気付けば死ぬことを考えている。生活にまとわりつく希死念慮。

コラム 死にたい 希死念慮 サキ

こんにちは、そして初めまして、サキです。

どうしようもない時にメンヘラ.jp に載せられている投稿を見て、いつも救われている女です。ずっと誰にも相談せず迷っていた事を書き連ねてみたいと思います。

 

半袖の季節が始まってかなり時間が経ち、もう肌寒い季節になる。今年の春、学校での周りの雰囲気に押し潰されて無気力な日々が続き、元々自分に取り柄も自信もない私は不登校になりかけてしまった。皆にバレることはなかったが、毎日毎日カッターを握り眠れない夜を過ごした。

ずっといい成績をキープして、誰かより優秀な自分が誇りで大好きだった私は、必要とされない暗くて弱い自分を見捨てたくなった。「早く死ななきゃ、手遅れになる前に死ななきゃ」とグルグル考えていた。

その後、先生や友人に恵まれて、幸いにも学校に行けるようになり、疲れはすごいが今は普通に生活を送れている。持ち歩き、側に置いていたカッターも、夏が来て遠ざけなければならなくなった。これで私は以前の私に戻るのだろうと思っていた。

確かに異様な疲れと眠気は殆ど消えたし、勉強も部活の活動もそれなりに回復した。けれど、時々フッと死にたくなる。人といると死にたくなる。将来を考えて死にたくなる。気付けば死ぬことを考えている。

それは私の心次第なことはわかっている。ずっと甘えてばかりいる。頑張らなきゃいけないのに頑張れない。変わらなきゃいけないのに死にたくなる。私は「死にたい」を逃げ道にしてしまっているのだと思う。言い訳を探して何もしない自分に疲れてしまった。私は私にもう、付き合いきれない。

私はまだ学生で、子供で、未熟で。こういう年齢なのかもしれない。もう少しすれば好きだった頃の自分に戻れるのかもしれない。でも、今の私にはこれからの生きていく毎日を上手に生きていけるのか分からないし、何より自信がない。いつかまたどうしようもなく死にたくなる日が来ると考えて、一生懸命生きることができない。また挫けてしまうに違いないと考えるとキリがない。生きていくことが、この先の私に申し訳なくてたまらない。

差し伸べてくれた手も言葉も沢山あった。こんなに恵まれているのだから、私はもっと普通でいるべきなのだろう。

でも、抜け出せなくなってしまった。幸せになるのが怖い、元気になるのも怖い。海の上で体を預けていた浮き輪を離すような恐怖に似たものがそこにある。

病んだ自分に縋ったまま、死にたい自分に酔ったまま、「こんな自分を許してほしい」って泣いて、苦しくて苦しくてたまらない。いっそのこと1人でいたい。でも、1人で過ごす夜は怖いし、誰かに許してほしくて、誰かに頼られていたい。よく分からない。

ちゃんと上手に生きたい。もっとしっかり生きなきゃいけない。そう思いながら、私は今日も綺麗になった腕を眺めて言葉にできない感覚の中にいる。

 

支離滅裂になってしまったような気がする。

こんな下らない戯言を、最後まで読んでくださりありがとうございました。

 


【投稿者】
サキ さん

【プロフィール】
学生 / 女 / 生きてます


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2件のコメント

ジェニファー 返信

とても分かるような気がします。私も恵まれた環境にいるのは分かっているのに昔からずっと死にたいという想いを抱えて生きてきた気がします。生きていること、生きようとしていること、存在することが申し訳なくて、己が恵まれた環境にいるにも関わらずそう感じることにも申し訳ないと思ってきました。きっとこれはなくなることはないのだと思います。そんな苦しさが心から嫌いで、でもその自分の不器用な生を愛しくも感じるので上手く付き合っていけたらいいなあと個人的には思っています。少しでもサキさんが心休まる時間を過ごされることを願っています。

サキ 返信

読んでいただきありがとうございます。そして、コメントもありがとうございます。同じような感情をお持ちの方がいらっしゃったというだけで、なんだか柔らかな気持ちでいます。ジェニファーさんの自分自身の「生きること」への向き合い方、とても素敵ですね。私も、自分なりに探してみたいなと思いました。温かいお心遣い、感謝します。私も、ジェニファーさんが自分らしい生き方で歩み続けられることを願っています。

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