養子先の虐待家庭から逃げた先にあったもの

体験談 虐待 DV 毒親 ぱちこ

初めまして、初投稿となります。ぱちこと申します。

四年程前、保健師に精神科に連れてかれ(病名は定かではありませんが)現在SSRIと睡眠導入剤を服薬している者です。

今回はDVと虐待が日常茶飯事だった家庭から高校卒業を期に逃げたものの、逃げ込んだ先も色々終わってたという話をさせていただければと思います。

 

私は親の事情で3歳の頃祖父母の家に養子として引き取られました。そこから19まで育てられたわけですが、その引取り先は毎日のように夫婦喧嘩があり、日常的に祖父が祖母にDVを加え、しばらくの後は私にまで暴力が降りかかる家庭でした。

その後祖父の事情で引っ越すことになると、さらに環境は悪化しました。

祖母は新しい環境に適応できず、老人ホームに頻繁に行くようになってしまいました。

そうなると必然的に家には私と祖父の二人。なので私に矛先が向けられます。

フライパンで殴られたことも
包丁向けられたことも、
閉め出しされたことも多々ありました。

助けてくれる人はいなかったんですけどね。汗

それがだいぶ続いた3年後、祖母が亡くなってしまっいました。私はその人が親だから泣いたのですが、祖父は「やっと死んだか」と嘲笑っていました。(今思えば頭おかしかった)

祖母が他界してからは、ご飯も祖父自身の分しか用意されてなく、空腹だからと冷蔵庫を漁ると殴られ泥棒扱いされると、散々な環境でした。

なんとか(病気になりつつも)それを耐えきり通信制高校を卒業し、荷物持って引っ越しました。出ていく時は「出ていけ」と言われながら殴られましたが、なんとか私の実の親のところへ逃げ込みました。

すると、実の親の家には新しい旦那、その間に出来た子供が。
(ちょこちょこ会っていたのでわかってはいたが)

ちゃんと家族として幸せそうにしていたんです。

もうすぐ20歳ということもあり、扶養には入れてくれませんでした。ただ、衣食住はなんとかなっています。

捨てられた事実等々は話してくれなくて、「なかったこと、触れちゃいけないこと」になってしまっています。なので、わだかまりは取れるはずがありません。

今現在、私は家族の顔色を伺いながら、嫌われないように振る舞うことでなんとか生きています。

親と暮らすことが幸せだと思っていました。

それは全くの嘘だったんじゃないかとひしひしと感じています。

私は家族に執着してただけ、

3歳の頃の事件を「なかったこと」にしてわかりあえるはずがない。

今の家には、家族に私を受け入れ「私も込み」で幸せになろうという気持ちが感じられません。なので、お金がなんとかなり次第、出ていこうと思っています。いつか必ず居場所を見つけられるように。

長くなりましたが、

私の経験が読者様になにかを伝えられたら大変嬉しく思います。

ここのサイトに全て関わる人に、
心安らぐ居場所が見つかりますよう祈りながら終わりにさせていただきます。


【執筆者】
ぱちこ さん

【プロフィール】
20歳のACメンヘラ女子。
幸せとはなんだろうと思ってる死にたがり。

Twitter : @Fbe__sho13


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