自分のASD傾向を認めること、受け入れること

体験談 アスペルガー症候群 ASD 粉々粉子

自分にアスペルガーの傾向があることを知ったのは、高校一年の冬でした。

簡単なテストを受けて結果を告げられた時、私は驚きも嘆きもせず、ただ納得しました。ああ、だからこんなにもできないことがあるんだ、と。元々ものの考え方が人と違っていたり、おそろしく要領が悪いということを自覚していたため、変な話、アスペルガーの傾向があると言われ、心が軽くなるのを感じました。

アスペルガー傾向のある人間が何を苦手としているかをきちんと知ることは、苦手に立ち向かっていく上でとても役に立ちました。 私はおそろしく空気が読めず、複数人で会話をするとすぐに人の話を遮ってしまうのですが、何もわからなかった以前よりも意識して、話したいことをぐっとこらえる努力ができるようになりました。程度がわからないために控えていた冗談を自然に言えた時の嬉しさといったらもう、筆舌に尽くしがたいものがありました。

それでも空気を読めずに一方的な会話をしたり、時にとんでもない失言をしてしまったり、まだまだ失敗することはたくさんあります。しかし、どうすればよかったのか分からないということはあまりなくなりました。

時折「自分がアスペルガーだからあんなことをしてしまったんだ」「アスペルガーに生まれなければもっと気楽でいれたんだ」と考えて、どうしようもなく悲しい気分になることがあります。アスペルガー傾向を認めることは容易でした。しかしながら、アスペルガー傾向のある自分を許容できるかと言われると、私はうまく答えられません。

生まれつき抱えた特性は覆しようがなく、なんとか折り合いをつけながら生きていくしかありません。だから自分の特性を知り、理解することは必要だと考えていますが、自分はこういう人間だと完全には割り切れないのが現状です。

幸い人間関係には恵まれていて、ほんの数人ですがアスペルガーの傾向があることを伝えた相手もいます。日常生活で辛くなることも多々ありますが、落ち込む時はとことん落ち込みつつ、なんとか生き延びたいと思います。


【執筆者】
粉々粉子 さん

【プロフィール】
アスペルガー傾向ありの元引きこもり


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1件のコメント

ぴょんもっこーじぇ 返信

まさに自分もこんな感じで生きています。
発達障害って診断受けてから7年くらい経ちますが、その時から平均的な幸福なんて望めないんだろうなって思い続けてますし
自分が嫌いになったり、異物を排除する他者や世界を憎んで、それでも生き続けなきゃいけないんだなと思ってます。

でもこの記事を読んで少し楽になれました。ありがとうございます。

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