やっぱり「普通の人」がうらやましい あるASDの心の内

コラム ASD ポイントが丘

はじめまして。いつもメンヘラ.jpの記事を読ませてもらっています。

私はASDと診断されている社会人です。小学校高学年ごろから自傷を行いながらもなんとか生きています。それから仕事もなんとかさせてもらっています。

問題の症状として、あるトリガーが引かれるとパニックを起こし、頭をそこらへんの壁にぶつけたり、ボールペンを腕に刺したり、そこらへんの肌を引っかいたりします。ちなみにトリガーは「失敗した(強烈な自責)」「私以外の人が全員すでにいる集会場に入る(私がのけものにされている感、その場に入る時の視線がつらい)」などです。あと精神がへばっていると周りの動きが気になりすぎて気に病む(そしてパニックヘ)こともあります。

幸いにも仕事先はメンヘラに対する理解が十二分にあり、かつ私の特性に合った仕事内容・業務形態であるので、今ではメンヘラにしてはよい生活を送ることができています。

しかしながら、時々考えてしまうのです。

パニックにならなければ自傷もしない、「普通の人」であったらどうだったのかと。

そうであればきっと誰も傷つけることはなかったのではなかったのかと。私の起こしたパニックできっと職場の皆さんすらも傷つけてしまったでしょうし。またこの仕事に就いた理由の一つは、生身の人間に対する実技を伴う分野を諦めざるをえなかったためということがあります。この原因もパニックの症状があります。

しかし、実技を伴う分野こそ「普通の人」ならできるはずの領域であるのです。他の人がその分野の仕事ができている様子を、あるいはする予定であると話している姿を見ながら自分勝手にも傷ついています。「普通の人」ができるはずのことができないことで、皆が共有できるはずのその話を共有できないということに(あとは金を得られる機会が少し失われているということに)。

ついでに言えば、メンタル面の問題で仕事内容なども少々配慮されているのですが、その点でも迷惑をかけて申し訳ない気持ちになっています。

他に、私は自動車どころか免許すら持っていません。精神面でアレでありあっさり事故を起こしかねないため、持たないという選択肢しかありませんでした(あくまで自発的な選択です)。

ここでも思うのです。精神面がアレでなければ、自動車を運転できればどうであったのかと。色々なものにとらわれず、ふらっと行きたいところに行けたのではないかと。そして住むことができる場所も活動範囲ももっと広がっていたのではないかと。

やはり「普通の人」がうらやましいのです。いくら仕事で頑張っても(そして他の日常生活で頑張っても)、私には得られないものが多すぎます。しかもそれは一般的に価値があるとされているものばかりです。現状を十分に満足しなければならないような立場であるとはいえ、この思いを消すことはできません。このヘラったメンタルをブッ飛ばすことができればいいのでしょうが……。

リアルでこんなことを吐き出せる場所もなく、この思いをここに投稿することにしました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 


【投稿者】
ポイントが丘 さん

【プロフィール】
ASDで(多分)ADHD、そして(メンタルヘルスの)悪い鉄オタ社会人。
twitter:@Flesh_nnfnnf


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