友人の自死と残された私




先日、Twitterのとあるクラスタで、とある人間が亡くなったということが話題に上がりました。私は、その子の高校時代の先輩にあたる者です。あの子の死を悼んでくださり、本当にありがとうございます。あの子もあちらで喜んでいるものと思います。

拙筆ではありますが、あの子と私の関係、あの子の死について、あの子が死んでから私がこの界隈に触れるまでの顛末などを書いていこうと思います。

あの子は私の2個下の後輩です。学年は離れていましたが、何かしら気が合うものがあったからか、割とすぐに私とあの子は仲良くなりました。多分二個下の後輩の中では私と一番仲が良かったんじゃないかなと思います。私は初めて出会ってから今に至るまで、あの子を妹のようにかわいがっていました(私自身は一人っ子です。あの子は弟が一人います)。

私とあの子の共通点として、よく言えば世話好き、悪く言えばお節介焼き首突っ込みたがりというものがあります。お互いがそんな感じだった故、不思議とその関係はよく噛み合っていました。高校時代は部室に来るたびにいろいろ恋愛相談だの愚痴り合いだのをしていたし、私やあの子が高校を卒業した後もたまに会っておしゃべりしたり、ツイッターで片方が何か不穏なことを仄めかすたびにもう片方がLINEで突っ込む、みたいなことをずっとしていました。

あの子にとって私がどういう存在だったかは今となっては聞くこともできませんが、関係は決して悪いものではなかったと信じています。少なくとも私はあの子をとても信頼していましたし、実際真っ黒な話も平気でできる程度には信頼関係はあったと思います。私にとってはあの子との会話は一種の癒しであり支えでした。

あの子は日常的に「死にたい」というようなことを言いました。私がそれに対して、「私は止める権利ないけど、私個人としては死んでほしくないなあ」と返すのもまた日常でした。

「私が死んだら悲しいと思うなら愚痴るのに付き合ってください」とかよく言われました。別にそんなこと言わなくても付き合うのに、とか思いつつ私は愚痴に付き合っていました。

ODとかちょくちょくし始めて明らかにやばい状態になってたことはあるのでもちろん心配はしていたし、あの子が死んだら悲しいとももちろん思っていました。が、かと言って実際に死ぬこともないと思っていました。実際「死にたくはなるけど死ぬのは怖い」「なんだかんだ生きていたいから死んでない気がする」とも言っていましたので、それをなんとなく信じていたのです。今思えば、油断だったのかもしれません。

あの子の声を最後に聞いたのはあの子が死ぬ2週間ほど前、私がいろいろと辛くて精神的に死にかけており、あの子と愚痴LINEしてからその流れで電話がかかってきた時です。

その日の自分は本当に精神的に疲弊していたので、あの子の声を聞けて会話ができたことはとてもありがたかったです。まさかそれが最後の会話になるとは夢にも思っていませんでしたが。

最後にLINEのやりとりをしたのはその数日後です。その日のやりとりを今見返してみるとあの子は不安定期に入っていたようでしたが、その時の自分はやはり疲弊していたために、まともにそのサインを受け取ることができませんでした。その後からあの子が死ぬ前日まで、あの子のツイッター垢にも明らかに不穏な発言が増えていたのですが、それに反応することもできませんでした。

そして、あの子が死んだ日。その知らせを聞いたのは、大学の授業中でした(授業中にLINEをしていたことにはあまり突っ込まないでください……)。2年近くやり取りをしていなかった私の同級生から、突然LINEが送られてきたのです。

「お前○○さんと仲良かったよな」
「そうだけど、どうかした?」
「○○さん亡くなられた」

思考が停止しました。返信できずにいると、一枚の画像が送られてきました。あの子の名前と、通夜と告別式の日時とかが載った、よくある訃報を知らせる紙の写真でした。

震える指で、今の所それを誰が知っているのか、死因は、通夜や告別式に行く際の連絡は、などのやり取りをしました。講義の内容なんざ耳に入るはずもありません。その日はサークルの部会があったため部室に行きましたが、ずっと上の空でした。普段通りを演じようと頑張ってはいましたが、他から普段通りに見えたかはわかりません。

その夜、あの子にLINEを飛ばしました。日付を見てみると最後にLINEをしたのが10日前になっていて、「ああ、昨日でも一昨日でもLINEで一声かけてやれば……」と後悔しました。今となっては全てが遅いし、今LINEを送ったとしてそれを読んでるかどうか、読めるかどうかなんてわかりません。でもそれ以外に吐露する手段がありませんでした。湧き上がる気持ちをただひたすらLINEでぶつけ続けました。怒りと悲しみがごちゃまぜになって、なにがなんだかわからなくて、それでもずっとLINEをしていました。

大学生になってから冠婚葬祭の類に出席するのは初めてでした。葬儀に至っては小学校以来で、全く記憶がありません。故に支度には手間取りました。何を持っていけばいいだとか、香典はどうだとか、いろいろ調べました。黒ネクタイはその時点で確保するのは難しかったので緊急で父親から借りました。袱紗は買いました。香典袋の名前を二回くらい書き間違えました。せめて最後の時くらいちゃんとしなきゃ、という思いで必死でした。

通夜の日、早めに斎場に着いたので他の方より一足先にあの子の顔を見ることができました。率直な感想として、安らかには見えませんでした。とても暗く、嫌な死に顔でした。斎場に来た時点である程度覚悟はしていましたが、顔を見た瞬間、「ああ、本当に……」と思って、悲しみと怒りが沸き上がって、他の人に聞こえない音量で、「ふざけんな」と文句を言いました。

やがて他の友達や後輩も続々と斎場に集まってきましたが、みんな暗い顔をしていました。泣いている子もたくさんいました。当たり前です。なんてことをしてくれたんだ、と思いました。焼香の時も、心の内ではずっと悪態をつきつつ、気付いてあげられなかったことを謝っていました。その後会食の場で、あの子が死ぬ数十分前まで他の人と通話をしていたということを聞いて「ああ、衝動だったのかな」と思いました。

それと同時に、あの子が本当に死にたかったのかどうか、ということを考え出して、もしかしたらあの子は死ぬつもりなかったんじゃ、今あの子死んだことを後悔してるんじゃ、とか思ってしまって、そう思うと悲しくて悔しくてたまりませんでした。

そして、その夜あの子が読んでくれていると信じてまたLINEを飛ばしました。

告別式の日、最後のお別れの時には若干怒りは引いてきましたが、その代わりにもうどうしようもなく心が悲しみに支配されていました。死んでしまったらもう何もかもが終わってしまうんだ、ということをただただ実感させられました。

生前「先輩、私まだ生きてますよ。褒めてください」とか言われることもありました。私はそれに対して「ちゃんと生きてるね、えらいえらい」と返していました。今となっては褒めることもできません。もう生きてないんですから。

あの子が死んでから、私含めあの子の友人の多くが激しい虚無感と無力感に襲われました。何をするにも身が入らない、力が出ない、という感じです。私は後追いをするような子が出るんじゃないかとも危惧していましたが、実際の所は私含め皆が「死の恐怖」に心を支配されていたのでそのようなことは起こりませんでした。

しかし、あの子と同じように病みを抱えていた後輩の中には自殺という選択肢を死の恐怖によって断たれてしまい、かえって不安定になってしまうような子もいました。そのような酷いありさまだったので、しばらくは皆が互いの精神を気にしつつ、支え合うという状態が1~2週間くらいは続きました。今でも私はふとした瞬間にあの子のことを思い出して悲しみに包まれ、LINEを飛ばす、ということがちょくちょくあります。多分他の友人や後輩もそんな感じだと思います。

あの子はたくさんのツイッターの垢を使い分けていましたが、私が知っていたのは高校垢、大学垢、病み垢の3つで、いずれもリア垢に属するようなものでした。メンヘラ垢なるものがあって、その垢でオン友と交流を持っているのは知っていたのですが、その存在を特に気にしたことはありませんでした。

しかし数日前、私はそのメンヘラ垢をひょんなきっかけから見つけてしまいました。その垢に挙げられていた自撮り写真は、まぎれもなくあの子の姿でした。その垢での最後のつぶやきはあの子が死ぬ2日前の物で、ここでも自殺を仄めかすようなことをつぶやいていました。そこで私はあの子が言っていたメンヘラ垢とやらがこの垢であること、その垢においてあの子が様々な友人と交流を持っていたこと、そしてこの垢における友人たちがあの子が死を知らされてないということを知りました。

「恐らくこの垢であの子と交流を持っていた人たちはこのままならずっとあの子の死を知らずに過ごしていくんだろうけど、それはいくらなんでもあんまりじゃないか……」と考え、その中の数名とコンタクトをとってあの子の死を伝え、その過程でメンヘラ界隈のことやこのサイトについて知り……そして今に至ります。

繰り返しになりますが、あの子の死を悼んでくださり、本当にありがとうございます。

あの子の死について、本当に多くの方からの反応があり、驚いています。本当にあの子がいろんな方から愛されていたんだな、ということを実感しました。それだけに、あの子が行ってしまったことが本当に悔しくて悲しくてなりません。昨日は腹いせに、こんだけいろんな人が君の死を悲しんでくれてるんだよー全く本当に何てことしてくれてんだーという旨のLINEを送りつけてやりました。

 

あの子の死を巡る一連の出来事を通して私が思ったのは「死は大きな傷跡を残す」ということと「死は起きてみないとわからない」ということです。

私は元々「自殺したい人が自殺するのは個人の自由であるし、しょうがないことなのではないか」という考えを持っていました。しかし実際に死なれてみて、その考えは吹き飛びました。

別に根本の考え方が変わったわけではありません。その考え方を、実体験としての死の恐怖が上から真っ黒に塗りつぶすのです。あの子は別に有名人というわけでもない普通の大学生でしたが、彼女の死は彼女とつながっている多くの人に衝撃を与えたし、その衝撃は約1か月経った今になっても私たちの心に大きな影響を及ぼしています。

それは、できることなら味わいたくなかった衝撃です。私は生前あの子の話の聞き役にはなれていたかもしれないけど、決定的なその瞬間の行動を止めることはできませんでした。今でも私は「あの子を止められていたら、あの子が生きていたら、どんなに良かったか」と本気で考えます。

逃げ・救いとしての自殺を完全に否定するだけの根拠を私は持っていませんし、私はそれについて論理的に説得力がある発言をすることもできません。ですが、他ならぬ友人を失った当事者として、「死の恐怖」をダイレクトに味わった者として、極めて感情論的ではありますが「自殺はしてはいけないことだ」と私は思います。

今死にたいと思っている人は、終わらないためのあらゆる努力をしてほしいなと思います。努力と言っても、何も改善のために頑張れとかそういうことではありません。嫌だと思ったら逃げればいい。辛いと思ったら休めばいい。外に出たくなければ、仕事がしたくなければ、学校に行きたくなければ、そのまま家で寝ていればいい。死ぬより前にできる逃げが少しでもあるならば、とにかく逃げてほしいのです。罪悪感は生まれるかもしれないけど、無理をして壊れて死に傾くよりは余程マシです。

死にたいと思っている人が周りにいる、という人は、その人が逃げるためのあらゆる手伝いをしてあげられたらいいと思います。会話して愚痴を聞くのでもいい。一緒に美味しいものを食べに行くのでもいい。とにかく、その人が望むことをしてあげて心の支えになってあげてください。それでもどうにもならない、ということもあるかもしれません。でも、しないよりはする方が絶対いいはずです。何より、しないで後から後悔するようなことは起きてほしくないですから。

自殺したい人に対して自殺を止めようとするのは実際の所止める側のエゴであり、自殺しようとするのもまたその人のエゴです。でも、死んでしまったら何もかもおしまいなんです。その後の予定も、希望も、可能性も、なにもかもつぶしてしまう。その挙句、その人と親しかった人全ての心に傷を残す。私はもう残された側の気持ちを味わいたくないし、他の人にも味わってほしくない。そして、もし自殺した人が残された人たちをどこかで見ているのだとしたら、残された人たちを見ることで後悔の念を持たせ苦しませることもしたくない。

だから、使い古され説得力に欠けた陳腐な言葉ではあるけれど、それでも私は「死んだら終わりだから死なないでほしい」と言い続けます。

私は最近外出するとき、あの子の形見のネックレスを身に着けるようにしています。

あの子が一緒にいてくれると考えると心の支えになるし、好奇心旺盛だったあの子が私と一緒にいろんなものを見て聞いて楽しんでくれたらいいな、と思うからです。私のことも、あの子のリアルの友人たちも、この界隈であの子と関わりあの子の死を悼んでくれた皆様のことも、あの子が向こうからしっかり見守ってくれていると私は信じています。

長くなりましたが、私の長い長い愚痴のようなものを終わらせていただきます。


【投稿者】
匿名希望 さん

【プロフィール】
あるメンヘラと人生の1/5を一緒に過ごしたメンヘラ。


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