話したくても声が出せない 場面緘黙症かもしれない私の声




はじめまして。あきよと申します。役に立つ情報というわけではないのですが、同じような方がいらっしゃるかもしれないと思い、これを書いています。

 

これは私の、声の話です。

私は昔から人と話すのが上手ではない子供だったのですが、必要な会話に支障はなかったので、ただ人見知りしやすいのだろうと思って、ぼへーっと過ごしていました。中学不登校を経て高校生になり、日常会話に支障が出ていることに気がつきました。

声を出すのに時間がかかり、声を出したと思えば途切れ途切れでかすれまくり、震えまくり。頭をぶつけたときの「あいたっ!」とか、条件反射的に出る声は普通ですし、家族とは何の問題もなく話をすることはできるので、どうやら他人に認識されると声がうまく出ないようです。

私の声は私の体では居心地が悪いのかもしれません。声を出す意欲が根っこから消えるというか、喉と胸の筋肉が動かせないような、ふしぎな感覚です。

「場面緘黙(ばめんかんもく)」で検索すると、私と同じ状態なのかもしれない記事がけっこう出てきます。いろいろな障害や疾患に関連しているようないないような……?詳しくわからないのでここでは言及しませんが、人によっては「体が動かしにくくなることもある」らしいということだけは補足しておきます。

 

家を出て、バスに乗って、電車に乗って、最後にエレベーターに乗って、学校に到着すると、私は挨拶一つできなくなっています。毎度のことながらびっくりします。そういうこともあるので、挨拶が無かっただけで「育ちが悪い」とか「躾がなってない」って言うのはちょっと待ってちょうだいな〜と密かに思っています。普段から意思を無視されがちなので、一方的に決めつけられるのはとても嫌です。激おこです。

もちろん社会的に困難なので一時期通院していたのですが、全力で叫ぶ勢いで声を出しても、聞こえるか聞こえないかの不安定な声しか出せないのがつらくて行かなくなっちゃいました。メモを持っていけばよかったんじゃ……と思うんですが、当時の私にそんな発想はありませんでした。使えるものはじゃんじゃか使っちゃいましょうね!今はまたちゃんと通おうと思っています。お薬が効くこともあるらしいので、小さな希望にしています。

必要な場面で声を出せないこと。これは思っていたよりずっと困りものです。助けが呼べない。電話もできない。自己紹介なんてもってのほか。ヒトカラすら難しい。自分の気持ちを言い表す習慣がないので、不適切な対処をしてしまいがちだったり。コミュニケーションを通じて成長できなかったので、同年代と比べて未熟だったり。卒業したらどうなっちゃうんだろう、と言う気持ちがずっと横たわっています。死にたくはないのですが、自分がこの先何年も生きているという気もあまりしないのです。たぶん生きてると思いますけれど……。未来は怖いですね。

冒頭で「私と同じような方」と書いたのですが、ここまで書いて読み返してみると、私がちゃんと居る、こんな私でもちゃんと居るのだと、少しでも知られたかったのだなあ、という気持ちです。新たな発見ですね。やはり孤独は恐ろしいのです。知られると自分を失うのに、何だか矛盾していますが。

 

もしも周りに私と似た人がいたら、その人が声を出さないことを責めないでくれたらうれしいです。もしもあなたがそうであるなら、自分の身を守る手段を一つでも多く見つけてくれたら安心です。誰にでも共通することですが、自分のことを責めないで……せめて、寝る前ぐらいは、ふわふわの毛玉のことを考えていても良いと思います。

私は、誰かに向けて長い文章を書くのは初めてのことでした。きっと書きたくて仕方なかったのでしょう。どこをどう直したらいいのかわからないので、このあたりで締めることにして、このまま送ってしまいます。読んでくださる方には申し訳ないばかりです。最後まで読んでくださって本当にありがとうございます。

住宅街で叫んでみたい。あきよでした。

 


【執筆者】
あきよ さん

【プロフィール】
通信制高校三年生。進路未定。生きるのが怖い。


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3 件のコメント

  1. koekake 返信

    文章を読むと、フランクな語り口調で発想も豊かな方だなと感じます。
    「実は根明」疑惑w
    周りが自分に何を求めてかなんてポイッとしちゃいましょう。
    あるいは同じような文章を書いて書いて書きまくって、
    いつか勝手に声に漏れるくらいまで書き続けてみるのもいいかもしれませんね。

    • 返信

      「文章を読むと、フランクな語り口調で発想も豊かな方だなと感じます」。ぼくも思いました!
      随所に垣間見えるユーモアにおもわずクスっとしました。
      シリアスなことをユーモアに包んで伝えるのってなかなか難しい。そして素敵だなと思いました。

      住宅街で一緒に叫びたい。ハルでした(連続投稿失礼しました~)

  2. 返信

    はじめまして、発達障害当事者のハルといいます。ぼく自身は場面緘黙症ではありませんが、発達の知り合いの中には場面緘黙を併存していた方が数名いらっしゃいました。

    前書きに「役立つ情報ではない」と書かれていましたが、そんなことありません。場面緘黙を発症していない自分にとって役立つ文章でした。
    症状を知らないと悪気なく一方的に捉えてしまうことはあります(嫌な気持ちや激おこにさせてしまって申し訳ない)。しかし、症状の具体的な概要や当事者の心理を知ることで理解を深めれば、察することや受け入れることが可能になるでしょう。あきよさんの人間性に触れてみたいと思う人にとっても場面緘黙を知ることはきっと大切でしょう。

    まあ、なにより、ひとりで孤独と戦っているあきよさんの心の声をきけてよかったです。

    誰かに自分の気持ちを話せたこの投稿は、あきよさんの未来に繋がっています。
    「誰か」とは、イコール「社会」です。あきよさんにとって「社会」とは「ぼく」です。つまり、あきよさん以外の「誰か」です。
    先に書いた場面緘黙を併存した発達の知人のひとりは会社員で、長年(傷だらけになりながらも)働いてらっしゃいます。
    また別の方は、発達障害のグループの活動に精を出され、人が大勢集まるイベントにて自分の経験談をスピーチをされていました。
    インターネットとリアルは別物だとぼくは思いません。ちゃんと社会と繋がっています。ちゃんと未来に繋がっています。あきよさんの未来がどうか、明るい未来でありますように。陰ながら祈っています。

    最後に改めて。
    あきよさんの心の声、ちゃんと届きました。教えてくれてどうもありがとう。

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