5度の自殺未遂を経て「とりあえず生きる」という選択肢を選んだ

コラム 自殺未遂 オレンジ

幼少期から父の借金に苦しむ母を見てきたため、漠然と「母を守っていかなければ」「心配や迷惑はかけない」と強く思いながら大人になった。

元々正義感を振りかざし、相手を容赦なく責める気性の荒い私だったが、5年前の職場で、知らず知らず自分を抑えつけ、自責する癖を身に付けた。幸い、仕事にやりがいがあり面白かったことが救いであり、しかし今なお退職したことを悔やむ要因となっている。

希死念慮は高校生の頃から漠然と抱いていたが、自殺未遂と呼べる行為をするようになったのは5年前の職場を退職した2年前、つまり今から7年前からだ。

しかし、2度のODも、3度の首吊りも完遂することはなかった。本能に守られてしまった。そして、私には自分で死ぬことができないと絶望し、大好きだったODへの関心も失せ、仕方ないから百歩譲って一旦生きることに決めた。決めたの3週間前だけど。

あんなに母を大事に思ってきたのに、私には母を背負える器などなかった、と納得した。母の目に映る私が、母にとって都合の良い娘であれば良いということだったので、そもそも私という人間に中身などなかったわけだ。

母のために、という一心だったために、一時期は責める対象が母になったこともあった。気が済むまで殴れと言われたこともあった。今では遠い昔に思える。

そして、気づく。母との関係を改善し、虚勢を張らない本当の自分を受け入れることが、私が生きる第一歩だと。

でも、自己肯定の仕方も、母への接し方も、私にはわからない。自分を許すことができない。どうやったら許したことになるのかわからない。そもそも許していいんだろうか。この1週間はそんなことを考えながら過ごしている。

そもそも私の生きるという選択を、私自身、現実的に受け入れられているのかもわからない。
あぁ、また明日も朝が来る。

 


【投稿者】
オレンジ さん

【プロフィール】
31歳、♀、無職、希死念慮と戦ったり戦わなかったりしながら、障害年金と親の援助で一人暮らし中。


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2件のコメント

あーたろ 返信

コメント欄をオレンジさんが見るかわかりませんがオレンジさんに伝えたい事があるのでコメントさせて頂きます。

オレンジさんの記事を読んで所々私と重なるところがあって共感をしました。
自己肯定を育てるために、自分を許せるようになるために
、私は今、どんなに小さなことでも出来たこと、良かったことがあったら意識して自分を褒めて認める、ということをしてます。

オレンジ 返信

>あーたろさん
ありがとうございます。オレンジです。
自己肯定が本当に苦手で、自身と向き合うことの難しさを感じます。
今は何もできない日もあれば、アクティブな日もありますが、小さなことを見逃さず、一旦受け止めるように意識してみたいと思います。

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