「メンヘラ」という言葉の使われ方に怒りを感じる

コラム メンヘラ 粉々粉子

私が初めて「メンヘラ」という言葉を知った時、それは『恋愛関係を結ぶ際に避けるべき人間』として扱われていました。

「メンヘラ」にカテゴライズされる女性が鬼のように電話をかけてくる、深夜突然自宅に現れる、死にたいとしきりに言われる、果てにはリストカットの写真を送り付けてくる……

このような「恐怖体験」が綴られた記事でネットはあふれ、すっかりモチーフとしての「メンヘラ」像が私の中で固まってしまいました。

 

ところで、ネット上には〇〇の特徴といったふうに、、特定の性格の人間を見分ける方法などという時に決めつけも甚だしいまとめが多数存在します。もちろん、メンヘラの特徴というまとめも存在し、前置きか総括に『このような人間からはうまく距離を置きましょう』と書かれていることもしばしあります。軽い気持ちでこれを読んだ私は、結果として不安な気持ちを煽られました。携帯依存症、夜更かし癖など、一部の項目が自分に当てはまっていたからです。

前述のメンヘラ恐怖体験記事にしても、メンヘラの特徴まとめにしても、それらの記事では「メンヘラ」は健全な暮らしを脅かす危険な存在、もしくは鬱陶しい度が過ぎた構ってちゃんとして疎まれていました。元々嫌われることに対し異常に免疫がなく全人類から好かれたいとすら思っている私は震え上がりました。メンヘラ=厄介な嫌われ者という図式が完全に出来上がってしまったからです。

もちろん、極度にウジウジした姿を見せられて気分がいい人はいないでしょう。しかしながら辛くて辛くて耐えられない時、その気持ちをぐっと内側にとどめるのもまたよくないことのように思えます。他人を気にしてばかりで自分のことを気にかけることができないのは本末転倒です。

極度に人目を気にするあまり、私は弱音を吐いたり、つらいという心情を吐露することが苦手です。自分に自信がないため、多少辛いと感じても、それを誰かに零すと無責任だ、意気地がないと咎められそうで、結果的に自分をきつく責めるだけ責めて、だからといって乗り越えられるわけではないということをもう何度も繰り返しています。

以前は爆発を起こして周囲の人間になだめられるということも多々あったのですが、今思えばあれだけ弱音ばかり吐いていても、きちんと向き合ってくれる人は少なからずいました。だから、いっぱいいっぱいになる前に落ち着いて誰かに相談すれば、ちゃんと聞いてくれる人はいるはずなのです。けれども「メンヘラ」という言葉を恐れるようになってから、どれだけ爆発しそうでも、それを自分の内に留めるようになっていきました。

 

さて、メンヘラという言葉の印象の話に戻りますが、メンヘラはしばし承認欲求の塊だと揶揄されることがあります。自己を肯定することができずに他者からの肯定を求め、結果として構ってちゃんになる。個人的に一番突き刺さった項目がこれでした。

私は人から褒められる時、とりわけ優しいと言われることに喜びを感じました。例えば相手に落ち度があることを許せば優しいと言われる。攻撃的な態度をとらなければ優しいと言われる。それらを自覚した私はとにかく優しいという評価を下されるために謙虚な姿勢に徹し、表面上の自信をとっぱらい、そうすることで人に好かれようとしました。

そうしていくうちに、いつしか謙虚さ=評価を否定することだと錯覚するようになったのです。しかしこれだと評価されたいという根本的な欲求とは矛盾しています。そのために私はある種のナルシシズムを抱えながらも自尊心の低い、ちぐはぐな人間となったのです。そしてそのことに気がついた時、これまたメンヘラの特徴としてあげられている自尊心が低く自己愛が強いという項目を思い出し打ちひしがれました。

ああ自分はメンヘラなんだ。

メンヘラだから自分は人に好かれないし、いつか化けの皮が剥がされて一人になるんだ。

このようにメンヘラの恐怖に苛まれ絶望の淵に立たされ、他人への信用を勝手に失いかけていたその時、私はふとあることに気づきました。あれ、これ結構誰にでも当てはまることじゃ……?

 

個人差はあれど、人に認められたいという欲求は自然な感情であるはずです。好かれたいという欲求もまた然り。そもそも自信なんて何の根拠もなく持てるものではありません。

恐怖体験として綴られているメンヘラは一部の過剰な例です。もちろん自分ばかりを尊重して人に迷惑をかけるのはいけないことですが、自分の心の持ちように悩み、生きづらさを感じている人たちをメンヘラと一括りにして腫れ物のように扱うことを、私は快く思えません。

感情の振り幅にも個人差があるはずです。だからこそ自分の激しい感情を制御できず苦しんでいる人がたくさんいるのだと私は考えます。人と人が完全に分かち合おうとしたところで、必ずどこかが噛み合わないのは仕方ないことです。それでもできるだけ調和していきたいという欲求もまた、誰しも大なり小なり持っているものではないでしょうか。

だから私はメンヘラという言葉があまり好きではありません。もしかしたら嫌いと言っても過言ではないかもしれません。俗にメンヘラとされる人たちは皆それぞれ違った感情を持ち、異なる悩みを抱えているにもかかわらず、それらを全てメンヘラという俗物的なニュアンスを含む言葉で括ってしまうのは心苦しいです。メンヘラという言葉を当てはめるだけで、隔絶され、好奇の目線に晒されているような感覚に陥ります。

これはメンヘラを自称する人たちへの批判ではなく、メンヘラないしはメンタルヘルスという言葉を俗物的なものに仕立てあげた世間への怒りです。

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【執筆者】
粉々粉子 さん


【プロフィール】
自己のアスペルガーを認識しながら許容しようと頑張る十代


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