精神障害のある兄妹の二人暮らし 毒親亡き後、残された者たちの日々

体験談 とっちゃん

はじめまして、パーソナリティ障害を患うとっちゃんと申します。
鬱病の妹との二人暮らしです。

精神障害のある二人が、両親を亡くしてから紆余曲折あるもののなんとか生きています。
障害年金が支給されてるおかげで、今は、なんとか食べていけてます。

父を亡くしてから統合失調症の母との生活に耐えきれず、一人暮らしてをしていました。それから15年して母を亡くしました。

残されたのは、鬱病の妹と私だけでした。
私は一人暮らしをやめて、妹と二人で暮らすことにしました。
なぜなら、私は被害妄想から隣人の話し声の幻聴が聞こえるようになっており、辛さから逃れるためでした。

しかしながら、鬱病の妹との暮らしは、かなりひどいものになりました。
鬱病の妹は、なにぶん寝てる時間が長く、前日の夕方から翌日の昼なんてことは当たり前。
その間食事の支度をして、仕事に出かけると鳴る携帯。
出てみると寂しいと呟きながら泣く妹。
我慢してとしか言えない日々でした。

私は、パーソナリティ障害の症状が妹に対して出るようになりました。
「家を出て行く」「死んでやる。」は、日常茶飯事でした。

ある日は、私がODしてしまい。一泊入院になりました。
翌日は、鬱に入った妹に「死ねば。」と言ってしまい、妹がODしてしまいました。
妹の主治医からどちらか入院するように言われ、そこで、妹が入院することになりました。

そこで親戚のお世話になるはめになり、私が妹に言ったこと、したこと全てが白日のもとになりました。

私は一人になり、仕事をこなしながら退院したいと言ってくる妹に対処していました。
結局、妹は一カ月の入院を経て退院しました。
けれど、相変わらず不満がたまると同じような言い合いの繰り返しでした。

昨年末から年始にかけては、また鬱に入った妹が仕事に出かける前に話したことを、仕事に出ている間に考えに考えてしまい、帰ると責められる日々が続きました。
そして、「出て行って欲しい」と言われました。(家は、私の名義なのですが…)

仕方ないので、仕事も辞めてグループホームに出るようにしようかと主治医の診察に二人で行ったところ、「早計ですね。」と言われました。

「ルールを作って生活してはどうか。」と薦められ「死にたい。」はルール違反。などと言うことになり、また二人での暮らしに。

妹は、デイケアを辞め、バイトに付きましたが、鬱になる度に休みクビになりました。
再度デイケアに行きはじめたものの、鬱に入ったため休んでいます。

私は、親戚の家に顔を出すことが出来なくなり、頼る人のない暮らしの中で日々仕事に行くことでしか気を紛らわせることがなくなりました。ネットで、自分の病気について知ることで、怒りをコントロールすべく努力するようにしています。

鬱病とパーソナリティ障害の兄妹二人が暮らして行くことは、お互いにいろいろと配慮が必要で、とても大変です。これからも山はあるのでしょうが、家賃を払っての生活は無理なので、ここで二人暮らして行くしかありません。

毒親と言われる両親を亡くして楽になったのか?

いえ、親がいない精神障害者に吹く風は厳しく、日々を過ごすことが精一杯になりました。


【執筆者】
とっちゃん さん

【プロフィール】
アラフィフ。田舎暮らし。


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