ADHDの衝動性だけで台湾に語学留学した話

体験談 ADHD(注意欠如多動性障害) 羊のtowel

衝動性を抑えきれないまま大人になりました。


はじめまして、私は来年30才を迎えることになりそうなADHDです。ASDの診断もあります。中学生の時にADHDと診断され、今に至ります。

主な困りごとは、不注意で怪我が絶えないこと。
そして、思い立ったが吉日でなんでもやってしまうこと。興味がないことは一切できないことです。と書いてしまうと、ものすごく積極的で明るい人のようにも思えますが、実際はコミュニケーションが下手くそで、消極的なインドア派です。また、死に対する恐怖が強く、毎夜毎夜「自分はいつか死ぬんだ…」という恐怖に襲われ、一人叫んだりしています。

そんな私ですが、衝動性が強いのが取り柄でもあり、悩みでもあります。

常に刺激が欲しい性質のようで、毎日同じことばかりしてると飽きてしまいます。ハマるとそればかり。グワッと熱されて、サーッと冷めてしまいます。冷める時は、だいたい上手くいかなくなった時。そして「何でこれが自分に出来ると思ったんだ!勘違いしてるんじゃねぇぞ!」と自己嫌悪に陥ってしまいます。面倒な性格ですね。

仕事は5回変わりました。ニートだった時期も長かったです。

上手かどうかは別として、手芸は一通りやりました。味噌作りを楽しんでいた時期もありました。タロット占いを習得して他人を占ったり、SMの緊縛にハマってたこともありました。

「あ、やってみよう」と思った次の日には、髪を緑に染めたり。鼻にピアスを開けたり。多趣味なわけじゃないんです。器用でもないし、ただ、「これだ!」と思ったら、やってしまうんです。

 

「人生がつまらなすぎる」が衝動性の引き金


1年半務めた会社を退職してから、半年経った2016年のある日。
クラウドソーシングで依頼されたテープ起こしの仕事をしながら、ふと、「このまま死んでいくとしたら、私の人生つまらなすぎる」と思ったのです。今となっては、それは言い過ぎでしょ、と思います。半年家に引きこもってパソコンに向かっていただけで「このまま死んでいく…!」とか極端すぎるだろ、と今なら。

その時の自分は、「もうダメだ、死ぬ…こんな人生価値がない…」的な迷宮に入り込んでいました。

そして突然、衝動的に「あ、海外行こう」という考えが頭に浮かんだのです。

 

じゃあ、台湾にしよう


なぜ海外なのか、特に理由はない。とにかく行こう、行かなきゃ始まらない、と思ってしまいました…。じゃあどこに行くか。正直、どこでも良かったです。

何をしにいこう、語学留学にしよう。

英語は興味ないから、タイ語がいいな。え?タイは今喪中な感じなの?じゃあ台湾で。

台湾の語学留学、50万あれば3ヶ月暮らせるのか。…よし、いける。

そんな感じで、3日ほどかけてババババッと台湾留学の情報を掻き集め、1週間後には入学手続きを行っていました。「今すぐ行きたい!!」と思う私でしたが、授業スケジュールの関係上、実際に入学するのは3ヶ月後。その時から「これ、いつもの衝動性だよね」とは思っていたんです。

なので、「この3カ月で気持ちが変わったらどうしよう…」という不安がありました。


海外に行くには、いろいろと手続きが必要です。

今回、私が選んだのは3カ月のコース。教科書の初級一冊目が修了する、いわば一年生の一学期目です。入学手続きの書類も、オンラインテストも、書かれてある文字は全て英語と中国語。胸が高鳴らないわけない。新しい環境が大好きなんだ私は。

一番重要だった住む場所は、念入りにブログや口コミでリサーチして決めました。

私が選んだのは、外国籍の人が多めのシェアハウス。しかも、個室は二人部屋を選びました。金銭的な理由が一番ではあるのですが、私は聴覚過敏を持っていて、「他人と生活を共にするなんて最悪!」と思っているような人間なので、自分でも思い切った選択をしたな…と思います。きっと当時は初めてのシェアハウス生活に舞い上がっていたのでしょう。

 

徐々に高まる台湾熱


「よし、じゃあ台湾にしよう」と思ってから台湾のことを調べ始めた私。それまでは、台湾についてあまり詳しくは知りませんでした。

「夜市が有名なのね。」「あ、灯篭祭りみたいなのがあるのって台湾なんだ」「臭豆腐って食べてみたいな。」と、いろんな人のブログなどを見て勉強しました。

また、台湾で使われている中国語の勉強も少しだけ。「語学センターでの授業は英語と中国語で行います」ということだったので、それも私をドキドキさせました。英語も中国語も分からないのに、躓かないわけがない!だけど、すごく楽しみでした。

 

1ヶ月目はひゃっほー!期


発達障害と関係ないようであるような気がしますが、私は体調を崩しやすい人です。

台湾での1カ月目は、テンションは高いのに体調が最悪でした。

突然生活が変わってしまったことに、手から足先まで謎の湿疹が。ドラッグストアに行って「これっぽくない?」という薬をいくつか買って、塗って治しました。また、40度の高熱が1週間続くことも。

これにはさすがに「え、デング熱じゃない…?」という恐怖がよぎり、ルームメイトの日本人から病院で使う中国語を教わり、深夜に一人で病院へ行ったりもしました。いまいち体調は良くなかったけれど、それでも新しい環境に対して「ひゃっほー!」していました。

国際的なシェアハウスや語学センター、そして、日本では見たことがない食べ物、街並み、電飾、人々。これはもう興奮するしかない!さらに、日本ではド田舎に住んでいた私は、台北の大都会感にもテンションが上がっていました。

大きくてかっこいい感じのクラブもある。バーもある。三越的なビルもたくさんある!台湾1カ月目の私は、平日は語学センターで中国語を学び、休日は観光スポットを巡りつつ、夜な夜な街に出かけて真新しいものを見て楽しんでいました。

 

2ヶ月目は自己嫌悪期


2ヶ月目に、ふと気づきました。「あれ、語学留学してるのに誰とも話してなくない?」と。

シェアハウスの中では、中国語が公用語でした。私がいたシェアハウスは私を含めて10人。台湾人の他に、韓国人やアメリカ人、カナダ人、日本人が混ざって暮らしていました。私以外の人はみんな中国語がペラペラ。

私の中国語習得レベルといえば、ルームメイトとは「おはよう」とか「ごはん何食べた?」とか「今からお風呂入って良い?」的な会話は出来るけど、例えば「最近どう?」みたいな日常会話や恋バナ、仕事の悩みなんかは当然分からないというレベル。たまに話しかけてくれる人がいたとしても、話が繋がらずふわっと終わってしまいます。

そもそも大勢でワイワイするのが苦手なのに、知らない言葉なら尚更つらい。自分を除いた9人が、リビングで楽しそうに話している中、私は自分の部屋に引きこもるようになりました。

一人ベッドに横になり、マインクラフトPEをしながら「なんでこんなところに来ちゃったんだろう、自分なんかにはそもそも無理だったんだよ…衝動だけで動くもんじゃないよ…」と落ち込んでいました。

 

3ヶ月目はエンジョイ期


台湾での3カ月、私が一番感謝しているのは、二人部屋の相方だった同年代の台湾人、Zさんです。初対面の時からその人は、もう、どう見ても日本のオタクカルチャーが大好きっ子でした。毎夜見ているアニメは日本のアニメだったし、声優のCDを机に飾っていました。

ある日、アニメを見ながら一人でニヤニヤしているZさんに「それってラブライブだよね?」と聞いてみると、「ふぉ~!知ってるの!?」とテンションが爆発。それからは、よく二人でベッドでごろごろしながら話をするようになりました。高校時代に流行った曲が「ニコニコ組曲」って、ヤバいな台湾、と思いました。

共通点があると仲良くなるのが早く、Zさんにはおすすめのアニメや漫画を教えてもらったり、おすすめの牛肉麺のお店に連れていってもらったりするようになりました。

また、Zさんと一緒にいることで、他のルームメイトとも話がはずむようになって、気付くとリビングでみんなでジェンガをして遊んだり、パーティを開くほど仲良くなれました。

 

だけどやっぱり一人が好き


私はやっぱり、一人行動が大好きです。誰かと一緒にいると、極度に疲れてしまいます。それに、正直なところ、あまり人に興味がなかったりもします。

2ヶ月目、あんなに悩んでいた人間関係も、3カ月目にはあっさりと落ち着き、休日は、自分のために使うようになりました。一人で九份、一人で士林夜市、一人で猫空、一人でエステ、一人で同性婚のデモ、一人で怪しいピアススタジオ、一人で美術館。だいたいどこでも一人で行きました。「もったいない」と思う人もいるかもしれませんが、私はとても満喫していました。

そして気が付くともう3カ月。本当にあっという間に終わってしまいました。

 

衝動的な行動でも反省はしてない


私はあまり、後悔をしません。反省することはたくさんあります。特に、衝動的な行動をしてしまうと「もっとよく考えたら良かった…今度からは冷静になろう」と反省します。特に、他人に迷惑をかけてしまった時には落ち込んでしまいます。

ですが、今回の衝動的な台湾留学については、後悔も反省もしていません。私は、経験は何よりの宝だと思っています。私がこれまでしてきた数えきれない衝動的な行いの数々も、経験だと思えば価値のあるものです。

また、日本にいる頃、毎夜、死ぬのが怖くて「うおー!」と叫び出していたのに、台湾の3ヶ月では一切起こらなかったのです。死の恐怖が入る隙間がないぐらい充実していたのかもしれません。

また近いうち、台湾に行きたいと思いますが、いつ行けるかは分かりません。
ただ、これからも、後悔しない程度に、迷惑をかけない程度に、自分が「生きてる!」と思える、刺激的で楽しい人生を生きていきたいと思いました。

 


【投稿者】
羊のtowel さん

【プロフィール】
ADHD/ASDの29才。


【募集】
メンヘラ.jpでは、体験談・エッセイなどの読者投稿を募集しています。
応募はこちらから

この記事のカテゴリ・タグ

体験談 ADHD(注意欠如多動性障害) 羊のtowel
このエントリーをはてなブックマークに追加

0件のコメント

コメントを残す

返信をキャンセル
返信先コメント

captcha