「休む」ってなんだろう? バランスのよい「休息」を目指して

ライフハック くもの

この界隈でよく聞く「休め!」という言い回しがあります。

ただ考えてみると、この「休め」という指示、言っている状況に対してざっくりしすぎていると思いませんか。

とはいうもの、最近「休めっていっても、そもそもその『休む』ってなんだ」と思い、詳しく問いかけてみると僕の中で「休む」という言葉のイメージがぼんやりしていることに気がつきました。

今回、いま一度この「休息」について考えてみたこと、それらつらつらと書いて行こうと思います。

 

休息の定石


いきなり抽象的な話になるのですが、個人的に「休息」をイメージしてみると「休んで体力を回復してるイメージ」が強いです。でも一方で(次に行われる仕事などに向けて)「体調を調整する」という要素も持っているような気がします。

なので、「休息日にこそちゃんと食事してぐっすり眠るべき」みたいな思考を持っていて、「ゲームを思いっきりする」や「だらだらする」とか「欲しいものを買いに行く」とかも休息に含まれまれるものの、基本的には上のような「ちゃんと食事してぐっすり眠る」的な休息方法が一番強いのではと考えます。

次に基本的な休息方法について考えたところ「食事」「運動」「睡眠」の3つに完結しました。

となると。理想的な休息というのは、基本の「バランスの取れた食事をする」「適度な運動をする」「十分な睡眠をする」を押さえつつ、加えて「調整をすること」になります。つまり「心身ともに整える」ことが休息であり、心身を整えるという意味での「仕事から離れる」、同じような意味として「娯楽を思いっきり楽しむ」などがあるのではないかと思うんです。

ここである疑問、「仮に食事運動睡眠を、あと調整をきちんとこなせば、きちんと休めているといえるのか?」というものが生まれます。

興味深いことに、あらゆる人の中には(他人から見て)食事運動睡眠をこなしているだろう人も、憂鬱なものを持っていたりします。

仮にそういう人を目の前にして、僕は「休め!」と言えるかもしれませんが、僕が考えていた「理想的な休息」をこなしているのに落ち込んでいる人が容易に想像できる以上、「休息には3つの柱ほかになにかあるんじゃないか」という疑念が膨らみました。

さて、ここで理想的な休息として出した例、「バランスの取れた食事をする」「適度な運動をする」「十分な睡眠をする」をもう一度見てみてください。どれも「肉体的な休息」だといえませんか。

 

もう一つの休息


「肉体的な休息」に対し、「精神的な休息」というものがあると思います。

体力を回復させるのが「肉体的な休息」だとしたら、「精神的に満たされた感じ」を求めるのが「精神的な休息」にあたりますね。

人によって精神的に満たされたと感じるときは様々でしょうが、例をあげるなら「長閑な日に縁側に座り日本茶と和菓子なんか置いてまったり時間を過ごす」「深夜あたりにラジオを流しながら強めのお酒をちびちび飲む」なんてイメージするだけで満ちた気持ちになりませんかね? あの「いい……」と満たされる感覚が精神的な休息に近いと僕は捉えました。

ただ、どうしてもこの「いい……」と思う満ちた瞬間というものは、他人が判断することができず、僕としても「これをすると満ちた感情になるよ!」とは書けないんですよね。理由はたとえ「精神的な休息をとれる状態」だろうが、その時「どう感じているか」は本人次第ということあります。さすがに本人が自覚ない限り「精神的な休息ができているかどうか」はわからないですよ。

余談ですが僕が「いい……」と思う瞬間を考えたところ「(自分が納得したうえで)心地よく没頭している時」とか「最適な行動を余裕をもってしている時」とか「部屋を丁寧に片づけている時」とか「ゆったり紅茶(またはコーヒー)とお菓子を食べてる時」とかそれに近いかなと思いました(ほかにあるかもしれない)。

 

精神的な休息の生態


精神的な休息は外部から(あるいは内部からも)見えないという厄介なところがあります。上に書いた例にしても「なにか仕事に追われているのだとしたら」「なにか心配事を持っていたとすれば」「そもそもその時メンタル絶望的だったら」など条件を加えるだけで精神的な休息にはならないことでしょう。

肉体的な休息なら、否応なしに「食べる」「運動する」「寝る」をしたとすれば(本人のメンタルは考えないものとして)少なくとも体のどこかで健全な反応を示すものです。まぁ空腹運動不足睡眠不足などの状態を感じることが苦手って人もいるんですけど、そんな人でも寝たら寝たらで「あぁ寝不足だったんだ」と気がつくぐらいは反応がありますよね。

一方で精神的な休息は「条件を満たしたとしても休息が約束されていない」という特徴があります。

例えば「長閑な日に縁側に座り日本茶と和菓子なんか置いてまったり時間を過ごす」の場合だと、「長閑な日」に「茶菓子と日本茶を用意した」という条件を満たし「縁側で時間を過ごした」場合はすべて精神的な休息になるのか? という問題です。

想像してみると(僕だけかもしれないが)「うーん……なんかそれは違うのでは?」と違和感を持ってしまいますよね

確かに、和菓子と日本茶は相性抜群ですし、長閑な日と縁側も相性は抜群です。一つ一つ抜群の相性で、その一連をすると一つの息抜きにはなるでしょう。しかし「縁側でお茶と茶菓子をのんびり食べる」という精神的な休息と比べたら、劣化とまでは表現できませんけど「豊かではない」と表現できる気がします。

ここに精神的な休息の隠された条件があると思うんですよ。
言語化してみると、それは「(安心感という前提を除いたら)時間の流れが穏やかであること」でしょうかね。

 

肉体的な休息の利点


ここでちょっと余談になるのですが、肉体的な休息というのはとても良いことだと改めて思いました。というのは「理由を考えなくてもメリットが受けられる」というところにあり、そのうえ肉体的な休息とは「とても簡単」なのです。

なにか落ち込んでしまった時、あるいは調子が悪い時、原因を考えて解決するという流れは重要ですが、そういった考えを悶々と繰り返していると、いつしか憂鬱な感情に引っ張られてしまいます。

そうしたときに「休もう!」と思ったとしても、精神的な休息はわりと複雑な上に準備などが必要で「すぐ今から回復に向かう」レベルの即効性もないんです。それは(憂鬱な時には一層)休息としての難易度高いと思うんですよ。

一方の肉体的な休息というのは「考えなくていい」んですよね。なにも考えなくても、食べて運動して寝ればいい、そうすれば調子がマイナスからゼロぐらいには行けると思います。これはすごいことだと思います。

この「考えなくていい」ということを踏まえてみると、憂鬱な人に向かって「とりあえずおいしいもの腹いっぱい食え」とか「いいから散歩でもして太陽に光浴びてこい」とか「わかったから薬飲んで寝ろ」みたいな、とりあえずそれをしとけ的な言い回しも頷けますよね。まぁ無理しないことが一番大事ですが、無理しない程度で肉体的な休息をとっていくのは効果的かもしれません。

ところで以前ここで「鬱に耐えるシェルターをつくろう」という記事を書きましたが、「適切な量の薬を飲んで寝る」ってのが最強レベルに強いシェルターなのでは、と書きながら思いました。

 

穏やかな時間の流れを探す


話題を戻して、精神的な休息の隠された条件は(安心感という前提を除いたら)「時間の流れが穏やかであること」と書きました。

ここで「時間の流れが穏やかなであること」という初めての概念が出てきましたが、結構曖昧な表現だと思うので(自分の理解もかねて)すこし具体的に書いていこうと思います。

〇穏やかな時間を感じる


・まず「穏やかな時間の流れ」というものを手っ取り早く感じれそうだなと思ったのは「瞑想(マインドフルネス)」です。

正直に言うと「穏やかな時間の流れを感じる」ってそれ究極的には「この瞬間を心地よく感じる」ってことですから、瞑想の話につながってきそうな話題だと思うんです。瞑想に関してはとてもいいと思うので適切にやっていけばいいのではないでしょうか。

「物事を丁寧にやってみる」というのもおすすめです。

例えば食事してるとき「めっちゃ丁寧に味わおう」というルールを持ってじっくり食事をすると精神的な休息をとったような満足感があります。

「マルチタスクをしない」ことがこの方法の肝要なところで、丁寧に食事をすると決めたら食事中は極力スマホをいじらずに、よく噛んでゆっくりゆっくり食べるといいです(食事に限らず、丁寧に掃除をする、丁寧にコーヒーを作る……なんでもいいと思いますよ)。

ただ一方で丁寧にすることの問題もあって、あまり丁寧にしようしようとすると、悪い意味でこだわりができてしまい神経質になってしまう可能性があります。例えば「丁寧に体を洗う」としたとして、これが悪い意味で丁寧だとすれば病的な潔癖症にしてしまう可能性だってありますから、適度にやっていくよう気をつけましょう。ちなみにそういう人は「日ごろいつも行っていること」をゆっくりとするといいと思います。

〇穏やかな時間を作る


「少しの仕事だけ持って喫茶店などで過ごす」なんてのもいいと思います。

仕事と表現しましたが、ほんの少しの労力できる「簡単な作業」でいいです。そのほんの少しでできる作業(タスク)をもって、あり余る時間を予定に入れて(1時間ぐらいでできそうなのを4~6時間ぐらい見積もって)、それだけ終わらせるという「目標」をもち、人のいなさそうな喫茶店など(作業ができそうなのところならどこでもいいです)でゆっくりゆっくりこなすというものです。

仕事と書いてますけど、別に仕事でなくてもよく、「文庫本100ページ読む」とか「ゲームの素材集めをする」でもいいと思います。要は簡単にこなせる目標を持つということですからね(ただランダム要素があるものはやめた方がいいです。ランダム要素があるものは「〇回する」と前もって決めておくといいと思います)。

これのいいところは「簡単な仕事を終わらせる」という緩い目標を完遂することで、本人に「達成感」を覚えさせるところにあります。加えて普段の仕事のように「時間に追われてる感」がないので、のびのびとまったりとその仕事(作業)をすることができ、終われば達成感の余韻に浸りながら、コーヒーなどゆっくり飲みつつ残り時間を過ごせばいいんじゃないですかね。(「喫茶店」と書きましたが、場所の自由度が高く、作業ができる場所ならどこでもいいのも大きいです。お気に入りの場所を探しましょう)

注意点としては「持っていく仕事量を多く持たない」ようにすることでしょうか。あまり仕事を多く持っていくと終わらないし、終わらないということは時間に追われるということですし、時間に追われるのは精神的によくないです。

持って行った仕事があまりに早く終わっても、調子に乗って追加の仕事を始めない方がいいです。本人の作業量の見積もりがうまいなら、その場でもう1つ2つと「簡単な作業」を増やしてもいいですが、これする目的は「仕事を終わらせる」ことではなく「精神的な休息をとる」ということなのを忘れないようにです。あくまでも「1つ終わらせて満足感に浸ること」「その満足感もってまったり時間を過ごすこと」が一番重要です。

〇穏やかな時間が流れてる場所に行く


穏やかな時間が流れそうな場所に訪れてみるというものいいと思います。例を挙げるなら「平日の昼間の公園(夏冬は要注意)」「図書館の人気のないフロア」「銭湯の休憩スペース」「雨の日の美術館」「老人ホーム」あたりじゃないかなと思います(きっとほかにもあると思う)。

よく病院で入院したら精神面もみるみる元気になった! なんて話も聞くんですが、あれはたぶん(医者がいる安心感に加えて)「病院は時間の流れが穏やかだったから」だと思うんですよ。

同じく、海外でのびのび過ごせている人もいますよね。あれも「(日本と比べて)海外は時間の流れがゆっくりしているから」だと思うんです。

この場所探しに関しては僕が知らないところも、本人にとってそれを感じる場所もさまざまでしょうから、各自探すという形になります。そして「時間の流れがゆっくりな場所」を見つけたらぜひ、スマホの電源を切るなりし、一人でゆっくりその空間に浸ってください。そして秘密裏に(できれば黙ってTwitterにも書かずに)大切にしてください。

黙った方がいいと感じた理由としては、仮に場所を他人と共有してしまったら一人でのびのび精神的な休息しようとしてるとき「あの人とここの話したな」とか「あの人はどうしてるんだろ」とか、あるいは「ここで〇〇に会うかもしれない……」など雑念を覚えてしまうのを避けた方がいいと思ったからです。

【速すぎる時間の流れ】


いきなり主語が大きくなりますが、今の日本って「穏やかな時間の流れ」が駆逐されていってると思うんですよ。

暇があっても「暇を感じる前になにかしてしまう(スマホとかいじってしまう)」、そもそも「こんな時間余るんならこれしとこう」とか「なんだ無駄な時間過ごしてしまった」とかそんな雑念を常に持ってしまっている人が多い気がするんです。そしてその雑念が本来「休むべき時間休むべき場所」で行われて、どんどん自ら(あるいは周りの目から)「休むべき時間休むべき場所」をなくしてゆく……。

それが仮に誰かの常識となったとき、本人がそれを常識と認識した時、「穏やかな時間の流れ」の感覚が失われるんだと思います。

例に挙げた「少しの仕事量をもって喫茶店などに行く」だって、1時間で終わる仕事なら1時間半ぐらいの時間を見積もって喫茶店に行き、終わったら手帳見つつ次の予定を決めて、余った十数分はスマホを眺めたり、後で読む記事を消化したり……ってのがはるかに効率いいです。けれどもそこまでしちゃうと仕事モードになっているはずですし、目的が変わってしまってますし、なんというかこう疲れてしまうはずです。

そういう「効率化」の思考を「常日頃行うべき常識」のように思っている人たちがいます。別にいいのですが、突き詰めた上での「効率的」という思考は幻想みたいなもので、「休むべき時間休むべき場所」では休むことが一番効率的なんじゃないですかね。今の日本は本来「休むべき時間休むべき場所」で効率化を行っているように感じます。

まぁ「勤勉でいいじゃん」とも思うのですが、そればかりしていると時間の流れが速くなりすぎて疲れるはずです。

別に毎日が忙しないことは悪いことじゃないです。けれども世間の時間の流れが速いと理解して、たまには(流れが速い日々を肯定したうえでたまに)「意図的に」そういう思考から離れてみようよ、というのがこの記事の言いたいことになります。

 

まとめ


以前、尊敬している方から「生活はメリハリが大事よ(意訳)」といわれて「メリハリ? 難しいことを言う」と思ったりしたのですが、今回の「精神的な休息」のことを踏まえると、バリバリ仕事して時には穏やかな時間を過ごす(あるいは夢中で遊ぶ)という「時と場合による時間の捉え方の違い(緩急)」そのものが言っていたメリハリに近いのではないかと気がつきました(違うかもしれない)。

ただそう気がついたとはいえ、「理解すること」と「実際に行うこと」はまったく別の話なので、僕も僕としての課題もまだまだあります。ここまでいろいろ書いてきてあれなのですが、僕も気がついたら時間の流れが速すぎてうわーってなることもしばしばあるので、まだ精神的な休息を適切にとれているというわけではないんですよ。

各自、心身共にバランスのよい休息を目指してください。僕も目指します。やっていきましょうってやつですね。

以上です


【執筆者】
もの さん


【プロフィール】
自閉症スペクトラムのひきこもり。switchとスプラ2欲しいので仕事ださい。


Twitter:@kumonogu

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