カフェインODによる自殺未遂を経て気付いたこと




皆さんこんにちは、得鳥羽(えとりは)のいと申します。いきなりですが実は私、今年の春にカフェインの大量摂取による自殺を試みて失敗しました。

私は以前から死にたいとは思っていましたし、死のうとして失敗もしました。しかし、明確に死のう! と思って自殺の計画を立て始めたのは、昨年の冬ごろからでした。理由は端的に言えば「将来が不安でしかたない」からです。

二つの資格取得に必要な授業の単位は取れるだろうか、実習までたどり着けるだろうか、実習は乗り越えられるだろうか、実習報告会は乗り越えられるだろうか、国家試験は受かるだろうか、就活はうまくいくだろうか、恋愛や結婚はできるだろうか……。

母や祖父母の介護もあるし、父は借金だらけで頼れない。そんな不安がぐるぐると渦巻いて、何もかもから逃げ出したくなりました。ボランティア活動なんかも福祉学部だからやらなきゃいけないという私が勝手に抱いていた義務感があり、サークルも二つ入っていていっぱいいっぱいな状態でした。

 

そんな中、私は通院を断固反対する精神障害一級の母親に隠れてお小遣いから医療費を出し、メンタルクリニックに通っていました。しかし、信頼できていた担当の先生が転勤すると聞きメンタルが不安定に。スクールカウンセラーさんにも相談はしていましたが、一度死にたいということを打ち明けたらひどく心配されたので申し訳なくなり、打ち明けられなくなってしまいました。ゼミの先生もそこそこ仲が良く有資格者なので相談しても良かったのですが、忙しそうだし私の相談なんかしたら貴重な時間を奪ってしまうと思い込み相談できませんでした。勝手に相談できないと決めつけ、自分で自分の首を絞めていたのです。

また当時は病名をはっきり告げられていたわけではなかったし薬も処方されていなかったので、自分は病気ではなく甘えなのだと考えていました。みんな言わないだけでそれぞれ大変なんだし、誰かに助けを求めることは恥ずかしい。頼ったら迷惑だ。そう思い込んで疑いませんでした。ぶっちゃけいきなり自殺された方がよっぽど迷惑だと思いますが、そこまで頭が回りませんでした。

これから起きるかもしれない幸せなことを期待するより、これから確実に降りかかってくるであろう不幸を全て避けたい。じゃあ死ぬか、というわりと軽~く決意。当時の私の座右の銘は「人生死んだもん勝ち」でした。

死のうと決めてからは致死量をネットで計算し、何か月かかけてドラッグストアでカフェイン製剤を集める日々を送っていました。集まった錠剤を眺めては「これを飲めば死ねるんだ」と思ってニヤニヤしていましたし、つらいことがあっても「死んでやるからな、死ねば楽になれるんだ」と信じてなんとか毎日をやり過ごしていました。大学の自習室で遺書を書き上げたり、生まれ変わったら猫になりたいと祈ったりとかなり異常でしたね。

いざ死のうと決意した日の夜になってみると、やっぱりなんだか死ぬのが怖くなってきました。けれど、ツイッターやブログなんかでも「死ぬ! 死んでやる!」と宣言してしまった以上死ななくてはいけないという訳のわからない責任感に襲われて、プチプチとシートから薬を取り出しては飲み込みました。一緒にコンビニで買ったブラウニーとものすごく甘い自家製の梅酒、それから申し訳程度の吐き気止めに乗り物酔いの薬とか手持ちの市販薬を一緒に口にしました。

しかし数時間もするともうそれはそれはものすんごぉく気持ち悪くなり、洗面台でゲロゲロ吐きました。それを偶然起きてきた母親に発見され救急車で病院へ搬送、即入院となりました。発見当初、母も医師もカフェインの大量摂取による自殺未遂とは気づかなかったようで血糖が出てるから糖尿病とか言われていたらしいです。とんだヤブもいたものですね。たぶんシュンケルと同じ原理で血糖が出てしまったんだと思います。

搬送されて数時間から一日目くらいの記憶はほぼありません。つるっぱげのおじさんにCT取ってもらった記憶はあるんですけどね……。入院してから三日くらいはかなり薬の作用があり、幻覚妄想が酷かったです。看護師さんに「死に損ないは死ね、窓から飛び降りろ」と言われたとか、まだ入院して一日しか経ってないのに主治医に「明日で退院だ」と言われたとか言い張っていました。看護師さんと主治医の先生、ホントすみませんでした。

ちなみに病室は一階なので飛び降りて死ぬとか物理的に無理でした。普通の救急病棟なのに「ここは自殺未遂者だけの病棟で、いずれ火をつけて燃やされる」とも信じていました。幻覚妄想が落ち着いた後も活性炭を飲まされ吐いてそこらじゅう真っ黒にするとか、便が硬すぎてお尻が切れるとか、本当に散々でした。カフェインでの自殺を考えている人はどうか思いとどまってください。

カフェイン自殺未遂者の体験談がネットにそうそう転がっていなかったので、カフェインで死ねるんだととんでもない勘違いをしていましたが、違います。ゲロの味を思い出してしまってコーヒーが飲めなくなるとか、斜め上からの弊害もあるのでロクなことありません。

入院中、母は泣いて謝り、退院後はメンタルクリニックへ通ってもいいと言ってくれましたが、退院間近になるといきなり怒り出して「反省が足りない」としばらく怒鳴られました。私は何を反省すべきなのか全くわからず、「死に損なって迷惑かけてごめんなさい」とずっと謝っていました。退院後しばらくすると母の怒りも収まりましたが、いまだに何に関して反省すべきだったのか私はわかりません。

長々と無断で大学を休んだおかげでゼミの先生やスクールカウンセラーさんにも心配をかけてしまい、自殺未遂したことを打ち明けると非常に驚いておられました。そんな人には見えなかったそうです。自殺者ってたいていそんなもんだとも思いますけどね。

決して自殺未遂は褒められたことではありません。医療費もかなりかかりましたし、周囲にはかなりの不要な迷惑と心配をかけてしまっています。本当に申し訳ないことです。けれど、私にとってこの経験は必要なプロセスのひとつだったのではないかと考えています。自殺未遂後、母の支援もあって新しいメンタルクリニックに通うことができ、自立支援や手帳も受けることができました。大学でも先生やスクールカウンセラーさんが過ごしやすい環境を整えてくださっています。

自分の周りには助けてくれる人がいるのだと改めて実感させられたことが非常に大きかったです。みんな忙しそうにしていても、なんだかんだで相談に乗ってくれるし助けてくれます。普通の人間は夜な夜な死にたいと思いながら自殺方法を検索して泣き暮らすなんてことはないらしいのです。事情を話せばたいていは理解してくれるし、キツい言葉を浴びせかけてくることもそうそうありません。

資格課程も社会福祉士は諦めたしサークルは一つやめましたが、想像していたように誰かに咎められることはありませんでした。ボランティアもダルい身体を無理に引きずって行くことなく、自分のできそうなものを調子の良いときにやるようになりました。本来ボランティアってそういうものですけどね。

誰かに助けを求めること、頼って楽になろうとすることは全然悪いことでも恥ずかしいことでもありません。楽できるならしたほうが絶対にいいです。しなくてもいい苦労ならしないほうがいいに決まっています。なかなかそんなにうまくはいかないと思いますが……。

「人生死んだもん勝ち」ではなく、「楽に生きたもん勝ち」だと今の私は思っています。どうかこれを読んでいる皆様も、楽に生きられますように。お粗末様でした。

 


【投稿者】
得鳥羽 のい さん

【プロフィール】
リストカット、OD、自殺未遂を経験しながらも精神保健福祉士の資格取得を目指して奮闘する女子大学生。社会福祉士は諦めた。これからの実習&課題ラッシュに戦々恐々としている。
欲しいものリスト:アマゾン
ブログ:意識他界系女子(笑)
Twitter(よく鍵かけてる):@rinri_nai000


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