愛されたい。ただそれだけなのに、大切な人たちを振り回してしまう

コラム つきみ

愛されたい、無限の愛を注がれたい。

そんな私の心はどこまでも貧しくて、空虚でした。

そもそも病院に行くことすら躊躇ってしまうようなソフトなメンタル・ヘラーで申し訳ないのですが、今までの私の行動や発言をよくよく鑑みてグーグル先生に相談したところ、どうやらこういう病名がついてもおかしくないんじゃないかな、と。僭越ながら筆を取らせていただきました。

自己愛性パーソナリティ障害。

束縛や嫉妬、という2文字が適切なのでしょうか。好きだと思う相手にはとことん尽くすという名の依存を仕掛けます。「君はいつも私のそばにいてくれるよね、だって私はこんなに君のこと好きなんだもん」という安っぽい愛の押し売りです。本人は相手の反応がたとえ芳しくなくても、反応してくれたという事実だけで舞い上がります。死ぬほど嬉しい。ドーパミン、ドバドバ出ます。

だから気を引こうとするんです、あの手この手で。私自身、毎日の連絡はもちろんですが、エスカレートしてくると「相手の嫌がることをして、その反応を楽しむ」ことに快感を得ます。いじめ抜きます。でも好きだから、愛しているから、やめられないのです。

自分でもおかしいのかなとは思うんですが、上手に褒めたり貶したり、上げたり下げたりしながら相手が「あなたはそういう人ですよね」という諦めの境地に至るまで徹底的に引きずり回して来ました。環境が変わったり、飽きたりすれば躊躇なくポイです。

こういうことを繰り返した結果、私には幼馴染、小学校から仲の良い友人、中学校から、高校から・・・いません。疎遠です。大学は卒業したてなのでかろうじていることはいるのですが、いつまで続くのやら・・・。不安です。

実際に病名がついたわけではないので、なんとも言えないところがありますが、原因には幼少期の母親からの精神的揺さぶりがあるそうですね。私の家は比較的裕福で、親から十分愛されて育ったと思います。ただ、成績が悪かったり、非常識な言動をとったりすると厳しく人格を非難されて育ちました。

「もっと甘えたかった」

大人になるにつれ、後悔しています。今誰かに甘えたくて甘えたくて仕方がないので。

自己愛性の障害はどうやら自分ができすぎる誇大性を抱くそうですが、無駄に勉強ができていたからあまり気にならなかったのだと思います。たいていのことは自分でできるし、そこそこいい大学・いい企業に行くんだからいいだろ、のような諦め、そして賢すぎる周りの人を見て行くにつれ、誇大性は薄れて行きました。

ただ、その中でも負けたくないときは「自分ってすごいんだぞ、天才なんだぞ、やればできるんだぞ」という根拠ない自信で自分を奮い立たせて頑張っているという自覚はあります。何にもすごくないのに。

等身大の自分をうまく認めることができなくて、辛くなったり、過信したりてんやわんやですが、まずは今そばにいる人を大切にして自分と向き合って行きたいと思い、決意として書きました。お粗末様でした。

 


【投稿者】
つきみ さん

【プロフィール】
もうすぐ24で、もうすぐ無職。インターンというやりがいの搾取にひたすら没入する生活。
Twitter:@okudatsukimi


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