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体験談 粉々粉子

私の精神は決して健康ではない。そんな状態の中、一つだけよかったと思えることは、自分の不健康さに全く抵抗がないことだ。

母親の知り合いの子供は私と同じような状態にありながら、「自分は正常だ」とかたくなに主張して譲らないらしい。そりゃあ私とて不健康な自分を嫌になることはよくあるし、健全でありたいという気持ちは常に持っている。折り合いがつけられないのもわからなくはない。けれども、まずは認めなければ対応のしようがないのではないだろうか。

というわけで、夏頃から著しく精神を病んでいた私は精神科の扉を叩いた。

以前にも精神科を訪れたことはあったのだけれど、学校のカウンセリングを縮小した程度の機械的なやりとりが行われた後に、睡眠薬を処方され(これに関しては全く記憶にない)、二度目の通院はすっぽかした。にこりともしない男の先生だった。元々男性とちゃんと話せないこともあって、ちゃんと自分の心理を伝えられないと感じたからだ。一言で表すと「信用できなかった」のだ。

その後、実家を離れた私は親戚の元で暮らし始め、そこで編入学をしたことにより私の精神は安定したものの、約一年後に再び調子を崩した。

その頃からこのサイトを頻繁に見るようになり、「あれ? 私大丈夫じゃなくない?」という疑念を抱き始めた。南条あやの存在を知ったこと、いよいよ本格的に眠れなくなってきたこともあり、今度こそはちゃんと通院しようと決めた。

 

■いざ、病院へ


待合室にいる人は皆自身や身内に何かしらの疾患がある人なのだろうが、普通の人に見えた。そしてまた私も同じように思われていたに違いない。

コーヒーのセルフサービスに気付きコポコポと紙コップにお湯を注いだり、本棚のラインナップの中の唯一の文豪作品が太宰治だったことに笑ったり、『死ぬかと思った5』を読みながら肩を震わせたり、本当に夜通し泣いていた人間なのか自分でもわからなかったくらいだ。

そうしているうちに名前を呼ばれ診察室に通された。以前とは違って先生はとてもにこやかで、私はとても安心した。すっかり気が大きく積極的になっていた私は、自分から付き添いの身内に退室をお願いして、そこからは先生と一対一で話した。

遠方の母が送った資料に目を通しつつ、先生は私にこう言った。

「天才肌だね。生きづらいんだよね、天才肌は」

ンンンン?

この時に限っては、「あ、ちょっと嫌だな」と感じた。私は三年前にWISCというテストを受けていて、そこでちょっとばかしよさげなスコアを出していたのだけれど、それが原因で母に「あなたは生きづらいかもしれないけど、すごい能力があるからいつか花開くよ」とさんざん言われ、圧を感じていたからだ。

記憶の分野に限っては私は自分の能力をそこそこ高く見ている。けれども世の中に記憶力がいい人はごまんといて、テスト前には役立つかもしれないけれど、卓越したものとは思えない。しかもよく忘れ物をしたり物忘れが激しかったり、生活に必要な能力が著しく欠けている。そういうことも含めて嫌だなと感じていることを、ほかでもない、先生に言われてしまった。

「ンンン? そうですかね〜?」と首をかしげながらも、私の胸中はどす黒く渦巻いてた。その後も先生はしきりに私のことをちょくちょく立てた。今となっては先生への不信感は微塵もないので、このことはひとまず私の自己肯定力の低さを理由にしておく。

ここから先はかなり個人的な話になるためあまり書けることがないけれど、初診ということもあり大体は「今日はどうしてここに来たの?」という話が続いた。

夏期講習の二日目を休んでから全くもって行けず、そこから坂道を転がり落ちるように気分が沈んでいったこと。夏期講習の受講に学校からの強制はなかったものの、「行った方がいいよね……」という客観的な見方をして決定して、後々その時の意志についていけなくなったこと。朝起きなきゃという強迫観念が強く働いて目が冴えてしまい、結局明け方にならないと眠れず、まともに生活が送れなくなってきたこと。進学すること自体を消去法で決めて、志望校もほかの学校と比較することなくぼんやり決めてしまったこと。けれどもそれが本当に自分の意思かどうかわからなくて、わからないからこそ意欲的になれないこと。

新しい考えを提示したり解決策を提案したりすることなく、先生はただただ話を聞いてくれた。私は学校で月一ペースで受けているカウンセリングのことを思い出した。親身になって話を聞いてくれるところまでは同じだけれど、カウンセラーの先生は何かしらの解決策を私に与えようと様々な提案をしてきて、それだけが少し心のしこりとして残った。

そうして私は、自分の抱えているものが悩みだなんて生易しいものではないことを強く自覚させられた。

 

■そうして"得た"病名


「双極性障害Ⅱ型と高機能自閉症でしょう」

どちらの病名にもある程度聞き覚えはあったものの、我が身に降りかかるとなるとぼんやりとした知識のままでは気が済まないため、どういう特徴があるかを知るためにもう一度調べ直した。

双極性障害にはⅠ型とⅡ型があり、それぞれ躁の状態と鬱の状態を繰り返すもので、躁の程度によって分類される。Ⅱ型の場合の躁は『軽躁』とされ一見すると程度が軽く思われるが、大きな特徴に『衝動性』があり、しばし危険視される。

これらの説明は全て腑に落ちるものだったし、メンヘラ.jpで双極性障害に関する記事を読んだ時、ひょっとして私と同じかもしれないと思った。私は中学一年の頃から不登校なのだけれど、三日休んで二日登校したり、そうかと思えば一週間無事平穏に過ごせたり、思い当たるふしは多々ある。躁や衝動性にも心当たりがあり、やってみよう! というノリで突然一晩中家に帰らなかったり、その間深夜のカラオケで約六時間ほぼノンストップで歌い続けて一人で笑い転げたり、これが素ならだいぶ危うい人だと思う。

高機能自閉症の『高機能』とは、知的障害を含まないという意味であるが、幼少期に言語能力の遅れを確認することはある。言外の意図を読み取ることや曖昧な指示語による会話、さらにはその場の空気を読むことを苦手とする。また、狭い分野に対して集中力や記憶力を発揮し、こだわりが強い面も。特徴としては、アスペルガー症候群に似ている。

……ん?

WISCの結果が出た時にあげられた得意分野の傾向として、私はややアスペルガー症候群の傾向があると言われ、それを認識して今まで生きてきた。あれ? 病名変わった……? アスペルガー症候群と高機能自閉症の違いについても調べてみたところ、幼少期に言語の発達に遅れがあったかどうかで分類されるらしいのだけれど、現在ではアスペルガー症候群にも同じような傾向が見られるとされているらしい。

……これについては次回に持ち越して、直接何を基準にしてこのように判断したかと先生に聞いてみることにする。

 

■信頼できる病院に通うことの重要性


結果として、私は今回、精神科を受診してよかったと思った。

まず第一に、自分の精神がどのような状況にあるのかということをちゃんと知ることができるのはとてもよいことだ。もしなんとなく生きづらいなぁと感じながらも、「いや、でも私はただ心が弱いだけだ」と思い込んだり、はたまた周囲にそのようなことを言われたとしても、そのような考えは一度捨ててほしい。

それでも決断できない人は、カウンセリングなどを通して誰かに心中を吐露することで対処しきれるかどうかを一つの判断材料にするのも手だと思う。これは私も強く実感したことなのだけれど、悩みと病気とはまったくの別物だ。

けれども100%救いになるとは確信できない。実際に私も最初の病院では心を開くことができず、精神科に通う意義を見いだせないままズルズルと病んでいった。

そこで一つ学んだのが、『どんな病院かを知る』ということの大切さだ。私の場合は母親が女医さんのいる病院を探してきてくれた。だからもし不安な人は、無理なく通える範囲で複数の病院を比較してみるのもいいかもしれない。

私は今、今晩こそちゃんと眠れるだろうという期待に満ち溢れている。

 


【投稿者】
粉々粉子 さん

【プロフィール】
今度はちゃんと通院します


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