父親の虐待、学校でのいじめ。中学生だった私の唯一の居場所はネットだった

体験談 虐待 DV いじめ syrup

初めまして。

今や便利な時代になったと思います。Twitter、Facebook、Instagram、TwitCastingなど…上げたらキリがない。

自分の気持ち、主張、承認欲求など、あらとあらゆるものをネットの世界に投げかけられる。それは自由なのか、息苦しいのか。30代の私が仮に、今の時代で思春期を過ごそうものなら、きっと、耐え難いと思います。

 

まだ私が10代、中学生だった頃。

当時パケ放題など存在せず、「パケ死」という、ネットのし過ぎで携帯代がウン万円も請求、なんて事もありました。

当時の家庭環境は、アルコール依存症で暴力を振るう父親と、「父親が居て働いてくれているから、父親を尊敬しなさい、従いなさい」という考えの母親でした。大人になって知ったのは、機能不全家族(AC)や、毒親という言葉。小さい頃からの洗脳なのか、うちの両親は普通なんだと思っていました。

例えば、下着をからかわれて父親に脱がされたり、教科書を汚されノートには落書きをされたり、中学に入れば毎日1時間毎に部屋を覗きに来て、何をしてるか監視されていました。そこで気に食わない事をしていたら、殴る蹴る、「生きる価値無し」「お前に電気を使わせるのは電気代の無駄だ」「死ね」など、上げたらキリがないですが。殴られ、頭を踏まれ、泣き叫び母親を呼んでも「私を呼ばないで!!」という母親でした。

そう、これが普通なのか?学校もかろうじて行っている、不登校気味だけど。ご飯はある、布団もある、中学生の私の思考や、行動力でどうする事も出来なかったです。

 

話を戻します。すみません。

当時、流行りものが好きだった父親が、気まぐれか私に携帯を購入してくれました。最初は通話しか出来ないものでしたが、2台目からはネットが出来る、今でいうガラケーを持つようになりました。

父親からの体罰がエスカレートし、私の部屋のブレーカーだけが落とされる日々でした。ちなみにキョウダイはいましたが、さほど親からの体罰等は目立つものはありませんでした。

真っ暗な部屋の中で、唯一光る画面。私にとっては、それは心の「光」や「救い」でした。手当り次第ネットした末たどり着いたのが、某チャットサイトでした。

そこは、大体20代から40代の方々が昼夜問わず会話を楽しむ。たわいもない話をしては、時間を潰す。気軽なコミュニケーションルーツでした。

学校ではいじめに遭い、家ではこんな状況。誰かに話を聞いて欲しい…。ただ、その気持ちだけでした。

中学生という、生意気ながきんちょの愚痴やら悩みを、年代問わず聞いてくれた沢山の方々がいらっしゃいました。後にオフ会などもし、今は10年も前の話なのでだいぶ疎遠にはなりましたが、定期的に連絡を取ったりしています。

あの頃、中学生だった私にはネット世界が全てでした。

今は廃れてるでしょうが、魔法のiらんど。個人でホームページを作ってはネットの友人を作り、今の時代とは違う…その差異はいまいち表現しずらいですが、ネット世界に自分の居場所があったのです。

 

きっと、満たされない感情や、居場所を探していたり、さまよってる人は少なからずいると思います。

少しずつですが、こちらのサイトを通して自分を振り返り、こんな人も居るんだなあっていう、暇つぶしになってもらえたら幸いです。

 


【投稿者】
syrup さん

【プロフィール】
精神障害になり16年、躁鬱、摂食障害を抱えながら這いつくばって生きてるアラサー


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