心を折った上司の一言 ブラック企業にいた私が、燃え尽きて希死念慮に取り憑かれるまで




あの日、社畜だった私が燃え尽きてからまだ一年と数ヶ月しか経っていないことに驚いた。

そんな話。

学生の頃からメンがヘラってた私ではあるが、仕事は騙し騙し行っていた。朝起きて、「あ、これはあかん」なんて日は休んだりもしたが、燃え尽きる数ヶ月前には中間管理職にもなったりした。

中間管理職になってからは、24時間中12時間は職場にいるなんてことはざらで、その帰り道、上司とご飯を食べに行き、帰ったらPCが苦手な上司の代わりに作業する…。休みの日はこれまた上司と仕事の買い出しや、そのついでに職場に顔を出す。はたまた休日を潰した会議だとか…。

今思い返すと、メンがヘラってた私がなんであそこまで無理を通せたのか分からない。

ただ、上司や同僚との関係は良かった。それが良かったのか、悪かったのか。

 

ある日、新人が入って来た。同い年の部下だ。そうなると、新人教育だ。人手が足りない現場で、自分しか教えられる人員がいないとなれば、社畜だった私は休日を削って、残業をしてでも、可愛い部下が潰れてしまわないように教えた。

そんな中、私自身、新人教育というものに慣れてないこともあって、これからの指導にあたってどうしていくか、繰り返してしまうミスはどするか…などの相談を、例の上司に相談した。

それが、メンがヘラっててもバリバリと社畜をしていた私を、ただのメンヘラになり下げられることになろうとは思いもしなかった。

その前にひとつ。私と上司は公私ともに仲の良い、自他共に認める仲の良い上司と部下の関係だった。だからこそ、私は社畜としてバリバリと働けていたのだ。

それを崩したのは、たった一言。上司が私に放った、たった一言だった。

「ちゃんと褒めてる? 注意ばかりじゃなくて」

その瞬間、私の中の何かが、崩れる音がした。まるで漫画や小説のようだった。

褒める。

褒められる。

中間管理職になってから、いや、この人の部下として入職してから。一度だって、この上司に褒められたことはあっただろうか?

感謝はあった。けれど、褒められるなんてことは一度も無かった。どれだけ必死に思い返してみても、家族や友人よりも長い時間を過ごしたその上司から、そんな言葉をかけてもらったことは無かった。

私の騙し騙し走らせてた脚を止めたのは、そのたった一言だった。そのたった一言で、今までの反動と言わんばかりに私のメンは過去最高にヘラってくれたのだ。

 

それからというものの、職場に行けなくなった。

着くのはいつも始業ギリギリ。辞める間際は、上司に電話して、泣きながら支度して出勤していた。その頃にはもう、頭の中はたったひとつのことがぐるぐると回っていた。

――――辞めよう、辞めたい、けど辞めてしまったら、みんなに迷惑が掛かる。私が辞めたら人手が足りない。現場が回らない。

――――それなら。

――――それなら、死んだらいいんじゃないか。

――――死んだら、みんな諦めてくれるんじゃないか。仕方ないって思ってくれるんじゃないか。

――――そうか、死ねば楽になれる。もう動悸をして眠れない夜から解放される。許してもらえる。

そう、御察しの通り。ブラックによくあるあれです。死ねばぐっすり眠れる、楽になれる、ってやつです。私の場合、家庭が家庭だったので、なおさらその考えに拍車がかかりました。

――――入れられない生活費も、むしろ私が死ねば食い扶持だって減るのだ。家族だって諦めてくれる。

そんなことさえ思っていました。

 

そんなある日。同じ職場に引き込んだ十数年来の友人が訪れて、言ってくれた。

それも、たった一言。

「辞めればいいよ。退職届を郵送でもして。一人抜けたってシフト回るよ、どうにかなるよ」

眠ろうとして目を瞑り、うとうととした瞬間、胸を叩かれて起きる毎夜。喉を通らなくなった食事。死にたいけどまだ整理出来てないからまだ死ねない、けど死にたい、その反すうをかき消すためのアプリゲーム。

それらから解放してくれたのは、その友人の言葉だった。

――――死ななくていい?

――――辞めてもいい?

――――辞められるの?

――――死ななくても、許されるの?

当たり前だこのド社畜が、と今の私なら言うところだが、今の私はどメンヘラなので社畜の方が数倍マシである。

その言葉に私は逃げるようにして、その職場を辞めた。私は見事に燃え尽きたのだ。燃え尽きた私は、そのあとも定職にはつけないでいる。一度燃え尽きた社会人が復帰するのは難しいという。

 

私は今、その復帰に向けて頑張っている。

頑張れているかは分からない。分からないけれど、ただ、ひとつ後悔はある。メンがヘラってた自分を、騙し騙し走らせたことだ。崩れたあの瞬間、適切な処置を受けるべきだったと、今でも思う。

そうすれば今も私はバリバリと不健全なまでに社畜って、今頃は管理職だったかもしれない。

あったかもしれない未来に未練はない。だが、救えたかもしれない自分には未練がある。だって自分をまず最初に守ってやれるのは、自分だ。それをどうか、メンがヘラってる我々は忘れちゃいけない。

「いつか」は、救ってくれない。

「今度」も、救ってくれない。

「今」しか、自分を救えない。

私が救えなかった私を、救ってくれた友人には今もなお、感謝は尽きない。

 


【投稿者】
雨季 さん

【プロフィール】
一刻も早く健全な社畜に戻りたい今日この頃。今日も外に出られない。


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