twitterでも独り。インターネットでも、友人が作れない




先日、私は45歳になりました。

以前記事を掲載していただいたように、別居生活は変わりません。

(関連記事:精神疾患を抱えながら40代で結婚 2か月で別居に至った複雑な感情

田舎の病院から都会の病院へ転院したので、外出が難しく、あまり行けていないのが現状です。

 

メンヘラ.jpに投稿している方はツイッターをやっている方が多いですが、ツイッターは30代で去りました。友人がいないので何も話す事がない。外に出ないので何もない。フォロワーさんは営業アカウントばかり。

ツイッターをやっていた頃にネガティブツイートも見かけましたが、「辛い」「今そっちに向かうから!」等見かけると、「いいな・・・」と海の底に沈む自分がいて、うまくSNSで立ち回れない私はアカウントを削除しました。ツイッターを使いこなせている方はすごいなあと感心します。

過去、写真を仕事にしていた事もあり、今はインスタグラムにいます。いわゆる「インスタ映え」とかではなく、過去、そこそこ外で仕事をしていた時の写真です。なので、タグを付けてもフォロワーさんが増えません。

しかし、そこでたまたま2人の方と知り合い、撮影会をしました(急に招集がかかり、しんどかったのですが、断る事が出来ませんでした)。相方の車で行ったので計4人での撮影会です。楽しく撮影は出来たのですが、やはり3人はいわゆる「普通」の人。相方と2人の会話は弾み、勿論私にも話題は振ってくれますが、何とも言えない孤独感を覚えました。正直、「もう帰りたい。孤独はいやだ」のループ。

撮影スポットで某神社に向かいましたが、丁度、有名なお祭りがやっていて、それぞれが浴衣を着て楽しんでいました。撮影をしても大勢の中の孤独感。外に出たくないのに、胸の中の小箱の蓋が開いてしまいそうでした。

4人で行っても結局話すのは3人。皆、楽しそうにお祭りの風鈴を見上げています。私も「風鈴になりたいな・・・」と思いながら、一人で行動していました。夜も更け、そのまま食事をすることになりました。食欲もなく、外食が苦手な私はサラダを相方に食べてもらいました。

それから、3人でネット上で話すようになりましたが(いわゆるDMです)、私のフォロワーさんはなぜ増えないのか? と聞いても、返答はありませんでした。私が去り、2人になると、機材や撮影方法について話し始めます。入りづらかったです。

その内の1名が「今まで辛い想いをしたのだから友達になるよ。ずっと味方だよ」と手を差し伸べてくれました。しかし、結局私はそのグループの「重い人」になってしまい、抜けてきました。

私はアイスクリームの写真を載せたり、いわゆる「インスタ映え」をしたいとも、出来るとも思いません。少し考えました。自分の写真に対し、少し奢っていたのかもしれない。いいんです。1人は凄く写真に長けている方で、精神疾患に対し、私に対し距離を置いていたのはなんとなくわかっていたから。

私は「今まで辛い想いをしたのだから友達になるよ」と言って下さった方は数人いましたが、結局去って行きます。会社で「(私)は負のオーラが出てるから、皆に嫌われるんだよね。幸せな人は負のオーラも出ないから皆近寄るんだよね」と言われた事がありました。声をかけて頂いた方も人生で辛い思いをして生きています。

ひとときでも、楽しい時間をありがとう、と思うと同時に、また孤独になりました。

SNSってむずかしい。似たような疾患の方でも人気のある方、「辛い」と言えば返事のある方がいますが、私はそれ以下で、実家に引きこもって、写真だけが全てだったのに、SNSとの付き合いとその人間関係は崩れたところです。

 

この場を拝見すると、10代~30代。若くて可能性が沢山あります。

誕生日にあたり、両親には申し訳ないけれど、妹1人で孫にも囲まれ、私ではなく他の普通の人が生まれたら、皆幸せに暮らせていたでしょう。

長文に渡る駄文を管理人様にも皆様にもここまで読んで頂き、本当に感謝しています。

どんな形であれ、ここにいる方全 員に幸あれと願って止みません。

 


【投稿者】
yuur750 さん

【プロフィール】
抑鬱らしいけれど、転院先で「病名をつけません」と言われた45歳。


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2 件のコメント

  1. bara 返信

    私は40手前ですがツイッターに居場所作れない人です。
    もともとツイッター始めた時って、ツイッター自体がリアルで言えないことをひとりぽそっと吐き出す、みたいな感じで、他の人のそれをみて自分だけじゃないんだってホッとする緩い繋がりだったのが今やガンガン繋がって発信していく場になり、ひとり頑なに変化に抵抗してったら遅れてしまった感じです。
    メンヘラにも色々診断名とか属性のカテゴライズがあると思いますが、私は昔から診断名がつかなかったしそのカテゴリに属せず、中途半端な立場だから繋がれなかったというのもあります。
    私も写真好きですが、なんだろう。好きって気持ちで繋がるにはなんか資格がいりそうな気がして、写真好きって言っていいんだろうかって感じでそこにはいれなくて、自分の好きなことに好きと言えるのって大事なんだなと思います。何かをシェアするのも、シェアって他人がいてこそ出来るもので、シェアしますって言ってシェアするのって勇気がいるんですよね。私はそこなんとなくすかしてて、シェアしたいって気持ちを出したことなかったなって思います。そこに自分の変なカッコつけやプライドがあるのかなって。
    同じかわからないけど、私はこんな気持ちだよってのを伝えたくてコメントしてみました。
    写真せっかくだから、楽しめたらいいですね。

  2. 仲見満月 返信

    2回とも記事、拝読しました。

    友達って、何でしょうね?無理に、「定期的に、遊ぶ人」ってくらいで、私は特に定義していません。

    個人的に交遊関係が広がったのは、私の場合、大学時代です。高校まで、部活に幼馴染みがいたり、趣味で話す仲間はいましたが、それが友達かというと、疑問符が浮かぶときもありました。

    大学時代の仲間にも、カテゴリーがあって、友人といえばそうですが、どちらかというと、バイトやサークルの活動を通じて、付き合いが長くなった感じです。楽しいノリのときもあれば、私がうつ気味な時は、例会に出ず、欠席していた時もありました。

    yuur750さんが、今回のお話で出された、写真撮影で集まった方々は、とりあえず、その場での撮影仲間ということで、無理にSNSでも、つるもうとしなくていいと思います。一人で写真撮影して、インスタにアップ続けるのも、それで無理に疲れそうな人間関係を増やそうとしなくても、いいんじゃないかと。

    結婚に関しては、うちの両親も、諸事情あって別居婚でした。仕事を定年退職した後も、別居婚状態で、お互い、住んでいる地方で好きなことをしているようです。

    そういうわけで、結婚はお互いが無理のない、ベタなー距離を探りあって、法的婚姻関係を続けたいならば、それでもよいのではないでしょうか?

    長々と余計なコメント、失礼いたしました。

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