45歳を目前にして「友達がいない」悩みに希望が見えてきた




44歳のおばさんです。抑鬱、発達障害と診断されたり、よく判りませんが、今は抑鬱と診断されています。

以前、長年通った病院から転院しました。医師と顔を合わせる度に喧嘩になり、同時にあちこち転院先を回り、今は疑問に思いながらも別のクリニックに通院しています。

40歳を超えて「友達がいない」というのも非常におかしい話ですが、30歳を超えると回りは普通に結婚し、子供を持ちます。私は独身なのでどうしても疎遠になっていき、抑鬱と相成って「話せる友人」がいなくなってしまいました。

会社では「暗いオーラが出ているから皆、 近寄らないからんだよね」と言われ、「そうだよね」と思ったりしました。

 

◆「友達になってあげる」という社交辞令

以前の病院は主治医がコロコロ変わりました。その中でほんの少しの期間お世話になった主治医の話をします。その頃から私は、やたら「友達がいない」と嘆いていました。

すると、「貴女を理解してくれる方は現れます。今は現れないだけです」と言われました。一瞬「え!?どこにいるのかしら!」と浮かれる自分がいましたが、結局現れませんでした。

しかし、10年ほど経ってから「私が友達になってあげるよ」と言ってくれる年下の女性が現れました。私が結婚したときも、式は挙げずに身内の食事会という形を取ったのですが、彼女は快く参列して頂きました。

しかし、「何か違う」と思い始めたのです。

その方のブログには顔が綺麗な友人は写真と名前で記載し、私が関わる事は「知り合い」と書きます。しょっちゅう会っている訳ではないし、私の顔など載せたら犯罪クラスだし、と思っていました。「また会おうね」と言われても何もありません。「取り急ぎ後程!」とメールが来てもその後反応はありません。

あ、これが「社交辞令」ってものなのか。「友達になってあげる」ってのも「社交辞令」なのだ。

と察し、やはりアクティブに活動する彼女と自分は違うんだ。と、今は連絡もありません。

その時、当時の主治医の「貴女を理解してくれる方は現れます。今は現れないだけです」という言葉を思い出しました。

・・・・・・いない気がします。永遠に。

 

◆1ミリだけ見えてきた希望

それからも話せるような方は現れず、「私がいなくなっても変わらないんだな。別にいいですけど」と思う日々が続きました。

私はインスタグラムでほそぼそと過去撮影した写真を載せていますが、たまたま「いいな」という写真があって、素直にいいねを押しました。普段は書かないコメントも書いていました。

そこでやりとりをしていくうちに、お互い自宅が比較的近いということがわかり、話をするようになりました。「近いし、会おうね」と言われて「そうだね」と答える一方、「社交辞令」という言葉が浮かびました。

そしてその後、彼女に会いました。私よりも年上ですが、キラキラしています。いつも笑っています。しかし、彼女は笑っていても辛い長い人生を生きて来た事を知りました。私は彼女に弱さを全開で見せています。

彼女は「友達になろ」と言ってくれました。「これも社交辞令なのか」と思う自分がいました。

しかし、彼女は違いました。私がネガティブな言葉を吐いても「何も出来ないけど、そばにいるから。忘れないで」と連絡をくれます。「(私の) 良い所、沢山見てるよ。だから私がいる事を忘れないでね」とも連絡をくれます。

「貴女を理解してくれる方は現れます。今は現れないだけです」

彼女も自分の事で精一杯だろうに、と考えます。ただ、今までどんより生きて来てここまで声をかけてくれた人は現れませんでした。

しかし、もしかして何かあって離れる日がくるかもしれない。正直、今はまだ疑心暗鬼になっている私もいます。

私の所為で写真も一緒に撮りに行くことが出来ない。

だけど、ほんの1ミリ光が見えて来た気がします。今も希死念慮は消えませんが、それに対し、

「まだ撮りに行く所、沢山あるじゃん!」と彼女は返事をくれました。

彼女の重荷にならないように。この希望の1ミリが1.5ミリになる日が来るのだろうか・・・と思いつつ、近々45歳になります。

抑鬱になって20年・・・。長いですが、ここに来てようやく1ミリの光が見えた気がします。

 


【投稿者】
yuur750 さん

【プロフィール】
抑鬱と診断されるも、転院先では「病名はつけません」と言われた良く判らないおばさん


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1 件のコメント

  1. きおか 返信

    はじめてコメントさせていただきます。
    私もずっと友達がいないので、ほんとに素敵なお話しだな……!と目が潤んできてしまいました。
    「友達をつくる」って、相手が自分を受け入れてくれるだけではなく、自分も相手を受け入れるキャパが必要だと思うので、
    yuur750さまの心があってこそ、ご友人も一緒にいたいと感じられるんじゃないか、と感じました。
    私もいつか、そんな関係の人が現れるといいなぁ。がんばって成長したいなあ。

    余談として、診断名ですが、私も特につけられていません。
    主治医はとても信頼している先生なのですが、「病名にとらわれず、そのときの症状に合った対応をしたい」とのことでした。
    精神科系の病気や障害は、複合的なものも多いし、症状が混ざり合って、一概に病名を断定しない方がよい場合もあるそうです。
    色々なスタンスの先生がいると思うのですが、ご参考までに。

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