ADHD、自傷行為。苦しんだ経験を活かして看護師になる決意をした

体験談 自傷行為 ADHD(注意欠如多動性障害) 桜子 境界性パーソナリティー障害

この投稿を読んでいる人の多くは、自分が生きづらさを感じていたり、自分の大切な人が辛い思いをしている人だと思う。この記事はあくまで一例だということをご理解頂きたい。

 

17歳の冬、僕は死んだ。

話はその1年前の16歳の冬に遡る。僕は真面目で、それでいてひょうきんなどこにでもいる女子高生である筈だった。しかし、看護師になるための病院実習が始まり、僕は同級生より明らかに遅れていた。

ある時は患者さんのベッド柵をつけ忘れ、ある時は患者さんの体をきれいに拭くためにお湯を汲んだはずが、冷水を汲んで来てしまった。僕は当然真面目にやっていた。最初はふざけていると思われて、先生達から叱責された。そんな事が続き、僕はある日先生から「あなたは普通じゃない。普通はこんなことしない。」と言われた。

普通って何だ?僕は普通じゃないのか?僕は何回も自問自答を繰り返した。

そんなある時、僕はインターネットで発達障害というものを知った。「ADHD(注意欠如多動症)」という疾患が今の僕、いや、今までの僕の人生を苦しめてきたものと一致した。

僕は思えば多動児だった。小学生の頃から落ち着きがなく、授業中に席を立って教室を飛び出しては授業を中断させていた。周りからは変わり者と思われて幼稚園から中学校に至るまでいじめられていた。

 

僕は精神科の門を叩く事を決意した。

「僕が発達障害かは分からない。違ったならそれでいい。でももしそうなら、治したい。」
その思いを母親にぶちまけた。

母親は「あんたの努力が足りんだけ。そんなものみんな当てはまる。」と僕を軽くあしらった。

僕は母の言葉を真に受け、自分の努力が足りないだけだと必死に努力した。しかし、結果は出なかった。

病院に実習記録を忘れた、患者さんのおむつを交換したが、汚れたおむつを患者さんの所に置きっぱなしにした…。僕の努力が足りないのが悪い、僕が努力しないのが悪い、僕がダメなのが悪い、僕が悪い、僕が悪い。そんな風に考えるようになり、僕はリストカットをするようになった。夜眠れなくなり、食欲もなくなり、50kgあった体重はいつの間にか10kg以上落ちていた。

17歳の冬、見かねた母親が漸く僕を精神科に連れて行った。

そこで僕は「あなたは典型的なADHDです。今まで辛かったわね。」と先生に言ってもらえた。

「ああ、僕の努力が足りないわけじゃなかったんだ。」僕は少しそう思った。だが、母はその日から僕と目を合わせず口も利いてくれなくなった。弟に「私は障害者を産んでしまった。あんな子産まなきゃ良かった。」と母は零していた。

そして僕は壊れた。

処方されていた睡眠薬を全部飲んだ。気づいたら僕は病院で鼻から管を入れられていた。

それから僕と家族の中に嵐が吹き荒れた。父親は僕のことを「キチガイ」呼ばわりして部屋に閉じ込めた。少しでも反抗的な態度を取ると血が出るまで殴られた。母親は「私のせいであなたはそうなったんでしょ!?私が死ねばいいの!?」と責め立てた。

僕は誰からも愛されない。僕は要らない。少しでも気に入らないことがあるとリストカット、OD、何でもやった。時には暴れて大声を出し壁に穴を開けたりガラスを割った。そんな僕にはADHDの他に境界性パーソナリティ障害という病名もついた。

僕は高校のクラスでも浮いた存在になっていた。

 

そんな日々を過ごすうちにいつの間にか19歳になった。その夏、僕は運命を変える出会いをする。

「次リストカットしたら退学してもらいます。」という言葉で、僕はギリギリの所で踏みとどまり、病院実習へ行った。一般病院で僕が受け持たせてもらったのはうつ病の患者さんだった。

「あの人も辛いんだ、辛い時ってこういう風に言ってもらえたら、僕だったら嬉しいよな。」そんな風に関わったら最初全ての援助を拒否していた患者さんが次第に心を開いてくれた。僕に悩みごとや家族のことを話してくれるようになった。その患者さんに言われた言葉は今でも忘れない。

「あんたは私のこと本当に考えてくれるんだね。あんたみたいな人はなかなかいないよ。あんたはいい看護師になる、頑張りなさいよ。あんたに出会えてよかったよ。」

僕は思った。

僕は病気だけど、同じように苦しむ人の役には立てるんじゃないか?気持ちを少しだけ分かって看護できるんじゃないか?

僕には生きる理由ができた。僕は思春期青年期の精神科看護師になりたいと思った。

それから、僕は少しずつ自傷行為をしなくなった。

20歳の春、僕は精神科看護師になった。それから一般病院で経験を積もうと思って転職したり、辛いことがあって挫けて精神科に入院したけど、それはまた別の機会に話すとしよう。

そして今、僕は思春期青年期の精神科ナースだ。患者さんはどこにも居場所がない、生きる理由がない17歳の僕みたいな人、頑張りすぎちゃったお兄さんお姉さん。

僕にしかできない看護があると、僕だからできる看護があると信じて僕は白衣に袖を通し、二重扉を開けて患者さんに向き合う。

 


【投稿者】
桜子 さん

【プロフィール】
20代女性。広島県在住。注意欠如多動症、境界性パーソナリティ障害の診断で精神科通院中。20歳で看護師となる。


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