょう、でも、手が動かないんです。

 

先週、初めて家出をしました。ある山中で一晩過ごしました。強姦されてもいい、熊に食い殺されても、なんでもいいと思っていました。でも林で身を潜めていた時、私の心が、生きたいと叫んでいることに、私自身が生きることにものすごく執着していることに気づき、びっくりしました。びっくり。

これまで何度も死のうとしたことはありました。でもその都度「東大生として胸をはって生きている輝いている自分」を想像して、東大に入ることだけを希望に思いとどまってきました。

学歴社会は、私達に大きな爪痕を残していきました。学歴社会のおかげで成功できる人間がいる一方、人生が台無しになる人間もいます。祖父、父と超難関国立大出身で、私も彼らのしごきを受けましたが、私は女、耐えられませんでした。

「東大に行きたい」そう口を開くと、私の成績を知る人間はみな馬鹿にします。「身の程を知れ」と。「東大に入れないなら死ぬしかない」、私の中でこれが運命となり、心の呪縛となった今、これらの言葉は私をより一層死に追い込みます。

近々、また精神科に通うようになるようです。同じような悩みを持つ方、一緒に勉強したい方は、お声かけください。

 


【投稿者】
まゆ さん

【プロフィール】
父親がACで、私もACになってしまった17歳。2014年に閉鎖病棟入院を経験、2015年に高校中退。
Twitter:@sakura2012mayu


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1件のコメント

ねん 返信

7/7に掲載された、「大学受験に失敗 初めての挫折から立ち直れない」
という記事を書いた、ねんです。お気持ちほんとうに分かります。志望校に行けないから死にたいと何回も思ったけど、志望校に行ってる自分を想像してずっと死ねずにいます。

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