義理の姉の自死で決断した離婚。そして残ったもの

体験談 自殺 自死遺族 sena

前の旦那の義理姉は3年前の冬に自殺した。

自宅のベッド脚にタオルをまき、首を吊った。偶然正午に帰宅した義理兄が見つけたが、もう遅かった。

その日、私は精神科への通院日だった。診察が終わり会計待ちをしていたところ、知らない番号からの着信がたくさん携帯電話に残っていた。

2件の留守電があり、1人は義理兄から「お願いだから折り返し連絡ちょうだい」だけだった。院内だったので会計の後に連絡しようと思っていた。もう1件は義母からだった。「お姉ちゃん死んじゃった。昨日何があったの」

その留守電を聞いて私は院内で自動販売機に何度も頭を叩きつけ、自分の髪の毛をむしりながら奇声を発していた。見かけた看護婦がベッドへ案内し、安定剤を飲みながら眠っていたところ、警察から連絡があり事情聴取された。「最後に彼女と会ったのはあなただよね。何があったのか」と尋ねられたけど、「あるけど言えません」と答えて電話を切り、安定剤が効くまで眠った。

夕方、葬祭会館の一室で青白く、頬を触ると冷たいが義理姉が眠っていた。

私は理解できなかった。

なぜなら義理姉が亡くなるまで、義理姉に「死にたい」「もう辛い」と呟き相談していたのは私だったから。

元旦那は浮気性だった。何度注意しても直らず、「お前が仕事ばかり夢中になるからだ」「こっちは仕事で疲れているのに、精神病の人間がいる家に帰ったって休まらないんだよ」と、呆れてこちら側が何も言えない言葉を発せられ、離婚を何度も考えた。

実家の母親に相談すると「女は家庭に入り、男性を癒す場所をつくるのが仕事」、義母に相談すると「浮気は男の甲斐性。大目にみないと長く一緒にいれないよ」と言われ、離婚という選択肢を肯定してくれる親族は義理兄と義理姉だけだった。

義理姉が死んだ前日の夜、私は仕事帰りで疲れていた。もう早く眠りたいと思っていたところ、義理姉から着信があり「今どこにいる?」と聞かれ「家に帰る所です」と答えた。「近くまで来たから一緒にドライブしない?」と誘われたが正直疲れていたので行きたくなかった。

そこで「家でお茶しませんか」と誘うと「2人きりで会いたいの」と断られたので、近所の駐車場で待ち合わせをし、ドライブをすることにした。運転席に座っている義理姉はミラー越しにどこか遠くを見ていた。私が近くへ寄っても気がつかないくらいボーっとしていた。助手席のミラーをコンコンと叩くと義理姉はいつもの笑顔で迎えてくれた。

どこか食事行こうかという話にもなったが、義理姉は誰かに見られることを嫌がり延々とドライブをした。最後に「何もできなくてごめんね」と言われ別れた。

私は支えだった義理姉を失った。

元々自殺願望が強く、精神病の私が義理姉の背中を押したと親戚は思っていた。

その通りだと思う。

義理姉が最後に一緒にいたのが私だったと元旦那が知ったとき、「俺は二人が一緒にいるのを知らなかった。何で背中を押した」「お前が死ねばいいのに」「あんなに明るくて元気な人が自殺するわけない」「何て言って自殺するまでに追い込んだのか言えよ」と責められた。

それは悲しかった。私の言い分は何も聞いてくれなかった。

不倫以上に、自分が皆から責められているとき、配偶者まで一緒になって責められるほど悲しいものはない。私はこの一言が決め手になって、周囲の反対を押し切って離婚した。

義理姉の自殺の理由は私以外義理の兄しか未だ知らないけど、自責の念にかられ、未だ「何もできない弱い自分」が情けない。

 


【投稿者】
sena さん

【プロフィール】
15年前に境界性人格障害と診断されました。
キャンペーンガール、秘書、受付嬢…と人と接する仕事ばかりしてきましたが、普段は人が苦手のひきこもり人間です。


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